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第11回⑤ 志賀 卓弥先生 臨床医のビジネスマンが考える医療への新しい貢献とは

「医師100人カイギ」について

【毎月第2土曜日 20時~開催中!】(一部第3土曜日に開催)
「様々な場所で活動する、医師の『想い』を伝える」をテーマに、医師100人のトーク・ディスカッションを通じ、「これからの医師キャリア」を考える継続イベント。
本連載では登壇者の「想い」「活動」を、医学生などがインタビューし、伝えていきます。是非イベントの参加もお待ちしております!
申込みはこちら:https://100ninkaigi.com/area/doctor

発起人:やまと診療所武蔵小杉 木村一貴
記事編集責任者:産業医/産婦人科医/医療ライター 平野翔大

 東北大学病院集中治療部副部長として臨床に勤しむ傍ら、株式会社エピグノの取締役医師としても活躍している志賀卓弥先生。産学連携、大学発ベンチャーへ挑むキャリアの原点について伺った。

志賀 卓弥先生
2005年北里大学医学部卒業。3次救急病院にて初期研修を修了後、麻酔・救急・集中治療に従事し、ECMOなど体外循環を経験。東北大学大学院医学系研究科博士課程へ進学し、2015年人工心臓の研究で医学博士を修了。医療機器開発の産学連携に接し、社会実装の必要性を感じ、慶應義塾大学大学院経営管理研究科で2017年経営学修士を修了。2017年4月より東北大学病院集中治療部、2020年7月より同部副部長。2016年に(株)エピグノを創業。東北大学病院集中治療部で臓器移植やCOVID-19 などの重症症例の救命を行いながら、ヘルスケアのDX推進に寄与している。

人を思いやり、
成長できる環境が離職を防ぐ

  「『2035年問題』という言葉を聞いたことはありますか? 団塊の世代の高齢化が進み、日本全体の人口の1/3を高齢者が占めるようになる未来のことです。保険医療のリソースに対するニーズの急増、患者の価値とのミスマッチ、プライマリケアや慢性期の医療の質、医療従事者の専門細分化と過度な負担など、今後医療業界に生じる問題は多種多様です。」

 今後労働人口は少なくなり、医療業界においても人手が減るのは避けられない。しかしヘルスケア業界の最前線では、慣習やさまざまな問題で「非効率な働き方」を続けていることも少なくない。ここに疑念を抱き、「内部の医療者から変えていきたい」という想いでエピグノを創業したのが、志賀先生だ。

 エピグノでは「ヘルスケアの個を輝かせ、組織を強くする」という目標を掲げ、医療介護従事者に特化した人材マネジメントソリューションを提供している。手術室や病棟におけるシフト作成は今でも非常に複雑であるが、2024年からは医師の働き方改革もスタートするため、医師のシフト作成はさらに困難を極めるだろう。

 エピグノの開発した「エピタルHR」では管理業務の効率化のみならず、専門性が高いスタッフ個人のスキルを可視化したり、スキルと配置のミスマッチを最小化したりできる。これによりスタッフのモチベーションやエンゲージメントの向上、さらには費用対効果の測定まで実現し、医療現場の人事戦略に大きく貢献することが可能だという。

 「2022年は『人的資本経営元年』といわれ、一般業界では大きな変化が起き始めています。これまでの人事労務は『人的資源の管理』が中心でしたが、これからは『人的資本への価値創造』が求められます。今後医療業界でも、人材マネジメントの重要性は上がっていくでしょう。」

 志賀先生は実際に「ICUにおける人員配置の質」について研究を行い、適正配置がされている病院ほど患者の死亡率が下がることも示した。人的マネジメントの向上は、医療者自身のみならず、未来の患者にも大きく影響しているのだ。

 まさに専門性の高い医療従事者を「資本」として捉え、価値を最大化するツールを開発しているのだが、そんな志賀先生がサービスを通じて期待するのは、「個人や組織を振り返るきっかけ」だという。

 「現場の離職原因としては、給料以上に、やりたいことができるかどうか、職場内の人間関係が安定しているかどうかといった点が多いのです。だからこそ、『人を思いやり、成長できる環境』が医療者のこれからにとって重要ではないでしょうか。」

大学院卒業後、MBAを取得

 もともと麻酔科医は全く視野になく、父と同じ形成外科医になりたいと思っていた志賀先生。

 「形成外科では重症熱傷も診るから、集中治療管理も経験しておいた方がいいだろう。」最初はそう思って訪れた麻酔科・集中治療分野だったが、徐々に「全身管理」の面白さに引き込まれていったという。

 それに輪をかけたのが、初期研修医でも感じていた「医療デバイスへの興味」だった。集中治療で蘇生後低体温療法(現在の体温維持療法)や体外式膜型人工肺(ECMO)を用いた心停止後の患者が歩いて帰る姿には、特に驚いたという。そのまま麻酔科・集中治療を極める道へと進み、大学院では最先端の医療デバイスともいえる全置換型人工心臓の研究を行った。

 そのまま医療機器への道を進むかと思われたが、ここで「ビジネス」との出会いを果たす。

 2017年当時、大学院卒業後は海外留学へ行くことが一般的だった。しかし麻酔科領域において、日本は海外に比べ基礎研究レベルは劣っていても、臨床レベルに大きな差はない状況であり、日本を離れる選択肢を取る可能性は低かったという。

 そして研究で使用していた補助人工心臓を開発したのが、まさに「大学発ベンチャー企業」だったのである。産学連携・大学発ベンチャーという道で「社会実装」をしていくことでも、医療・研究に貢献できる。しかし、いくら良い研究をしても、売ることができなければ世の中には出回らない。

 そのことに気付いた志賀先生は、社会実装のために「ビジネス」を学ぶべく、慶應義塾大学大学院経営管理研究科に進み、MBAを修了した。

 MBAではマネジメント方法やリーダーシップの取り方についても学んだ。しかし、医療現場を振り返れば、さまざまな課題がそこにはあった。安全のために非効率が見逃され、それは必ずしも「患者のため」になっていない。

 そして何より、医療を提供する医療者自身が疲弊していた。機器も大事だが、それを扱う「人」が疲弊していれば、医療現場が良くなることはあり得ない。専門性が高いはずの医療者のマネジメントは、未だに手探りであり、遅れている。

 そんな状況を改善すべきと感じた結果、慶應義塾大学在学中に起業したのが、先述した「エピグノ」である。

 だからこそ、そのミッションは「全ては未来の患者と家族のために」である。医療機器も、現場の治療も、医療者のマネジメントも、全ては未来の患者と家族につながっている。

「医師免許を持っている」と
「医師」は違う

 医師のキャリアの多様化が進む今、個々の挑戦が個々の価値を見出すようになっている。臨床医でありながらビジネスマンでもある志賀先生は、これから医師としての道を歩む医学生や若手医師へこう語る。

 「『医師免許を持ったビジネスマン』か、『医師でありビジネスマン』であるか。この両者の間には、大きく異なる部分があります。『医師という肩書』を名乗ることは、それだけの専門性を持つことの証明であり、責任でもあります。どのようなキャリアを歩むも個々の自由ですが、『医師』としてキャリアを歩むのであれば、それだけの実力も必要になることは、忘れてはいけません。」

 自分が「医師」であるということが、他者にどう見られるのか。患者からすれば「専門性をもったプロ」であり、ビジネスであって、その責任を果たさなければならない。そこに「医師」という言葉の重みがある。

 ただ「医師免許」を持っているだけでは、プロにはなれない。専門性という「深み」に加え、それをさまざまな手段により患者の良いアウトカムにつなげる「広さ」を持つためには、「医師」としての専門性と責任を持つことが重要だということではないだろうか。

取材:東京慈恵会医科大学5年 荒井秀真
執筆:産業医・産婦人科医・医療ライター 平野翔大

本記事は、「m3.comの新コンテンツ、医療従事者の経験・スキルをシェアするメンバーズメディア」にて連載の記事を転載しております。 医療職の方は、こちらからも是非ご覧ください。

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