思い出すことなど(38)

翻訳に関する思い出を「思い出すことなど」と題して、色々と書いていきます。今はだいたい1994年頃の話です...

皆さん、覚えているだろうか。1994年の夏。あの夏はものすごく暑かった。前年は冷夏で、米が取れず、緊急で米を輸入する事態になったのだけれど、94年は一転して猛暑。東京でも35℃なんて当たり前で、むしろ35℃ならちょっと涼しいね、と思うくらい異常な暑さ。37℃くらいの日が続いた。ニュースステーションのオープニングが1日だけ冬バージョンになったりしたのも覚えている。あんまり暑いから画面だけでも涼しく、とかなんとか久米宏氏が言っていた。生まれてなかった、なんて人もいるかもな。そういう人はお父さん、お母さんにきいてみよう。

だから私が翻訳の仕事を本格的に始めた年の夏はとんでもない夏だったのだ。今と違って、そんな中を毎日、スーツで通勤していたからね。狂気の沙汰だ。Tシャツ1枚でも暑いくらいなのに。スーツて。うちに帰ったら速攻で全部脱ぎ、「あ゛ーーーーー!!!」と叫んでいた。

そんな暑い日。確かその日は東京の最高気温が39.4℃とか、そのくらいで観測史上最高なんて言っていた記憶がある。そんな日の真っ昼間、翻訳作業をしていた私は、困っていた。自分の知識ではどうにも訳せず、手近な資料でも調べきれない文章が出てきたのだ。当時は、Webで検索なんてしゃれたまねはできない。

こういう時、取る手段は主に二つ。誰かわかりそうな人にきくか、図書館に行くか、だ。実際、当時は大使館や企業に頻繁に電話して問い合わせをしていた。図書館もよく行った。近くの都立図書館、国会図書館に行くこともあった。

とりあえず、都立図書館に行こう、と思った。暑いが仕方がない。「図書館に行きます」と皆に言いおいて、外に出る。

思った以上に暑い。5メートル歩くだけで意識が遠のく...だめだ、とても耐えられない。視界に入った喫茶店に思わず飛び込む。

「アイスコーヒーをください」

ああ、生きかえった。また20メートルくらい歩くと、意識が...あ、喫茶店...

気づくと入っていた。

「アイスコーヒーをください」

これでどうにか大丈夫だ...ふう、たどり着いたぞ、ざまあみろ...しかし、私の目にとんでもない文字が飛び込んできた。

「本日休館」

なんだってーー!!

休みかよ...アイスコーヒー2杯飲んだだけのしゃれた午後になっちまったぜ...。

どうやってオフィスに戻ったかは覚えていない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?