蛞蝓の糞

今風呂から出た。

風呂に浸かって天井を見上げると、利き手の逆で短直線を書こうとしたような、いびつな線がいくつか貼り付いている。7月の数日間、浴室をさまよっていたナメクジのウンコだ。


ナメクジは雨の日に窓の隙間から浴室に入り込んできた。タイルから天井までうねうねと動き回っていた。タイルをうろついているときは、シャワーやシャンプー液を誰かにうっかりかけられて死ぬかもしれない。でも天井には危険がない。あいつが天井にいるとき、私は風呂に浸かって静かにその姿を見つめていた。12月になった今でも天井に張り付いているそのウンコは、私が風呂に入っている最中に出したものばかりだ。


なめくじは前に進むのが遅ければ排便もすごく遅い。壊れたファクシミリみたいにダラダラ少し出しては止まり、少し出しては止まりを30秒くらいかけて繰り返していた。きっと放っておけば、こいつは天井をウンコまみれにするだろう。しなかったとしても風呂場で餓死する可能性もある。死体を見て慙愧の念に苛まれそうで怖い。


「天井にナメクジがいるんだけど、なんとかして外に逃がしてあげられないものかな?」

「わかった。父さんに任せな」


父は風呂場のナメクジを外に連れ出した。葉っぱの上に乗せておいたからもう大丈夫だと言っていた。


父に相談した翌朝、外に出ると植木の葉っぱに白い塊がひっかかっているのが目についた。2枚重ねのティッシュだ。ティッシュの中をのぞき込むと、すっかり小さくなったナメクジが死んでいた。


ビニール袋で掴もうとしたら上手くいかなかった

ティッシュだといい感じにつかめたからそのまま外に出して放置した

という流れによってナメクジは死んでしまった。ティッシュは吸水性がいいからしょうがない。


冬になった今でも、あいつのウンコはまだ天井に貼り付いている。風呂に入る度にそれを見上げ、申し訳ないことをしたなと思い返す。


家族は、あのいびつな線がウンコだとは誰も知らない。「第一発見者の君が今すぐ拭き取らなくてはならない」といわれそうなので、私は誰にもそれを言わない。

しかし、年末の大掃除になれば、何も知らない母か父が天井にシャワーをかけて、頭にウンコをかぶるかもしれない。だから今年の風呂場の大掃除は私がやる。あいつの遺したものはティッシュですべて拭き取ろう。

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