思い出すことなど(24)

翻訳に関する思い出を「思い出すことなど」と題して、色々と書いていきます。順不同かもしれません(ストックがなくなったので今日から新作です)。

(前回の続き)

毎日、罵倒され、バカにされながら会社に行く日々。自分はダメだ、という思いが日々、募っていく。翻訳会社に入り、すぐ上のフロアでは翻訳をやっているのに、その仕事が自分に回ってくる見込みはまったくない。そういう状況が半年ほど続いた。さすがにうんざりだ。精神的にだいぶ追い詰められていた。毎日、やっとの思いで出社する。行く気がまるでないのに惰性で行っているだけ。希望のかけらもない。

もういっそ会社を辞めようか、という気持ちになってきた。辞めてどうするというあてもなかった。何もなしに辞めれば今より悪くなるかもしれないけれど、そういうことを考えるゆとりもなくなっていた。ただこの状況から逃れたい、それしか考えられない。

ある朝、いつものように桜木町(当時は東横線が桜木町まであった)から電車に乗ったものの、どうにもこうにも会社に行くのが嫌になってしまった。「今日はどうしても行かなくては困るような仕事もなかったよな・・・」という思いが少し頭をよぎったらもういけない。自分ではまったく意識していないうちに足が勝手に動いて、気づいたら横浜駅で席を立ち、電車を降りてしまっていた。「どうしたんだ、自分、何をしているんだ」と思いながらも体は勝手に動いていく。いつの間にか、公衆電話の前に立っていた。会社の電話番号を押す。なんと運の悪いことに出たのは支店長だった。しかしもうあとへは引けない。「すみません。どうも風邪をひいたようなので今日は会社を休みます」努めて元気のない声を出す。でも、どうせバレバレだ。支店長は「あかんよ」と一言だけ言った。有給休暇は許可された。

これで今日は自由の身だ。どこへ行こう。足はまたしても勝手に動く。赤い電車の方へ向かっていく。京急電車。普段あまり使わないので非日常の象徴のようになっている。赤い電車に乗り込んで、さてどこで降りるか。三崎口まで行ってしまうのも面白そうだったが、ここはやはり、と思って金沢八景で降りた。そこでシーサイドラインに乗り換えて八景島へ。目的地は八景島シーパラダイスだ。

入場料を払って中へ入ると、一直線にセイウチとペンギンのコーナーへ。ほかには目もくれずに何時間もただただセイウチとキングペンギンを見続けた・・・

セイウチとキングペンギンがとりあえず、危機を救ってくれ、次の日から一応、会社には行けるようになった。ただ、それは一時しのぎにしかすぎなかった。根本的な問題は何ら解決していない。このままではまた次の危機が襲ってくるだろう。どうしよう。どうにかしなくては。

―つづく―

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