新規合成カンナビノイドに関わる全ての方々へ

先日、都市部のショップで開催された某イベントでTHCHの試供品により複数名が救急搬送されるという出来事があったようです。(批判が目的ではないので個人・企業名については言及しません)当該企業の発信によると、45%THCHリキッドを卓上ベポライザーを用いて無料提供したとのことでした。

私個人はTHCHの売買には関与しておらず、それらの製品を扱う販売事業者からの寄付も頂いておりません。また当該イベント関係者とはオンライン上でやり取りなどはしたことがありますが、対面でお会いしたことはないと思います。そのような立場から、今回の件について思うこと、そして全ての販売事業者さんへの提言をまとめてみたいと思います。

まず搬送された個人への影響ですが、救急医としての立場からすると、精神作用のある薬物での搬送は頻繁に遭遇するものです。特にアルコール絡みの搬送は毎晩です。今回発生した事案は、(詳細は知りませんがおそらくは)飲み過ぎて気分が悪くなって救急車を呼んだというレベルのインシデントではないかと想像されます。おそらくは即日帰宅、もしくは一泊入院で後遺症なく退院という経過を辿り、医学的には軽症に分類されるものでしょう。

社会的な影響については現時点で報道などには至っていませんが、厚労省やマトリはSNSで情報を収集しているので、監視指導麻薬対策課は今回の一件を認識している可能性が高いでしょう。このようなインシデント事案は合成カンナビノイドを規制するためのうってつけの口実として引用され得ます。結果的にTHCHの規制までのタイムリミットを数ヶ月早めた“かも“しれません。(いずれにせよ規制は既定路線です)

本件を受けて、“だからTHCHは危険だ!“という簡潔な教訓を導いて終わるのも可能なのですが、もう少し解像度の高い見方をすることもできるかもしれません。
私には今回の件は、“海水浴場でテキーラショットを無料で100杯提供したらぶっ倒れて救急車を呼ぶ羽目になった“というような、そんな印象を受けました。仮に上記のような出来事があったとして、“テキーラは危ない!“と言い切るのは雑なのではないかと思うのです。テキーラだって、バーでお金を払ってソーダとトニックで割って飲む分にはビールと違いはないのですから。

今回の件、一つ目の懸念材料は45%という濃度です。目下、競合他社と差別化するために、薬物としてのトビを重視し濃度を上げていく軍拡競争のようなことが起きている気がしますし、特に自社の製品をアピールしたい状況では“ガツン“と効かせることにインセンティブが働きます。これは合成カンナビノイドを“モンスター化“していくことにつながるでしょう。例えば、複数企業の製品を吸い比べて、競わせるような状況設計は、私は安全管理の点からやめた方がいいと思います。

加えてテキーラでいう“ショットで一気飲み“に該当するのが、卓上ベポライザーという専用のデバイスで、これを使うことによって、一呼吸でより多くの成分を吸入することになります。私は個人的に23%のTHCHリキッドを卓上ベポライザーを使用し1Puffしたことがありますが、直後は体動困難となり、精神作用は24時間ほど持続しました。仮に倍の濃度のものを使用していたら社会的なトラブルが発生していた可能性は高いでしょう。個人の体質により効き方に幅はありますが、45%のリキッドを卓上ベポライザーで提供するのは、一定割合の使用者を帰宅困難にすると思います。

さらにイベントの混雑状況などを考えると、事前の情報提供が十分に行われていなかった可能性も高いでしょう。無料で気軽に提供されたため、なんとなく“ビール一口“くらいの心の準備で挑んでしまい、それほどの精神作用があると想定していなかったためパニックを誘発したのではないでしょうか。
またもしかすると、大麻や精神作用のあるカンナビノイド製品の使用経験がある“中級者“こそ危ないのかもしれません。私の個人的な体感ですが、新規合成カンナビノイドは、大麻と比較して、摂取してから精神作用が発現するまでにかかる“潜時“が長い印象があります。つまり、大麻を吸っている感覚で“吸い足りないかな“と思うところで追加摂取すると、15分後に効きすぎて体調が悪くなるということが起き得るのです。新規の合成カンナビノイドに関しては、大麻とは別の物質として対面する心構えが重要に思われます。

そして他の方に言及されていなかったのが、何かあった際のバックアップ体制の整備です。どれだけ事前の注意喚起を行っても、精神作用のある物質を使用した方の中には、一定数、具合の悪くなる方が発生することを想定すべきです。
私がかつてゲストとして呼ばれたイベントでも、THCHの試供品で体調を悪くした方が発生しました。その際は私が現場でバイタル確認や傷の処置を行い、横になり安静にできる場所を確保し、現場スタッフに指示を出したことで、幸いにして大事には至りませんでした。
対面販売・試供品の提供を行う場合には、緊急対応ができる現場責任者と安静にできる環境を整備するべきだと思います。“医者を置け“とまでは言いませんが、具合が悪くなる度に救急車を呼ぶような体制で製品の試供・販売を行うのは医療現場の立場からはぶっちゃけ迷惑です。

ですので、ここまでをまとめると
・高濃度製品を使用しない
・卓上ベポライザーを使用しない
・事前の説明を徹底する/大麻経験者にも注意喚起を促す
・体調不良者が出ることを前提としたバックアップ体制を準備する

これくらいが再発防止のために各企業が他山の石として、明日から行えることなのではないかと思います。

さらにここからは一歩踏み込んだ“そもそも論“になりますが、個人的には新規合成カンナビノイドに関しては、未経験者への積極的な販売促進プロモーションは好ましくないと思っています。

私は新規合成カンナビノイドのある種の社会的意義を認めています。どうしても大麻を吸いたいけれど、社会的リスクが高いから代用品で我慢する場合や、CBDでは十分な鎮痛・安眠効果が得られないから使用するという文脈において、THCHは少なくない人々にとっての救いとなっていると思います。そういう方々にとっては、潜在的な健康被害のリスクは、目の前のベネフィット(逮捕リスクの回避や痛みの軽減)よりも軽いものです。

一方で、不特定多数の興味本位の未経験者に対して、積極的にリーチしていくことは、好奇心を満たす対価に当人の予期しない健康被害を引き起こしかねません。
本当に必要としている人が、自ら求める場合にのみ提供されるというのが私個人が考える“あるべきスタイル“であり、細々と提供され続ける限りにおいては、当局としてもある種の必要悪として目を瞑っていられるのでないかと思います。(現実的には市場原理がそれを許さないのはわかりますが。)

こういう書き方をすると短絡的な方から、“お前は危険ドラッグを肯定するのか!“という批判を受けるのでしょう。“合成カンナビノイド・ダメゼッタイ“を唱えることは簡単ですが、全てのダメゼッタイは現実的な問題解決には繋がらないことは歴史が示しています。これは私からのハームリダクション的な提案とお考えください。

これは私の勝手な願いですが、カンナビノイドを扱う方々には、20年先にもこの領域で仕事が続けられるように、持続可能なビジョンと大麻への敬意を持って日々を過ごして欲しいと思っています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?