思い出すことなど(31)
翻訳に関する思い出を「思い出すことなど」と題して、色々と書いていきます。今はだいたい1993年頃の話です...
(前回の続き)
「ほんとに、なんてことしてくれたんだ。どういう仕事のしかただ。翻訳部の仕事はお手伝いで、あくまで所属は営業部だと言っただろう。自分の本来の仕事もちゃんとできないで、翻訳の仕事なんてさせるわけにはいかない」
そう翻訳部長が話し出した。
「もちろん、ひどい仕事をしたと反省しています。でも、そもそも無理があるんです。二人分の仕事しているんですから。しばらくの間はなんとかなっても長期間その状態は続けられません。お手伝いと言われましたが、翻訳部ではとても役に立っていると言ってもらっています」
「無理なら無理だと、なぜそう言って相談をしない。一人で抱え込むからそういうことになる」
いったい、何を言っているのだろう、と思った。この人には記憶力がないのか。少し相談しようとしただけで怒り出し、まったく聞く耳をもたなかったのはあなたじゃないか。そりゃミスした人間が一番悪いけれど、事前に防ぐ対策をさせてくれなかったことにも問題があると思う...。
「いえ、ですから、相談しようとしたんですけど、話を聞いていただけなかったので...」
「何だと、この状況でどういう言い草だ。人のせいにするんじゃない」
だめだ、やはり話にならない。もはやどうしようもないのか...
「とにかく、こうなった以上、もうクビだな。わかってるだろうが」
おお、やはりそうきたか。もとより覚悟の上だ。上等だ、クビにしてもらおうじゃないか。
不謹慎だが、私はちょっとおかしくて笑いそうになっていた。なぜって、面と向かって上司に「クビだ」なんて現実に言われることがあると思わなかったからだ。マンガやドラマ、映画ならともかく、ねえ。だから、どうも自分が劇中の人物になったようで現実感がなく、そのことがなんだかおかしくてたまらなかったのだ。笑っちゃいけない時ほど笑いそうになるってあるんだよねえ。
結局、何のために大勢集まったのかわからないまま、一方的に私が責められて会議は終わった。
さあ、いよいよクビだぞ。身の振り方を考えないと。どうしようかなあ...
―つづく―
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