糖尿病症例の低血糖は,本当に心血管リスクを上げるのか?【エビデンス考察】

以前の記事で,”糖尿病治療をする理由”という,「みんなわかっているようで,実はわかっていないんじゃないか?」,と思った内容をお話ししましたが,結構反響がありましたので,続編のようなものです.(読んでない人は,大した量の内容じゃないので,先にそちらを読んできてみてください☟)

この中で,「血糖コントロールを厳格にしても,心血管イベントなどの大血管合併症は防げない」という残念すぎる可能性を示したACCORD試験,ADVANCE試験,VADT試験糖尿病治療パラダイムシフト3兄弟(※)に言及しました.
※私が勝手に命名しただけです

これらの考察の中で,「重篤な低血糖が増加することが,大血管合併症の抑制効果を相殺したのではないか」という考えがあります.

これ,本当ですか?

冤罪じゃないですか?

ということで,今回は,低血糖が心血管イベントリスクを上げるかどうかの考察やエビデンスを紹介します.


なぜ容疑者になったか:低血糖が心血管疾患に悪さをするという仮説の根拠

「火のない所に煙は立たぬ」なので,さすがに“火”はあります.

低血糖状態では,その状態を代償・調節するために複数の調節応答が働きます.

膵β細胞インスリン分泌の減少,膵α細胞グルカゴン分泌の増加カテコラミンの放出や,それに伴う交感神経活動の亢進ACTH/グルココルチコイドの分泌増加,などです.

また,二次的に,炎症性サイトカインの分泌,血管内皮機能の障害,凝固・線溶異常なども起こり,これらの反応すべてが,心血管系の罹患率および死亡率に悪影響を及ぼす可能性があるとされます.

例えば,カテコラミンは.心筋収縮力,心筋仕事量,心拍出量を増加させるため,冠動脈疾患患者において心筋虚血を誘発する可能性があります.また,前述したような血管内皮機能障害を伴えば,より虚血イベントは起こりやすくなります.

さらに,低血糖はQT延長と関連していることや,高インスリン血症とカテコールアミンの分泌増加が低血糖時に低カリウム血症を引き起こすことも指摘されており,低血糖において致死性不整脈のリスクが上がる可能性が考えられています.

低血糖が心血管イベントを起こす可能性は,病態生理的にはありえる


容疑がかかった事件(パラダイムシフト)を振り返る

➀ACCORD試験では

集中治療群で全死因死亡率(22%)と心血管死亡率(35%)が有意に増加したため中止となっています.これが一番激しい事件です.

また,集中治療群と標準治療群の双方で重症低血糖症例は,重症低血糖を起こさなかった症例に比して,死亡率が高くなっていました.

➁VADT試験では

治療群間での心血管イベントに有意差は認められませんでした

しかし,やはり集中治療群では重症低血糖の発生率が増加しました.

➂ADVANCE試験では

集中治療群では低血糖症のリスクが増加しましたが,低血糖症と心血管死亡率との関連は認められませんでした

事件をまとめると...

“微妙”じゃないですかね?

重症低血糖を起こしたら死亡率が上がるのは自明のように思えますが,本当にこれは心血管イベントを起こしたからでしょうか?

少なくとも,VADT試験とADVANCE試験の結果からは,低血糖が心血管イベント発生に寄与した形跡は得られていません.

私の知識不足かもしれませんが,これだけみると,

「低血糖が心血管イベントを増やす」は,推測の範疇をまったくもって越えてこない

という気がします.

もちろん,良いイベントでないのは確かですが...

ちなみに,ここまでの内容は
Hypoglycemia, Diabetes, and Cardiovascular Events. Diabetes Care. 2010 Jun; 33(6): 1389–1394.
を参考にしています.


研究の紹介

Vital signs, QT prolongation, and newly diagnosed cardiovascular disease during severe hypoglycemia in type 1 and type 2 diabetic patients.( Diabetes Care 2014; 37(1): 217-25.)

こちらは日本で行われた研究で,2006年-2012年に,重度低血糖を来たした1型および2型糖尿病患者を対象とした後ろ向きコホート研究です.

救急車で救急外来を受診した合計59602 例をスクリーニングして,414 例の重症低血糖症例を分析しています.

結果(1型糖尿病 vs 2型糖尿病)

・重症高血圧(≧180/120mmHg):19.8% vs 38.8%(P=0.001)
・低カリウム血症(<3.5mEq/L):42.4% vs 36.3%(P=0.30)
・QT延長:50.0% vs 59.9%(P=0.29)

重症低血糖時の新規心血管疾患発症死亡は,2型糖尿病の群でのみ認められた.(それぞれ1.5%,1.8%)

2型糖尿病患者の死亡症例・生存症例の血糖値は有意に異なっていた(18[14-33] mg/dL vs 31[24-39] mg/dL,P = 0.02)

感想

やはり,低血糖は心血管イベントの発症を促している可能性をぬぐえず,容疑は晴れません.

致死性不整脈のリスクとなる,低カリウム血症やQT延長も,それぞれ3-5割の症例に認められています.

いずれも,実臨床では本当に恐ろしい不整脈リスクなので,低血糖容疑者を監視対象から外すわけにはなりません.

あと,これは面白いな,と思ったのは,2型糖尿病は,1型糖尿病に比して,重症高血圧が多く,(1型糖尿病群では認めなかった)心血管疾患発症や死亡例も認められたこと.

つまり,2型糖尿病の方が,より低血糖が心血管に与えるリスクが高い可能性があります.

実は,かなり昔の研究でもこの相関は疑われています.

DCCTは,1983年から1993年にかけてアメリカ及びカナダで行われた研究で,血糖コントロールと合併症進展の関係性を評価した世界初の大規模スタディとされます.但し,対象は1型糖尿病

このDCCTでは,従来治療群でも重症低血糖のリスクが比較的高かったのですが,強化治療群ではそのリスクが3倍に増加しました(0.62エピソード/患者年)

しかし,この強化治療群では,明らかに重症低血糖症が多くみられたにもかかわらず,その後の追跡調査では心血管死亡率の増加との関連は認めなかったんです

このことからも,2型糖尿病と1型糖尿病では低血糖の心血管リスクが異なる可能性は示唆されているわけです.


まとめ

まとめますと

「糖尿病症例の低血糖は,本当に心血管リスクを上げるのか?」

答えは

「関係性を証明はできていないものの,疑いはもたれてもしょうがない」

という状況です.

低血糖が生命予後に悪さをすることはほぼ間違いないので

「逮捕はできても,刑の重さを決めかねる」

といった印象でしょうか.


ただし,ACCORD試験,ADDVANCE試験,VADT試験の糖尿病治療パラダイムシフト3兄弟が,「大血管合併症を抑制できなかった理由」のひとつとして,「低血糖が(本来あったであろう)抑制効果を打ち消した」と考察されていることに関しては,冤罪な気もします

「そもそも血糖コントロールには,(細小血管合併症は抑制しても)大血管合併症の抑制効果がないんじゃないか」という,根底の疑問は捨てずにいきましょう.

これが,むやみやたらな血糖治療を控えるための心構えとなれば幸いです.

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