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白水瀧ダム

九州は熊本、球磨川の上流部、市房ダムよりさらに上流に白水滝発電所という発電所があります。

白水滝発電所は1926年(大正15年)に竣工した発電所で、当時この地域に複数の発電所を建設していた球磨川水力電気㈱が建設した発電所の一つです。この発電所の特徴は発電所の落差が大きいことで、その有効落差421mは現在の九州電力㈱が保有する一般水力発電所のなかでも最大の落差を誇っています。

とある文献で「この発電所に堤高23mの堰堤があり、貯水池として運用されていたものの廃止になった。現在は堤体を切り欠かれ砂防ダムとされている」というようなことが記載されているのを目にしました。

1948年5月17日撮影の航空写真に写っている貯水池
国土地理院 地図・空中写真閲覧サービス(https://mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.do#1)より
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1964年10月11日撮影の航空写真に写っている貯水池
国土地理院 地図・空中写真閲覧サービス(https://mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.do#1)より
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該当しそうな地点を国土地理院の地図・空中写真閲覧サービスで遡ってみると、確かに1948年と1964年に撮影された航空写真に貯水池と堰堤が映っていました。

1976年10月22日撮影の航空写真の同じ地点
国土地理院 地図・空中写真閲覧サービス(https://mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.do#1)より
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そして、同じ地点の1976年の航空写真を見ると、堰堤がぱっくりと切り欠かれて断面が見えているのまで確認できます。まさに事前情報通りなので、位置的にもこれがその堰堤で間違いないでしょう。

これは・・・気になる!!白水滝発電所は大正15年竣工なので、まだ世間に知られてない未知の石積み堰堤の可能性大の案件です。

この堰堤が気になっていたところに、ちょうど廃ダム謎堰堤大好きでお馴染みのざきさん(Twitter:@zAkidam666)がしばらく九州出張に行くということだったので堰堤の調査を依頼したところ、快く引き受けていただきました。(毎度ありがとうございます)

数か月後、無事に現地へたどり着いたざきさんから届いた現地の写真がこちら・・・


直下から見た白水滝堰堤
堤体下流面の様子

石積みだ!!!!!石積みが残ってる!!!!
写真を見たとき思わず声が出ました。綺麗な谷積みがちゃんと残っています。

白水滝堰堤下流にある現在の取水設備

ネットの事前情報通り、現在は堰堤は現役ではなく、堰堤の下流に設けられた取水堰から発電用の水を取水しているようです。


左岸に残存する堤体を下流側から見た様子

左岸側には現役当時の天端と思われる高さまで堤体が現存していました。

道路を通すために切り欠かれた左岸側堤体を上流側から見た様子

左岸側堤体は切り欠かれて堰堤下流の取水設備にアクセスするための作業道を通されていました。

現地の写真は以上です。

どんな堰堤だったのか?

白水滝ダムは堤高23.3m、堤頂長99.4mの石積み堰堤で、白水滝発電所の貯水池として建設されました。現役時の写真はみつけることができなかったのですが、方々で資料を漁っていたら国立公文書館に保管されていた白水滝ダムの操作規定の中にダムの図面が、白水滝発電所の改修時の資料に現在の堰堤の写真と図面が載っているのを発見しました。


現役当時の堰堤の平面図
上流から見た現役当時の堰堤の縦断面図
現役当時の堰堤の断面図

図面をみると、現役当時の洪水吐は全面越流の幅が広いクレストに堰堤底部に排砂用のスルースゲートが1門とシンプルな構成になっています。図面を眺めていいてクレストの越流頂から天端までが60cmと、余裕がないところがとても気になります。大正15年竣工のダムなので構造令とかは当然ない大正末期の堰堤とはいえ、さすがに余裕がなさすぎないかと不安になってしまう高さ。越流頂の幅が広く越流水深が浅く済み、かつ集水面積も狭く河川の流量も少なく、そして何よりもこの時代だったからこそできる設計なのかなと思います。

取水設備に注目すると、ダム貯水池から直接取水するのではなく、下流に設けられた副ダムから取水しており、ダム底部に設けられた取水管から貯水池の水を下流に放流し、その水をダム直下の副ダムから取水し貯水池の水を発電所に補給する形になっていることがわかります。

これは落差を稼ぐためにダムを建設するのではなく、夏や冬の渇水期に発電のために水を確保する目的で建設されたダムであることを示していて、
後日詳しく調べてみると、一般社団法人 電力土木協会が発行する協会誌「電力土木」の令和4年5月号掲載の「でんたん」第47回で「建設当初の発電所は,貯留機能を有した白水滝ダム(堤高23.30 m)により,ローカル的系統として冬季の補給電力確保のために重要な役割を担っていました。※」と紹介されています。冬季の渇水で発電量が減り電気が不足する時期に、十分に発電できるだけの量の水を確保するためにダムを建設する、電力の需要が現代ほど多くなく水力発電がメイン、かつ小さい電力会社が各地域に林立し小規模の送電区域で電気をやりくりしていたこの時代ならではのよくある設計思想です。

(※一部引用 社団法人 電力土木技術協会 - 会誌「電力土木」 (jepoc.or.jp) 2024年7月22日閲覧.)

その後、電気事業再編成で九州の電力のほとんどを九州電力㈱が一括で管理することになり、その流れで大規模な送電ネットワークに組み込まれ、九州の他の地域の大きな発電所から電力を融通できるようになりました。それを受けて白水滝ダムは不要と判断され、昭和47年に堤体を大きく切り欠かれて堤高23mの貯水ダムから堤高12mの砂防ダムへと転身することになりました。

砂防へ転身後の白水滝堰堤
下流から見た白水滝堰堤と取水堰堤

ここで気になったのは、操作規定に載っている平面図の石積みと、砂防化後の資料&現存している堰堤の石積みが異なること。前者は綺麗な長方形の布積みになっていますが、後者ふたつは谷積みになっています。堰堤の表面の石積みをわざわざ張り替えるような面倒な真似はしないと思うので、おそらく操作規定の平面図の方の表現が現実とは異なるものだったのだろうと考えられます。

続いて、白水滝堰堤の改修後の図面を見てみます。

砂防へ転身後の白水滝堰堤の平面図
砂防へ転身後の白水滝堰堤の縦断面図
砂防へ転身後の白水滝堰堤の標準断面図

改修後は名前が「白水滝ダム」から「白水川副ダム」へと変更されているのがわかります。貯水ダムから砂防ダムとして現在の取水設備を保護する存在へと変わったので「副」が付くのは頷けますが、河川名とダム名が変わっているのが不思議。

図面を見ると、かなり大胆に堤体を切り欠かれています。排砂路はコンクリートで閉塞され、堤体の上流面と切り欠かれた面の一部はコンクリートか石張りで再度被覆されているのが読み取れます。表面保護のためだと思いますが、純コンクリートではなく石張りを施す例はあんまりないような。そんなに土砂の流出が多い河川とも思えないし…これも不思議。

そしてここまで探しても尚現役当時の写真は出てこない。図面からある程度想像はできますが、やっぱり写真と図面とではまた違った見え方や感動があるので、ぜひ見てみたいなと思います。

少し心残りはありますが、また新たな石積み堰堤に触れることができて大変面白い調査でした。

以上



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