思い出すことなど(70)

翻訳に関する思い出を「思い出すことなど」と題して、色々と書いていきます。今はだいたい1996年頃の話です...

退職を申し出るのも人生で二度目だ。二度目ともなると、勝手もわかっているし、気が楽だ。それに、今回は周囲の誰一人、私がここに永久にいるとは思っていない。いずれは出て行ってフリーになりたいのだとを皆が知っている。しかも申し出るのはHさんだ。前回の主任とは全然違い、毎日、仕事のことも他愛のないこともたくさん話している人だ。だから、そんなに改まって話をすることもない。もちろん、周囲に大勢いる状況でそんな話はできないから、会議室にでも来てもらおう。

確かあれは正月休みが明けてすぐ、くらいだったと思う。私はHさんにこう切り出した。

「あの、お話があるんですが、ちょっといいですか」

会議室に行く。そしてこう言った。

「お時間取っていただいてすみません。長い間、いろいろとお世話になりましたが、この3月で退職させていただけないでしょうか」

「ああ、そうですか。なるほど。わかりました」

これで終わりだった。あっさり。3月いっぱいとしたのは、フリーとしての門出を

4月1日

にしたいと思っていたからだ。新年度の初日が開業記念日。なんだか幸先良いではないか。これならずっと覚えていられるだろう。

翻訳で生きていく、と決意してから随分、遠回りをしたし、時間もかかったけど、ようやくスタートラインに立てそうだ。

力に自信もあったし、間違いなく、うまくやっていけると思っていた。しかし、あまりにも当たり前のことを言うようだが、世の中、そう甘くはなかった(何度目?)。

―つづく―

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