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悪人



 せきやてつじの傑作料理漫画『バンビ〜ノ!』が大好きだ。
俺が一時期ホールのアルバイトをやっていたのも、個人的に料理を食べる、作ることが好きなのもあるが。ちょっとだけ社会に揉まれた後に読む“お仕事漫画”としての側面もまた傑作そのもので、思わずアプリにちょくちょく課金をしながら再読してしまった。抜群に面白い。

 こうして改めて通読すると、本作はバンビという光のど根性料理人の軌跡であると思う。困難にぶつかって、殴られて、泣いて、その度に「クソタレが!!」の叫びと共に復活する熱さに触れたくてこの漫画を読んでいる。



 だけど、光あれば影あり。俺がこの光の物語の中でもっとも好きで、際立った存在感を放ってるのはやっぱりこの“土屋”だと思うんだよな。つらつらとこの闇の男の話と、土屋編最終話“悪人”についてメモしたい。


・土屋という男
 この男、とにかく根性のひん曲がった奴で、伴を始めとしたキラキラ度の高い連中に弩級の嫌がらせを繰り返すんだよな。妊婦の先輩を階段からつき落としたり、料理勝負で埒外のズルをしたり。訴えられたら負けるぞマジで。
 で、何で彼がそんな奴になってるかというと、料理人のくせに味音痴なんだよね。多分塩味に対して鋭敏過ぎるが故だと思うんだけど、彼が“ジャスト!”と思って出す皿は一般的な感覚からするとボヤけた味に収束してしまう。致命的なカルマを背負いつつ、一度はオーナーシェフとして出した店も潰しながら生きてきた。そんな男だ。彼の料理は誰も魅惑出来ないんだよね。結局のところ、彼は搦手を総動員したズルバトルを伴に仕掛けた上で完全敗北を喫する事になる。


・光の中へ
 土屋は、副料理長の一声で“皿盛り担当”としてレストランでの命脈を繋ぐことになった。ヒトは才能を選ぶことは出来ない、彼には(皮肉にも)美的センスがあり、“料理と客を繋ぐ力”は誰よりも優れていた。
 悪行を重ねた男だったにも関わらず、レストランの中で信頼を取り戻すのは驚くほど早かった。確かな実力で受け入れられた土屋は飲み会の場でひとりごちる。「人にこんなに喜んでもらえるのは生まれて初めてかもしれない」と。闇の料理人から、光の皿盛り職人になる未来はもう目の前だ。これからも彼の指先はアツアツの料理を美しく彩り続ける。



 そんな未来をゴミ箱に叩きこむのだ。この男は。




・悪人

 最大限の侮辱の言葉と挑発を残して土屋はレストランを去った。バックれである。許されることではないし、そのつもりもない、加速をつけた三行半。光に満ちたレガーレでのアーティストとしての未来も、“理解ある彼女ちゃん”が無尽蔵に提供する温く薄甘い日陰も全部投げ捨てて、土屋は本当の闇に消えていく。怨敵ですらあるはずの永坂が彼の門出を見送りに来たのは、土屋の必死の苦闘(自分の美味いと他者の美味いを一致させる為の戦い)をただ一人知るからこそ。

「俺は……誰かに言われた通りに料理を作る機械じゃない。アンタが言った通り、客を熱狂させたいんだ」「俺の作った、俺だけの料理で!!」

 闇から絞り出される叫び。ヒトは自分の才能を選べないし、どう頑張ってもうまくいかないことだって当たり前のようにある。だけど、敢えて真っ暗闇を歩いていく自由は確かにそこにある。

「なあアンタ。俺の料理、うまかったか?」
「………あぁ。」

短いやり取り。乾いた風が吹いて、一人の男が暗い森をひた走る。




・改めて読んでみると
 こんなに土屋に感情移入しちゃうのはやっぱり俺が邪悪な、闇属性の人間だからなのかもなって思う。光ってるやつが頑張れるのは当たり前なんだよ(極論)。闇に身を浸して、それでも諦めきれない奴の戦いをこそ俺は祝福したいし、そういう人間になりたいと思う。ある意味、この作品におけるダークヒーローですらあると思う、評価高すぎか??

 あと、土屋の嫁マジで最悪の女すぎてびっくりしてしまう。彼女は多分「ダメな男が好き」なタイプというか、政治家の娘としての権力をガンガン発揮しつつダメな男に奉仕してる自分が好きだったんだろうな。実際、土屋が自分なりの回答として作った「バッカラとルッコラのニョッキ」を“今まで食べた彼の料理で一番美味しい”と認めつつ、どこか嬉しそうじゃないんだよ。自分にスポイルされ続けてくれる男じゃなくなった土屋とは、別れる運命だったんだろうなと。

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