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いつかどこかのエピローグ

※こちらはTwitter連動企画『キャラデザシャッフル祭』用に書き下ろしたものです。

序章

私は1度だけ、魔法を見たことがある。
「見た」という表現は正確ではないのだけれど、あの夜に起こったこと、感じたことを説明しようとすると、もう何年も前にさよならをした『魔法』なんていう言葉しか出てこないのだ。こんなことを言うとクラスの友達には猛烈にからかわれるだろう。だから私は、この不思議な思い出を、いつまでも胸の奥にしまっておくつもりだ。
だって、魔法は、魔法だからいいのだから。

これはただの回想だ。
私は、十四歳になった中学二年の秋に思いを馳せる。
新聞部の部室で、七不思議の資料を探し回っていたあの日を。

第一章

姫桐(ひめぎり)女子学院には、他校にもれず学院七不思議というものがある。『昼休みだけの転校生』『開かずの理事長室』『伝説のゼリー』などなど、ホラー物からグルメ関係まで、土曜のゴールデンタイムみたいにバラエティ豊かだ。でも、キリスト教系の学校だからなのか『トイレの花子さん』のような和風の話はとんと聞かない。お化けや七不思議にも国境があるのだろうか。そんなことを考えながら、部室に備え付けのパソコンのキーボードを叩いた。といっても書くネタはない。『月刊ひめじょニュース十一月号』とだけ打ち込んで、向かいの席で、熱心に卒業文集のページをめくる幼なじみを睨む。

「ねえヨーコ、いい加減なんか収穫ないの?」
私の不機嫌な声色を察したのか、はたまた単に区切りが良かったのか、葉子は手に持っていた文集を勢いよく裏返して顔を上げた。
「あったよ、ありましたよ香苗さん!」
整った鼻をいっぱいに膨らませて、葉子は芝居がかった口調で頬を上気させている。これまで一心不乱に文集を読み漁っていたのか、自慢のロングヘアも乱れ放題だ。『可憐な葉子お姉さま』に憧れている後輩の子らが見たら卒倒してしまうのではないだろうか。いや、そんな幻想は早く打ち砕いてあげた方がいいのかもしれない。

「で、それが言ってた、オカルト先輩の『七不思議特集』のページ?」
「そう。これでなんとか締切に間に合うよぉ」
葉子は文集のとあるページに付箋を貼ってから、大事そうに胸に抱えた。その横には二十年分以上の卒業文集の山が、適当に並べたクレヨンみたいにカラフルな地層を形成していた。

私と葉子の所属する新聞部は、三年生が進級試験のため早めに引退をし、夏からは私たち二年生が担当することになっていた。最初こそは体育祭に文化祭にと話題に事欠かなかったが、だんだんとネタは尽き、いよいよこの十一月号で顧問の先生に泣きつくことになったのだ。そこで(適当に)言われたのが、学院七不思議の調査だった。 オカルトマニアの卒業生が、卒業文集の見開き一ページを使った資料があったはずというアドバイスをお土産に、私と相棒は、放課後の部室で過去の遺産の発掘作業にいそしむことになったのだ。

葉子の後ろに回り込んで、肩越しに特集ページを覗き見る。そのついでに、寝癖のようになっていた髪を手ぐしで直してあげた。背中の中心まですうっと伸びた黒髪をなでると、秋の涼しさを吸収して、ひんやりとした手ざわりが気持ちいい。幼等部の頃からずっとやってきたことだけど、最近は後輩の目が気になって二人の時だけのものになった。葉子は別にいいじゃないかと反論したが、親と一緒にお風呂に入っていたのをからかわれるような謎の気恥しさが勝ってしまい、私から一方的にルールを持ちかけたのだ。

くせっ毛だらけで肩までしか伸ばせない自分の髪と比べて、葉子の髪は、綺麗で、まっすぐで、安心する。普段は優等生な葉子が、私に髪を直してもらうためにわざと髪を乱しているのは、うすうす勘づいている。でも、それと同じくらい、私も葉子と過ごすこの時間が好きだ。秋の夕陽が濃いオレンジなのは、空気の中の塵が関係しているって理科の先生が言っていたっけ。あまりロマンのある話じゃなかったけれど、窓の外から見える夕暮れは、そんなの関係なく私たちを染め上げていた。葉子の小さな耳たぶも、白い頬も、私の手も、机も床も、みんな一つの世界に閉じていった。なんとなくだけど、いま見ているこの景色を、私はこの先ずっと忘れないだろうなと思った。

「ねぇ、香苗は何か気になる話あった?」
こちらを振り向かず、葉子はご機嫌な口調で問いかける。はっと我にかえって見開きページに目をやると、七不思議それぞれの項目に、説明や注意事項なんかがびっしり書いてあった。その中のひとつ、小さな花のイラストと共に『礼拝堂のささやき声』という話が目に入った。目が動くベートーベンの親戚かと思いきや、よくある恋愛のおまじないのようだ。

『学内の裏庭に生えている姫桐草を摘んで、意中の相手のことを思い浮かべながら言葉をささやくと、その言葉が花に乗り移ります。あとはその花を相手に渡すだけ。渡された相手はその日のうちに礼拝堂の二階、西側にある石像の前に花を捧げて。そうしたらすぐに逆側――東側に立って目を瞑ってね。そうしてしばらくするとアラ不思議、誰もいないはずの礼拝堂の、しかもすぐ耳元から、花を渡してきた相手の声が聞こえてくるの。
(注意:この力は、午前零時を過ぎると消えてしまうの。聞くも聞かぬもあなた次第)
秘めた想いを花に託して相手に渡す……あぁ、なんといじらしいことでしょう。』

――くだらない。私は顔には出さず、心の中で呟いた。
今なら電話一本で解決じゃないか。それとも、そんな面倒な手順を踏まないと伝えられない「想い」ってなんだろう。相手だって、いきなりそんな花を押し付けられたら迷惑に決まっている。他の七不思議もこんなテンションなのだろうか。そう思うと、私の興味はすっかり失せてしまい、目の前に流れる黒髪を綺麗に仕上げることへと傾いていった。

「どれもイマイチ。検証するネタは葉子に任せるよ」
「もう、せっかく探したのに全部読んでないでしょ。ねぇったら、かーなーえー」

だだをこねる幼なじみのブーイングをかわしながら、すっかり暗くなった部室の電気をつけて、散らばった資料を棚に戻す。
検証する七不思議は、おそらく絶対に見つからないであろう、伝説のゼリーになった。

第二章

姫桐女子学院中等部は、いわゆるミッション系と言われる全寮制の学校だ。幼等部から大学までエスカレーター式に行けるため、悪い虫を寄せつけない『箱入り娘』にしたい家からは人気なのだそう。今のご時世に携帯電話も持っていないことに外部の子からは驚かれたが、私にとっては、それが当たり前だった。幼等部から一緒の葉子とは、もう十年の付き合いになる。外部との出入りや接触にはとても厳しいけれど、そのぶん学院の敷地内では自由が利き、寮母さんの目を盗んで夜中に葉子と出歩いたりしたことだって何度もある。もちろん見つかれば、罰として礼拝堂の掃除や、花壇の手入れの手伝いもあるけど、お小言とセットでその程度だ。

お昼時に、三棟ある食堂のひとつで葉子と取材を兼ねたランチをとる。だらけていた二人きりの時とは違い、葉子は背筋を伸ばし、微笑みながら調理場の人に聞き込みを行っていた。それを遠目に眺めながらオムライスを口に運んでいると、同じように葉子を見る後輩たちの姿があった。いや「同じように」というには、あの子たちの瞳は少しばかりうっとりし過ぎなのではないだろうか。私の視線に気づいたのか、何人かは私と目が合うとすぐに下を向いてしまった。『葉子お姉さま』の健在っぷりを目の当たりにし、私は何となく、ため息をつきたい気分になった。本当の葉子は、もっとこう……。

「そんなにレタスをいじめないの。肘までついちゃって」

こちらに戻ってくるなり、葉子はよく分からないことで注意してきた。手元のフォークを見ると、なるほど、サラダ用のお皿に入ってたレタス達がみんな串刺しになっていた。トマトはすんでの所で、一命を取り留めているようだった。

「それで、何か面白い話は聞けたの?」
レタスの一族をまとめて口に入れて、葉子に尋ねる。葉子はまた何か言いたげだったが、諦めてスプーンでコーンポタージュをくるくるとかき混ぜた。
「収穫なし。伝説のゼリーなんて、聞いたこともないって」
「そりゃあ、なんてったって伝説だものねぇ」
「伝説なら伝説らしく、ちゃんと誰かに伝えといてくれなきゃ。調べる身にもなってほしいよ」
その言い回しがやけに面白く、私は上機嫌で、生き残っていたトマトをやっつけた。

「『おそらく伝説のゼリーというのは、食堂の誰かが宣伝のために広めた根も葉もない噂なのだろう。刺激の少ないこの学校の中では、噂が一人歩きをして、年端もいかぬ少女たちを魅了する。このように他の七不思議も、悪い大人たちが自分の利益のために仕掛けた、壮大な舞台装置だったのだ。』――ほら、もうこんな感じで、適当に書いとけばいいんじゃない?」

「なにそれ。香苗さん、そういうのはね、陰謀論っていうのよ」
「それじゃあ、まだ調べるの?伝説のゼリー」
「当然」
葉子はそう言って、いつの間にか平らげたサンドイッチのパンくずを紙ナプキンで拭いてから、トレイを持って立ち上がった。私もオムライスをかきこみ、長い髪を揺らす幼なじみの後に続く。この探偵ごっこは、もう少しだけ続きそうだ。明日は何を食べようか。

第三章

翌日はまた別の食堂で聞き込み調査を行ったが、何年か前に似たような質問をしてきた生徒がいたというだけで、大した進展はなかった。私はカツ丼を、葉子は山菜そばを食べた。
事件は、その翌日に起こった。

学院内の寮は、クラス毎に分かれている。葉子は二つ隣のクラスのため、住んでいる寮も別々だ。そこで、お互いの寮から校舎に行くまでの数分のために、葉子とはいつも礼拝堂の前で待ち合わせをしていた。今日はその礼拝堂の前が、やけに人で賑やかだった。お昼はカレーにしようかと考えながら葉子の姿を探してみるが、遠目にはどうやらまだ来ていないようだ。そのまま歩いて行き、ラーメンもいいなと頭をよぎったところでピタリと足が止まる。礼拝堂の前にいるのは、葉子の取り巻きの子たちだ。食堂で葉子に熱い視線を寄せてたあの子たちが、いま同じ顔で誰かと話をしている。その瞳の先には――葉子の顔をした、誰かがいた。背丈も一緒、声も同じだ。そこだけ見れば、私の知ってるいつもの葉子だ。ただ一点、ばっさり切られた、長い黒髪を除いては。

「おはよう、香苗」

こちら気づいた『彼女』は、葉子の笑顔を私に向ける。声が出ない。指先が冷たい。
それなのに、少しはにかむ『彼女』と、後輩の子たちの「先輩、とてもお似合いです」なんて黄色い声が聞こえてしまうくらいには、目と耳ははっきりしている。鼓動はどんどん早くなっていくのに、まるで金縛りにでもあったかのように、少しも身体が動かない。もう一度「香苗?」と口にして『彼女』がこちらに近づいてくる。背中越しに揺れるロングヘアはもう見えない。今は毛先が、肩の上で小さく揺れているだけだ。これだけ短ければ、もう寝癖がつくこともないだろう。それの意味するところは、もう――。夕暮れの部室がフラッシュバックする。オレンジに染まった小さな耳たぶ、白い頬、私の手、机と床。二人の世界。

「どう、して……」

それだけ絞り出して、私は後ろを向いて来た道を全速力で戻った。遠くで私を呼ぶ声が聞こえる。何が、どうしてなのだろう。私は一体、何を聞きたかったのだろう。寮には戻れない。でも、とにかく遠くへ。目は開いてるのに、どこをどう走っているのか分からない。何かから逃げるようにして辿り着いた先は、薄紫の花が並ぶ、学校の裏庭だった。息も上がりへとへとになった私は、校舎に背中を預けてずるりと座りこんだ。朝の冷えた空気で肺が痛い。このまま居たら風邪を引くことは確実だろうけれど、せめて始業のチャイムが鳴るまでは、裏庭に身を潜めることにした。

第四章

「どうして」
その先の言葉を、私は考える。どうして、髪を切ったのか。どうして、いきなり。どうして、私に何も言わずに。どうして、後輩の子たちに笑顔を。どうして、どうして――。
目を瞑って膝を抱える。小さく縮こまっているのは、きっと寒さのせいだけではないのだろう。私はもう一度だけ、どうして、と呟いた。

「何が、どうしてなんだい?」

突然、頭上から声がした。びっくりして上を向くと、金髪の女の人が、すぐ上の校舎の窓から顔を覗かせていて、ばっちり目が合ってしまう。白い肌に青い瞳。制服姿ではない。誰?教科の先生ではない。若く見えるけど、高等部までは校則で髪を染めるのは禁止されているし、外部の人か大学の実習生だろうか。いや、私はどこかでこの顔を見たことがある気がする。……そうだ、始業式の日に配られたプリント。教職員一同と書かれた白黒の集合写真。その最前列の中央。名前は忘れたけど、いま微笑みながら私を見ているこの人は、うちの学校の理事長だ。理事長ってたしか、校長先生よりも偉い――。そこまで一息で思考を巡らせた私は、即座に立ち上がり背筋を伸ばした。

「ご、ごめんなさい!私……」
「いいよいいよ、大丈夫。学校はね、生徒たちのものだよ。もちろん、この裏庭だってね」
理事長先生は大きく伸びをしてから、改めて私の方を向いた。おそらく外国の人か、ハーフなのだろう。初めて見る宝石のような青い瞳が、私にそう思わせた。
「ここは理事長室の裏手でね。今日みたいな晴れた日には、姫桐草の花がよく見えるんだ」
ほら、と言って視線を遠くに投げる理事長先生につられて、私も回れ右をして裏庭を見た。
視界に広がるのは、辺り一面、見渡す限りの姫桐草だ。地面から私のふくらはぎ位まで伸びた葉っぱから、小さな紫色の花が顔を覗かせている。あまり花には詳しくない私だが、この学校の名前を冠する花ということで、自然と知識は入ってきた。似たようなものだと、スミレやラベンダーが近いだろうか。

「学院の創設者がね、この花をとても気に入っていたんだ。それで100年以上たった今でも、こうして大切に育てられているの。キミ、名前と学年は?」
いよいよ怒られると思いながらも、聞かれたことに素直に答える。
「ありがとう。ところで、さっき呟いていた『どうして』っていうのは、何が、どうしてなんだい?」
今度は、何も言えなかった。自分自身ですらはっきりとしていないし、このぐちゃぐちゃな気持ちを、誰かに伝えられるとも思えない。バツの悪さで、私は俯いてつま先を見つめるだけになってしまった。時間にしたら数秒かもしれない。でも、私からしたら気の遠くなるような沈黙を破ったのは理事長先生だった。ちょっと待っててと一言、理事長先生は部屋の奥に消え、またすぐに戻ってきた。その両手には、ガラスで出来た、湯気を立てるティーカップが二つ。中には……何だろう、薄いレモンティーみたいなものがゆらゆらしている。

「これはね、ただのハーブティーだよ。カモミールっていう花でね。私はそのままが一番好きなんだけど、最初は苦味が受け付けないかもしれないから、キミの分には少し蜂蜜を入れておいた。温まるよ」そう言って手渡されたティーカップは、まず私のかじかんだ指先を、じんわりと温めてくれた。りんごのような香りがする液体をこくりと飲むと、ほんのりとした甘みで口がきゅっとなり、その次に、お茶の温かさが喉から胃に広がっていくのが分かった。ほう、吐く息は少し白くなり、鼻から抜ける花の良い匂いに自然と頬が緩む。
「そこまで分かりやすく美味しいって顔をしてくれると、私も振る舞った甲斐があったってものだなあ。だってさ、最初のキミったら、この世の終わりみたいな、本当にひどい顔をしていたんだもの。いや、キミたちのような年頃の子に『ひどい顔』なんて言っちゃあいけないね。許してもらえるかな」
「いえ、あの、大丈夫です」
事実私は、この上ないほどひどい顔をしていたのだろう。だって、まさか誰かに見つかるなんて思ってもなかったし、これからの授業やお昼の時間を考えるだけで、それはもう憂鬱になってしまうのだから。そんなことを思っていると、始業のチャイムの音がやまびこのように聞こえてきた。
「焦らなくていいよ。担当の教師には校長を通じて『運悪く私の長話に捕まってた』ってことにしとくから。きっとキミは今、宿題なんかよりもよっぽど困難なことに直面しているみたいだしね。さて、ハーブティーのおかわりは?」
「いえ、もう大丈夫です。ご馳走さまでした。とても美味しかったです」
大丈夫かどうかは怪しいところだが、美味しかったのは本当だ。私は深々とお辞儀をして、空になったティーカップを差し出した。理事長先生は最初から変わらない微笑みのままカップを受け取り、カチャリとすぐ横にある机に置いたようだ。
「うん、だいぶ顔色も良くなったみたいだね。……どんなことで悩んでいるのかは分からないけれど、最後は、キミ自身が決断をすることだ。カモミールの花言葉は『逆境で生まれる力』といってね。きっとキミに降りかかった困難は、キミ自身を成長させてくれるよ」
私はもう一度お辞儀をして、正面玄関へと向かった。途中で振り返ると、理事長先生はゆるい笑顔で手をひらひらとさせていた。

第五章

上履き用のロッカーを開けて校舎に入ると、裏庭での不思議な体験から一気に現実へと引き戻される。多少は落ち着けたことは落ち着けたのだけれど、私に降りかかった困難というやつは、今のところは、成長どころか気まずさしか与えてくれない。二つ離れた葉子のクラスの前をしゃがんでやり過ごし、私は自分の教室に入る。既に教科書を開いていた先生は目だけじろりと動かすも、そのまま授業を進めてくれた。途中で校長先生が入ってきて何やら耳打ちをすると、私はお咎めなく休み時間を迎えることができた。

そこからは地獄だ。休み時間になる度にダッシュで葉子から身を隠し、始業のチャイムが鳴り終わったら、先生が出欠確認をする前にまたダッシュで教室に戻るの繰り返し。授業中は今朝のことで頭がいっぱいで何も入って来ないし、指名されたことに気づかず二回も怒られた。
そうして迎えた昼休み。本来であれば、葉子と三番目の食堂前で待ち合わせをしてゼリーの取材をするはずだった。私はカレーを、葉子ならきっとまたサンドイッチと……ブラウンシチューでも食べていたはずだ。それなのに、私はといえば、校舎の端の誰も来ないような所で、一人膝を抱えて隠れている。合わせる顔がない、というのはこういう時のために使うのだろう。遠くで誰かの笑い声が聞こえる。葉子は今頃どうしているだろうか。あの子のことだから、律儀に風の強い食堂前で、お昼もとらず待っているのかもしれない。いや、私に葉子の何が分かるというのだろうか。今の私には、何も分からない。理事長先生のハーブティーで温まった身体も、すっかり効力を失ってしまっていた。

「香苗」

葉子に捕まったのは、放課後の寮への帰り道だった。お昼を抜いていたため午後の授業も散々で、回り道をしながらもぼーっと夕日を眺めて歩いていた所を見つかってしまった。その頃には、空腹と考えすぎで、言い訳をする頭も、抵抗する気力も空っぽだったのだろう。観念してゆっくりと振り返ると、全然見慣れないショートカットの葉子が、肩で息をしながら立っていた。私は夕日を背負っているから、葉子の顔がよく見える。やっぱり見間違いではなく、まっすぐな黒髪は肩の辺りで切りそろえられていた。葉子はといえば、向こうから声をかけてきたっていうのに、ようやく私と目が合った途端、お化けでも見たかのような驚きの顔を浮かべている。それも束の間、何か喋ろうと口をぱくぱくさせた後、ぎこちない作り笑いを浮かべて近づいてきた。口調とテンションだけは、いつもの葉子だ。

「もう、びっくりしたよ。朝から鬼ごっこで、休み時間はかくれんぼなんだもん。でもこれで私の勝ちだね」
「どうして、髪を切ったの」
葉子の足が止まる。作り笑いはべったり貼り付いたままだ。
「気分転換、かな?ほら、ずっとロングだったし。イメチェンしてみてもいいかなあ、なんて」
「取り巻きの子たちに言われたの?短い方が似合うって」
今日一日をかけて、ぐるぐる考えた推論の一つをぶつける。それが何かの地雷だったのか、葉子の顔から笑顔が消えて語気が強まる。
「いまあの子たちは関係ないでしょ」
「じゃあ、どうして――」
「……言えない」
「どうして!」
「だから『言えない』って言ってるじゃない!」
こちらを真っ直ぐに見る葉子の瞳が、赤い夕焼けに照らされている。大きく見開かれたその目は、少し潤んでいるようだった。泣きたいのは私の方だ。どうして葉子が泣くの。ああ、また『どうして』だ。話せば話すほど『どうして』が増えていく。その重さに耐えかねて、私の頭はぐらりと下を向く。言えない、って、どうして私には言えないのだろうか。どうしてそこまで私を拒絶するの?どうして、どうして――。
今日は朝から走りっぱなしで、葉子のことで頭がいっぱいで、ごはんも何も食べてない。
もう何も考えられない。もう何も、考えたくない。

「もう、いい」

顔を上げる気力もなく、私はそれだけ口にして踵を返した。葉子が追ってくる気配はない。角を曲がるとき、葉子のか細い声で「どうして」と聞こえた気がしたけれど、きっと、気のせいだろう。そこから先は、どうやって帰ったのか記憶にない。全身の力が抜けて、ずるり、ずるりと、ゾンビのように足を引きずって寮の門をくぐったのは、すっかり日も落ちた門限ギリギリのようだった。あの日の部室で私たちを包み込んでくれた夕陽は、もうどこにもなかった。

第六章

あれから数日が経った。
葉子とは、一言も口をきいてない。廊下ですれ違うこともあったけれど、その時だけは心の電源がオフになるような感覚になり、お互い下を向いて、目も合わせられなかった。クラスの友達は気を遣ってくれているのか、葉子のことは口にせず、休み時間のたびにコッソリ持ち出したお菓子を押し付けてきた。放課後は部室には寄らず、適当な教室をぶらついては、窓から見える運動部の様子や、裏庭の景色なんかをぼんやりと眺めて時間を潰した。こういう時「取材です」の一言で巡回中の先生をかわせるのは、新聞部としての役得だ。
たまに視線を感じると、葉子の取り巻きの子たちが、おどおどしなが物陰から見ているようだった。「あの子なら居ないよ」と、なるべく冷たく言い放つと、後輩の子たちはビクッとし、泣きそうな顔で「あの、ごめんなさい」とだけ言って逃げていった。なんなんだ、一体。

私は、誰に聞こえるでもなく大きなため息をついて、裏庭の花壇を眺める。三階の教室からでも広大に感じられる一面の姫桐草は、もう花壇というより畑に近い。ふと、理事長先生の言葉を思い出す。『きっとキミに降りかかった困難は、キミ自身を成長させてくれる』だったっけ。今の私は、成長どころか、あの日からこれっぽっちも前に進んでいない。私の身の回り自体は落ち着いてはいるけれど、心をどこかに忘れてきてしまったような感覚。その忘れ物は、あの日、葉子と初めて言い合ったあの場所に、今でも置き去りのままだ。何もしなくても時間は勝手に過ぎていき、それはどんどん遠くなっていく。このまま何日、何週間、何ヶ月と過ぎてしまったら、いざ取りに戻ったときに、私の心は、ちゃんとそこにあるのだろうか。私自身からはぐれてしまった私の心は、時が経っても、ちゃんと私の一部になってくれるだろうか。今この瞬間にも、私は、私の心を置いてけぼりにして、身体だけが時間のままに流されていく。そんな想像をするだけで、怖くて、怖くて、大声で叫びたくなる。誰か、誰か助けて。私を、置いて行かないで。

日のかげる花壇の入口に、ひとつの人影を見つける。それは、葉子だった。
私は反射的に窓から頭を引っ込めて、そうしてから少しだけ顔を覗かせた。葉子はバツの悪そうな表情で、キョロキョロと辺りを見回している。遠目ではあるけれど、顔を見るのは久しぶりだ。少し痩せたのだろうか、いつものハツラツとした雰囲気は感じられない。それでも、葉子であることに違いはなかった。小さい耳に、白い頬。ほんの数日だというのに、古いアルバムのページをめくるように、私は幼なじみのへんてこな動きを見守っていた。
一瞬、振り向きざまに上を見た葉子と目が合ったような気がした。心臓が跳ねるのと同時に、私は即座に身を隠して教室を出た。念のため廊下をしゃがみながら移動して、二つ隣の教室に入ってから息を整える。それから慎重にカーテンの隙間から花壇を覗くと、葉子の姿はもうなくなっていて、風に揺れる姫桐草の花だけがそこにあった。

第七章

その夜、夢を見た。葉子と二人、最後の食堂で伝説のゼリーの聞き込み調査をする夢。葉子の髪は背中まであって、周りに人が居るにも関わらず、私はずっと葉子の頭を撫でていた。そしてついに、私たちは伝説のゼリーを発見したのだけど、見た目も味もごくごく平凡なものだった。「なんだぁ、つまんないの」と、お互いに肩を寄せて笑い合ったところで夢は終わった。目覚めた私は、声を押し殺すのに精一杯で、溢れる涙を止めることはできなかった。いつの間にか複雑に絡み合ってしまった糸は、私にはもう、どうすることもできない。

第九章

赤くなった目を冷やして元に戻し、制服に着替えて校舎に向かう。またひとつ、私の手から何かが零れ落ちてしまったような感覚を引きずりながら校舎に入り、上履き用のロッカーを開けた。
カサリ、と手に何かが当たる。反射的に仰け反った私の目に入ったのは、ハガキくらいの大きさの封筒だった。周囲を見回しながら、恐る恐るそれをつまんで取り出す。クリーム色をした、少し膨らんだ無地の封筒。差出人の名前は、書いてない。封筒を開けてみると、中には一通の手紙、ではなく一輪の花が入っていた。細い茎から伸びた、紫色の小さい花。姫桐草だ。ご丁寧に、茎の下は湿らせたコットンとアルミホイルで包まれている。どうやら悪意のあるイタズラではないようだ。でも、なんだって差出人も書かず、封筒に姫桐草だけを?
私は首を傾げながら、封筒の中に入った紫の花をしばしばと眺め続けた。

「あっ」

ふいに、オレンジ色に染まった部室がフラッシュバックする。小さい耳たぶ、白い頬。指先に感じるさらさらの髪。肩越しに眺めた卒業文集の中にあった、姫桐女学院の七不思議。そうだ、これは葉子と一緒に調べた七不思議のひとつ、『礼拝堂のささやき声』だ。
私は弾かれたように走り出し、新聞部の部室を目指す。始業のチャイムにはまだ余裕があった。部室の前まで来て、中に人の気配がないことを確認してから身体を滑り込ませる。思い切り走ったせいか、耳の奥がドクドクとうるさい。資料棚の中から、葉子の貼った付箋がひょっこり顔を出していた。それを取り出し、あの日「くだらない」と言い捨てた文章を、食い入るように読んだ。

・礼拝堂のささやき声
『学内の裏庭に生えている姫桐草を摘んで、意中の相手のことを思い浮かべながら言葉をささやくと、その言葉が花に乗り移ります。あとはその花を相手に渡すだけ。渡された相手はその日のうちに礼拝堂の二階、西側にある石像の前に花を捧げて。そうしたらすぐに逆側――東側に立って目を瞑ってね。そうしてしばらくするとアラ不思議、誰もいないはずの礼拝堂の、しかもすぐ耳元から、花を渡してきた相手の声が聞こえてくるの。
(注意:この力は、午前零時を過ぎると消えてしまうの。聞くも聞かぬもあなた次第)
秘めた想いを花に託して相手に渡す……あぁ、なんといじらしいことでしょう。』

部室に着くまでの間、昨日の放課後に見かけた葉子のことを思い出していた。姫桐草の咲く裏庭で挙動不審になっていた幼なじみ、そして今朝の封筒。きっと、おそらく、この封筒の差出人は葉子なのだろう。私はそっと、クリーム色をした封筒を撫でる。耳の奥のドクドクは鳴り止まないどころか、余計にうるさくなっていく。それとは反対に、うっすらかいた汗はどんどん冷たくなっていった。
こんな私に、今さら何を伝えようというのだろう。直接でもなく、手紙や電話ですらないただの花から、いったい私は何を汲みとればいいのだろう。
七不思議なんてあるわけがない。たとえ葉子が、このちっぽけな花に何かささやいたのだとしても、私にはその言葉を知る術がない。花を送るだけ送りつけて「あとは察して頂戴ね」だなんて、なんと身勝手なことだろう。

それでも、今となってはこの一輪の姫桐草だけが、私と葉子を結ぶ、最後の繋がりなのだという直感もあった。今日この日、私が何をするのか、そして何をしないのかで、今後の私の人生をは大きく左右される、そんな気がする。七不思議になぞらえるのだとしたら、タイムリミットは日付の変わる午前零時、全ての結末がそこにある。

始業のチャイムが鳴り響く。
時間は、誰のことも待ってはくれない。

第十章

葉子と顔を合わせることはなかった。移動教室の際にも見かけなかったし、何より、このメッセージを読み解かないことには、声をかけることすら出来やしないだろう。なので、昼休みは購買でパンをかじりながら、取り巻きの子たちの居る教室に向かった。後輩の子たちに葉子が髪を切った理由について尋ねてみたけれど、『葉子お姉さまの隣の怖い先輩』に呼び出されたことで、みんなガチガチに緊張してしまったようだ。葉子の名前を出した途端、この世の終わりみたいな顔をしている子もいた。全員が俯きながら、口を揃えて「知りません」「私たちもびっくりして……」と言っていた。最後に「わかった、ありがとうね」とだけ言うと、顔を上げた何人かは、開放された安堵感なのか泣きそうな顔になっていた。少し悪いことをしたなと思いつつも、何の手がかりもないまま、時間だけが過ぎていく。

放課後は裏庭に行ってみた。何となく理事長先生に会えるような気がしたけれど、それも空振りに終わってしまった。寄り添い合って咲く姫桐草たちを眺めながら、葉子は昨日、どんな気持ちでここに来たのだろうかと思いを馳せる。どんな気持ちで花を摘んで、枯れないように工夫をして、ちぎれないように封筒に入れて、そっと私のロッカーに忍ばせたのだろう。それとも、本当に七不思議を信じて、何かをささやいたりでもしたのだろうか。そうだとしたら、とんだ見当違いだ。

直接言ってくれないと、私のような察しの悪い人間は、どんどんマイナスの方にばかり考えが行ってしまう。いや、直接聞きに行けずに、こうして立ち尽くしている私が言えたことではない。葉子の話を聞こうともせず、勝手にショックを受けて、勝手に嫉妬して、勝手に離れた私には、ひとりぼっちの今の状況がお似合いだ。もしもあの朝、葉子から逃げ出さずにいたらこんなことにはなっていなかったのだろうか。放課後、葉子の元から去る時に聞こえた「どうして」の言葉に振り向いていたら。今日、何がなんでも葉子を見つけ出して、直接話を聞く勇気があれば……。後悔先に立たずとは、こういうことを言うのか。びゅう、と冷たい風が通り抜ける。このままいれば、今度こそ風邪をひいてしまうだろう。

寮に戻った私は軽い夕食をとって、着替えもしないままベッドの上で大の字になって天井を仰いだ。右手に持つ姫桐草の入った封筒を、首だけ横に向けて眺める。結局、何もわからずじまいだった。やはりこれは、絶交のしるしなのだろうか。最後の最後に、意味のない嫌がらせをしたくて、こんなものを。
「葉子――」
目を閉じて、今まで過ごしてきた二人の温かい記憶をたぐる。夕焼けに染まった部室のところで、私の意識は、深い眠りへと落ちていった。

第十一章

私はいま、礼拝堂二階の西側、石像の前に立っている。大きさは、台座も含めてニメートルくらいだろうか。誰かは分からないけれど、髪の長い女の人の石像だ。同じく石でできた、買い物カゴくらいの台座に立ち、伏し目がち下の方を見ている。左手は胸の辺りに添えられて、右手はダンスに誘う王子様のように、すっとこちら側に伸ばされている。私は目の前にある石像の右手に、一輪の姫桐草を捧げる。ぽうっ、と淡く光を放つ姫桐草を見て、急いで反対側に向かう。私は息を整えて瞳を閉じ、静かにその時を待つ――。

目を開けると、窓から差し込む月明かりで、うっすらと見慣れた天井が見えた。ぼんやりしながら状況を確認する。ここは、私の部屋だ。いまは仰向けになって天井を見ている。手には封筒。どうやら、知らない間に眠ってしまい、夢を見ていたようだ。とても、都合の良い夢を。ふと時計を見ると、時刻は二十三時を過ぎたところだった。まもなく日付が変わって、全てが終わる。まだ半分は夢の中ような感覚のまま、私はのそりとベッドから這い出す。どうせ終わってしまうのなら、最後に七不思議の検証でもしてやろう。私一人だけでも『月刊ひめじょニュース十一月号』を書けるよう、ひっそり確認だけして、それで終わりだ。私は封筒を手に、久しぶりに使う抜け道を通って、夜の礼拝堂を目指した。

第十二章

姫桐女学院の礼拝堂は、お祈りを捧げる一階部分と、宗教画がドーム状にずらり並ぶ二階部分とで構成されていて、外から正面を見ると『凸』マークのような形をしている。元々は普通サイズ礼拝堂だったらしいけれど、生徒が増えたタイミングで一階部分を増築したのだそうだ。その際、二階ドームのさらに上にある、鳥かごのような所から鐘が取り外されて、今は礼拝堂の横にある時計塔で、一時間ごとに自動で鳴るよう整備されている。増築された一階部分は二十五メートルのプールがすっぽり入るくらいあって、その一番奥に、二階へと続く階段がある。
礼拝堂は学校の方針で、夜でも常時解放されている。神様は年中無休で、迷える子羊の話を聞いてくれるようだ。もしかしたらこれまでも、今の私のような不良生徒が居たのかもしれない。もしくは、誰にも見つかりたくないけれど、打ち明けずにはいられないような想いを抱えた生徒が――。

礼拝堂の中に照明はない。それでも今夜は、月明かりが採光用の窓から差し込んでいる。暗闇に目を慣らせば、辺りの様子を伺うことは簡単だった。私はそのまま礼拝堂の中に身体を滑り込ませて、映画館にあるような重い扉を閉める。中はしんとしていて、それ以上に寒かった。石とレンガの建物は外の風を遮ってくれるけれど、その分、夜は氷のように冷たくなっていた。扉が完全に閉まると一切の音が消えて、ここだけ外界から切り離されたような感覚になる。何も聞こえず、音を立てることも許されないこの空間の中では、自分と向き合う以外には、何もできないような気分になる。やはりここは、特別な場所なのかもしれない。

礼拝堂の奥の方まで進むと、一気に天井が高くなった。見上げるとそこには、薄明かりに照らされた宗教画たちが、プラネタリウムのようにドーム状に連なっている。絵の一部はステンドグラスになっているようで、青色やエメラルドグリーンの柔らかい光が、空気中を舞う小さなホコリをきらきらと反射させていた。まるで、深い深い、海の底に迷い込んでしまったようだった。神秘的、幻想的とも言えるこの景色にしばし見惚れたあと、私は本来の目的を思い出す。

二階へと続く階段は、西側と東側とで左右に別れている。私は西側の階段を、手すりを使いながら静かに上った。目当ての石像はすぐに見つかった。近くで見ると、夢で見た石像よりも若干小さい気がする。あれはきっと、昔に大掃除でここに来た際の記憶だったのだろう。
差し出された石像の右手に、夢と同じく封筒から取り出した姫桐草の花を置く。もしかしたら夢のように光ったり……なんて期待してみたけれど、そんなことは無かった。これであとは回廊をぐるりと反対側に行けば、七不思議に書いてあった説明の通りだ。

(もしも、七不思議が本当だったら――)

それが頭をよぎった瞬間、私の足はピタリと止まった。
もしもこの世に魔法なんてものがあったとして、もしも葉子が姫桐草に何かをささやいていたとして、もしも私が向こう側に行くことで、その声が聞こえるのだとしたら。
全身が、さっと冷たくなる。手にはじっとりと汗が滲む。呼吸が浅い。目の前の視界が揺れる。私は、恐れている。何を?葉子の言葉を。葉子の本音を。もしも「それ」が私を拒むものだったとしたら、きっともう立ち直れない。私は一生、心を失ったまま、亡霊のように過ごすことになるだろう。そんなことは全然なくて、仲直りの言葉なのかもしれない。そもそも何も起こらない確率の方が遥かに上だ。でも、もしも――。

『最後は、キミ自身が決断をすることだ。』
あの日、裏庭で理事長先生から言われたセリフを思い出す。何かを自分で決めることって、こんなにも、こんなにも怖くて苦しいことだったなんて、今まで知らなかった。どうして誰も教えてくれなかったの?誰かいるなら助けてほしい。神様でも魔法でも七不思議でもいいから、誰か私のことを助けて。迷っているだけじゃダメだなんて、そんなの分かってる。それでも、怖くて、怖くて、足がすくんで動かない。

遠くで、鐘の音が響いた。

第十三章

午前零時の鐘の音、それは七不思議のタイムリミットであり、私の物語の終わりを告げるものでもあった。何も決断することができず、結果、全てを自ら手放してしまった。私は糸の切れた人形のように、その場にすとん、とへたりこんだ。氷のように冷たいはずの床も、今はどうでもよかった。涙は出てこない。心にあるのは、「失った」という感情だけだ。いや、そんな感情すらなく、ただ空っぽの私が、そこにあるだけだった。

どれくらいの時間、そうしていたのだろう。私は側にあった回廊の手すりにすがりつき、力の入らない足腰を何とか支えて立ち上がった。そのまま手すりにもたれ掛かりながら、ずるずると東側に向かう。やっとの思いで反対側に到着し、手すりから離れた勢いのまま、ドーム状に丸みのかかった壁に背中を預けた。手すりの向こうにあるはずの石像は、薄暗くてよく見えない。ぼんやりと天井を眺めながら、先程までのことを振り返る。

私にもう少しだけ勇気があれば、もっと違う結末になったのだろうか。もう少しだけ早くここ辿り着いていれば、不思議な魔法が、葉子の声を再生してくれたのだろうか。もう少しだけ覚悟があれば、たとえ葉子にどんなことを言われたって、私は諦めずにいられたのだろうか。何を考えても、もう遅い。時間は戻ってくれはしないって、この数日の間で痛いほど分かっていたつもりなのに。「ごめん、葉子」
もう届きはしない親友の名前を口にした途端、涙が頬を伝っていった。私はまた力なく座りこんで、いつかの裏庭のように、体を小さく丸めていった。ぽたり、ぽたりと、抱えた膝に落ちる涙の粒は、ひとりきりのまま礼拝堂の空気に晒されて、誰に温められることもなく熱を失っていった。

「香苗」

驚きのあまり顔を上げる。急に左の耳元から聞こえた声は、幻聴とは思えないほどはっきりと、すぐ近くに感じられた。私は息をすることもできず、目を見開きながら周囲を確認する。誰もいない。見渡せる範囲に、遮蔽物はない。なのにさっきの声はどうだ、まるですぐ隣から話しかけられたような、吐息すら感じられるほどの近さだったように思える。しかもその声は、聞き間違えるはずもないほど、葉子の声だった。

「香苗、ごめんね」

また耳元で声がする。今度こそ幻聴ではない。でも、上下左右どこを見渡しても、幼なじみの姿は影もかたちもなかった。小指の爪くらいになった葉子が私の耳に住んでいるのだろうか。それともまさか、本当に――。混乱で声も出せない私をよそに、耳元の声はささやき続ける。

「何から話せばいいんだろうって考えたけれど、順を追って謝らせてほしいの」

もう、わけが分からない。私は知らぬ間に眠ってしまっていて、これは夢の中の出来事なのだろうか。試しに腕をつねってみたけれど、つねった分だけの痛みが返ってきた。それならどうして、葉子が謝るようなことがあるのだろう。謝りたいのは私の方だ。

「まず、私が髪を切った理由。それはね、香苗、あなたなの」

ここまで来てもう、私の頭はパンクしてしまった。どうして私が原因なのか。私は髪を切ってほしいだなんて、ただの一言も口にしていない。それともやはり、私に触れられるのが嫌で、ずっと我慢していたのだろうか。私は次の言葉に耳をすませた。

「私はね、七不思議を信じて、香苗と同じ髪型にしたかったの」
「……は?」

ようやく出た声は、我ながら、ひどく間抜けな響きだった。私のリアクションを予見してなのか、葉子は自嘲の混じった声で続ける。
「何言ってるんだお前、って、呆れているよね。ほら、香苗も一緒に読んだでしょ?『双子の契り』の話。あれになぞらえてね、香苗と同じ、肩までの長さにしてみたの。でも、『相手に勘づかれないよう、服装や髪型を五つ真似をする。そうすれば、二人の絆はずっと結ばれたまま』だなんて、そんなのあるわけないのにね。本当に、ごめんなさい」

ちょっと待て。私はそれを、読んでいない。双子の契り?確かに葉子の肩越しに七不思議を読んだ。でも私は『礼拝堂のささやき声』だけ読んで、あまりのくだらなさにウンザリして、あとは葉子の髪をいじっていた。それじゃあ、葉子は私との仲良くなりたくて、大事な長い黒髪を切ったっていうのか。そんな馬鹿げたことしなくたって、私は葉子を――。

「香苗はね、いくつか勘違いをしているの。まずは後輩の子たち。半分は、私の――ファンのような子たちだけど、もう半分は香苗、あなたのファンよ。ううん、大ファン。もしかしたら、その、恋、なのかもしれないほどの……」

今度は声が出なかった。文字通り、絶句というやつだ。それはない、ありえない。だってあの子たちは、ずっと葉子のことを目で追っていたはずだ。食堂の時もそう、何人かは勘が良くて、よく私と目が合って顔を伏せてたけれど。今日だって葉子のことを聞きに行って、葉子の名前を出した途端に泣きそうになって子はいたけれど。それは私が葉子といつも一緒にいるお邪魔虫だからで……。まさか、いや、まさか。

「確かにね、半分はキラキラした目で見られていたよ。でもね、もう半分は、嫉妬メラメラの視線をずうっと浴びてたの。それで『助けて~』って思いながら香苗の方へと歩いてたら、香苗ったらさ、その子たちとじっと見つめ合っているんだもん。やんなっちゃった」

違う、誤解だ。それは食堂で取り巻きの子たちが、葉子のことを熱心に見つめていたから睨んでいただけで……。

「それでね、私、怒るよりも、怖くなっちゃったの。このまま香苗が、あの子たちに取られちゃうんじゃないかって。そうでなくとも、昔みたいに、いつでもどこでも髪の毛を触ってくれなくなって。香苗がだんだん、遠くに行っちゃう気がして、怖くなったの。そんな時に思い出したのが、あの七不思議。今となっては、デマもいいとこだったね。ううん、七不思議なんかに頼ろうとした時点で、きっと、こうなることは決まっていたんだと思う」

まるで懺悔室で罪を告白するかのように、消え入りそうなほどにか細い葉子の声が隣で聞こえる。私は、馬鹿だ。本当の意味で、私は葉子のことを、何も知らなかった。

「そんな簡単ことに気づいてなかったから、髪を切ったあの日の朝、どうして香苗が走り去っていったのか分からなかったの。それで、休み時間も昼休みも探し回ったのに、香苗はどこにも居なくてさ。そこで『ああ、私は避けられているんだな』って実感したの。でもね、どうして私のこと嫌いになったのかなんて、聞けるわけないよ。そんなの聞いちゃったら、きっともう立ち直れない。だから私は、七不思議に賭けるしかないって思っちゃったの」

笑っているのか、泣いているのか、耳元に響く葉子の声は、少し震えている。

「それでようやく放課後に香苗を見つけてね。声をかけてもどうせ無視されるんだろうなって、ダメ元で名前を呼んでみたら、ぐりんって振り向くんだもの。心の準備もなにもなくて固まっちゃってさ、それに何よりも、香苗の口からいつ『嫌い』って言葉が出るのか、すごく怖かった。そしたら香苗ったら、全然関係ない後輩の子たちの話をしだすんだもん。もう訳が分からなくて、その時だけは、私も怒っていたと思う。きっとそれがトドメだったんだろうね。香苗から『もういい』って言われた時は立っているのがやっとって感じで、どうしてこんなことになっちゃったんだろう、って、すごく後悔した」

それがあの日の放課後、葉子の放った『言えない』と『どうして』の真相なのか。こうやって聞いてみれば、一から十まで全て納得がいく。この不思議な状況だけを除いては。

「それからは、校舎で香苗を見かけても、泣いちゃうのを我慢するのが精一杯で声なんてかけらなかった。ううん、かける勇気なんてなかった。それでね、私は性懲りもなく、今度は『礼拝堂のささやき声』に頼ることにしたの。今までの私の気持ちを、姫桐草に向かってささやいて、今朝、こっそり香苗のロッカーに入れたんだ」

それがいま、私が聞いてるこの声なのか。わかった。これで全ての謎が解けた。
明日、葉子に会いに行こう。それで土下座でもなんでもして――。

「最後にもう一つ、香苗に謝らないといけないの」

もう一つ?何も、ないはずだ。今までのことは、全部が全部、私と葉子のすれ違いから起こってしまったことだ。お互いの勇気のなさ、やきもち、恐怖心なんかがめちゃくちゃに絡み合って、七不思議の力がなければ、もうどうにもならなかったはずだ。

「香苗、さっき回廊の床にへたりこんでいた時、すぐに駆け寄れなくてごめんね」
「……は?」
「ううん、もっと前から。封筒をロッカーに入れてからずっと、本当にこのままでいいのかなって考えてた。私の大切な気持ちを、七不思議なんていう不確かなものに託しちゃっていいのかなって。それで少し前、こっそり自分の寮を抜け出して香苗の寮に向かってたら、いつもの抜け道から香苗が出てくるんだもん。心臓が飛び出でるかと思ったよ」

いま、私が聞いている声は一体何なんだ?まわり回って、最初に抱いていた疑問が、がん、とタライのように降ってくる。これは、七不思議の力じゃないのか?耳元の声は続く。

「香苗の手に封筒があったから、もしかしたら礼拝堂に行くのかな、って思ったら、やっぱりそうで。香苗が入ってしばらくしてから私も後を追ったの。それで二階の階段を上がったら、香苗がピクリとも動かなくて、少しして午前零時の鐘が鳴って、そうしたら、香苗が床に崩れ落ちて……。ちゃんと話そうって思ってここまで来たのに、最後の最後で勇気が出なくて、あなたに、悲しい思いをさせて、本当に、ごめんなさい」

最後の辺りから、葉子は涙声になっていた。葉子が謝ることなんて、何一つとしてない。
最後どころか今までずっと勇気が出なかったのは私の方だ。いや、今はそれよりも――。

「葉子、いるの……?」
「……えっ?うん」

まず、私の言葉に返事がきたことに衝撃を受ける。七不思議には会話ができるなんて一言も書いてなかった。そして、葉子のさも当たり前、といった軽い口調に眩暈をを覚えつつ、私はもう一度周囲を見回す。人影なんて、どこにも見当たらない。それなのに、耳元には葉子の、ずび、と鼻をすする音が聞こえてくる。なんなんだ、一体。

「ねえ葉子、どこにいるの?」
「西側の石像の前」
暗がりの向こうは、必死に目を凝らしてもよく見えない。
「でも、声が耳元で――」
「それは、なんというか、魔法のおかげだよ」
「でも、だって、七不思議はないって……」
「うん。七不思議じゃないよ。これはね、私と香苗が、今こうしていないとできない魔法なの。だから香苗、こっちに来ちゃだめだよ」
「いや、全然意味わかんないんだけど……」
「そりゃあ、魔法だもん。魔法なら魔法らしく、ちゃんと不思議なままでいてくれなくちゃ」葉子のいたずらっぽい声が聞こえる。
「なにそれ」
私もつられて吹き出す。姿は見えないけど、この口調は紛れもなく葉子だ。そして葉子はすぐ近くにいて、また私と話をしてくれている。そう実感した途端、今までせき止めていた様々なものが、涙とともに一気に決壊した。

「葉子、ごめん。ごめんね」
私は泣きじゃくりながら、謝罪を繰り返す。幼稚な嫉妬心を、身勝手な独占欲を、一方的な恐怖心を、そして、最後まで出せなかった勇気を。
葉子は静かに聞いてくれた。途中途中の相づちで、葉子もまた同じように泣いているのが分かった。そうして私たちは全てをさらけ出して、お互いに謝って、許し合って、笑い合った。姿は見えないけれど、すぐ近くに葉子を感じる。それだけで、もう十分だ。
泣いたり喋ったりで、お互いにもう喉が痛くてからからだった。

「香苗、そろそろ戻らないと、明日起きられないね」
「そうだね。……ねえ、どうしてもそっちに行っちゃダメ?」
「だーめ。その代わりさ、また明日から、一緒に登校してくれる?」
「ん、いつもの時間に、礼拝堂の前で」

また明日。当たり前のように使う言葉が、こんなにも幸せなことだったなんて。
階段を下りる葉子の気配だけを見送ってから、しばらく天井を見上げた。
月は相変わらず、冷たくも優しく夜を照らしてくれている。
凝り固まった手足をストレッチしてから、葉子のいた西側の石像まで歩く。私が捧げた姫桐草の花は石像の右手にはなく、どうやら葉子が持ち帰ったようだった。明日は、どんな顔で葉子に会おう。いや、どんな顔だっていい。何も取り繕わなくたって、私は、私たちは、きっともう大丈夫なのだから。

第十四章

翌日、私も葉子も、風邪を引いて学校を休んだ。当たり前といえば、当たり前のオチだった。魔法とやらは、私たちの健康までは守ってはくれなかったようだ。それでも、私と葉子は這ってでも待ち合わせ場所に向かうと言って聞かなかったので、寮母さん同士が連絡を取り合い、無事、お互いダブルノックアウトしていることを知った。
葉子と一緒に登校する約束が叶ったのは、それから三日後のことだった。

休んでいるときに寮母さんから聞いたのだけど、礼拝堂の二階部分は、建築学的に特殊な構造をしているのだそうだ。たしか『ささやきの回廊』って言ってたっけ。アメリカの国会議事堂とか、イギリスのセント・ポール大聖堂とか、日本でも神戸にある庭園なんかが実際それに当たるらしい。それぞれに共通しているのが、広いドーム状の回廊になっていて、普通ならありえない距離のささやき声までが耳元に届く、というものだ。これは、声音の反射と建物の形状が偶然に組み合わさると、まるで魔法のように、遠くのささやき声が聞こえるのだという。つまり『礼拝堂のささやき声』は、魔法でもなんでもなく、音の反射を利用した単なる現象だったのだ。

卒業生である寮母さんの時代にも『礼拝堂のささやき声』の話はあって、なんと葉子の暮らす寮の寮母さんと実際に試してみたのだそうだ。その時には何も起こらずがっかりしたけれど、高校で物理を習った際に、今の私のように七不思議の真相に辿り着いたのだという。おそらく葉子は、どこかのタイミングで寮母さんからこれを聞いていたんだな、と熱でぼんやりとした頭で思った。これで、本当の本当に、全ての謎が解けた。風邪も治ったし、明日からは葉子と一緒に学校だ。勉強も、部活も、やることが山積みだ。

「おはよう、香苗」
「ん、おはよう」
翌朝、久しぶりに顔を合わせた私たちの一日は、少しぎこちない挨拶から始まった。
なんとなく、なんとなくだけど、葉子の顔を見ると緊張してしまう。ずっと一緒だった幼なじみなのに、あの夜から、何かが変わってしまったのだろうか。

「ねぇ、お揃いの髪型どう?」
「……長い方がいじりがいがあったけど、まあ、いいと思う」
何かを察した葉子が、ずずい、と寄ってきて顔を覗き込む。耐えかねた私が顔を背けると、けらけらと笑いながら、私の少し先を軽い足取りで歩く。以前よりもよく揺れる毛先は、葉子のご機嫌っぷりがよく分かるという点で、ちょっとだけ愛着が湧いた。

途中で「あっ」と何かを思い出したように足を止めた葉子が、くるっと回ってこちらを振り向く。
「それじゃあ、今日からまた伝説のゼリーの調査再開だね。もうさあ、こないだは寒い中ずーっと待ちぼうけで、お昼抜きだったんだから。あの食堂だったら、香苗はきっとまたカレーでしょ?私は――」
「サンドイッチとブラウンシチュー」

葉子は驚いたように動きを止めて、目をまんまるにしている。
「香苗ってもしかして、魔法が使えるの?」
そんなことを言いながら、満面の笑みで抱きついてきた。



いつかどこかのエピローグ


十月は、月が明るい。姫桐女学院理事長のクラン=ウィスカは、儀礼的な書類に判を押してから、いつものように理事長室の奥にある隠し扉を開ける。その扉の先は、生徒達の間で『鳥かご』と呼ばれている、礼拝堂最上部の空間に繋がっていた。ここの鐘を取り外して、代わりにお気に入りの魔法陣を敷いたのは、もう百年以上は昔だろうか。この時期は、月の光を浴びながら飲むお茶は格別だ。ただ、十月の満月になぞらえて、ブルームーンのハーブティーをこしらえてみたりもしたが、バラの香りは常飲するには少しゴージャス過ぎる気がする。

足元の魔法陣から透けて見える眼下には、姫桐草を握りしめて階段を上ってくる生徒が一人。数日前、カモミールティーを美味しそうに飲んでいた生徒だ。その様子を入口から伺っている生徒が、今夜のハーブティーを振舞ってくれる子なのだろう。さて、今回はどんなことを囁いたのやら――。

しばし様子を見ていると、石像の手に姫桐草が置かれた。クランはすかさず『中身入り』の花を手元に転移させ、それと同時に、全く同じ形の姫桐草を石像の手に寄越した。花にはコットンとアルミで鮮度を保つ心遣いがなされおり、クランは「これはこれは」とひとりごちながら、ガラス製のティーポットに姫桐草の花を優しく入れた。その中にお湯を注ぐと、ポットの中身からは、淡い黄金色の光が灯っていた。

さて、あとはカモミールちゃんが東側に着いたタイミングで、ポットの蓋を開けるだけだが……。なかなかどうして、一向に動く気配がない。それどころか、姫桐草に『中身』を入れてくれた子まで来てしまったじゃないか。しかもその顔は、直接『中身』を言う気だ。まだ迷っているけれど、私には分かってしまう。今回はかなりの上物だし、別にいま蓋を開けて『七不思議』のせいにしちゃってもいいのだけれど、ううん。しばらく逡巡したクランは、「まぁ、今回はいっか」とだけ言うと、ポットの蓋をつまんでいた指を離して、二人の生徒たちの様子を眺めることにした。ほどなくして、午前零時の鐘が鳴る。これで鮮度はガタ落ちだ。クランはほんの少しだけ後悔をしながら、初めて姫桐草の味を知った、遠い昔に思いを馳せる。

しばらく経ってから魔法陣を覗き見ると、生徒二人は礼拝堂から出ていった。机の上のティーポットを見ると、淡い光は消え失せて、ポットからは温もりのかけらも無さそうだった。きっと不味いんだろうなあ、とげんなりしながらも、自分で淹れたものを残すのは流儀に反するため、渋々ながら、渋くなったお茶を、これまた渋い顔で飲み干した。ほうら、やっぱり飲めたもんじゃない。それでも、礼拝堂を出ていくあの子たちの表情を思い出してみれば
「まぁ、たまにはこんなのも悪くないよね」と呟いてしまうのだった。

月は相変わらず、冷たくも優しく、夜を照らしてくれている。

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