思い出すことなど(75)
翻訳に関する思い出を「思い出すことなど」と題して、色々と書いていきます。今はだいたい1996年頃の話です...
1996年4月1日、この日、ついにフリーランスとなった。会社に行かなくていいのだ、と実感した時の幸せな気持ちを今も思い出せる。一回目に会社を辞めた時も会社に行かなくてよくなったわけだが、その時とはまったく違う。仕事があったからだ。やはり一度目に精神的に追いつめられたのは、何もすることがなかったからだったらしい。仕事さえあれば、会社員の時よりもはるかに精神的に楽だった。気が向く、向かないにかかわらず(気が向くことなんてほとんどなかったけれど)毎日毎朝同じ場所に行くなんてことも必要ない。寝る時間も起きる時間も自由。あり余る自由に押し潰されることもなかった。
朝、起きて、朝食後、仕事を始める。今日フリーになったとは思えないほど、当たり前の感じで仕事ができた。何の違和感もなかった。こういうふうに生きるために生まれてきたように感じられた。昼までひたすら作業。
ランチのために外に出る。今日から平日の横浜を満喫できる。どのお店に行くこともできる。ちょうどその頃は桜が満開だった。そうだ、ついでに花見をしよう。掃部山公園と野毛山公園の桜を見て帰って来よう。
どこへ行っても桜が綺麗で自分の門出を祝ってくれているように感じた。ひたすら幸福な気分で帰宅。
再び仕事開始。仕事を進めながら、ここに来るまでのいろいろなこと思い出した。営業部での苦しい日々。営業翻訳掛け持ちの目の回るような日々、クビだと言われた日のこと...思えばよくここまで来た。そんなことをつらつら考えていたら、心の底から嬉しさがこみ上げてきて、涙が止まらなくなった。自分に「えらい」と言いたかった。
それがフリーランスの第一日。それから約8700日経ったが今もフリーランスでいる。なにやら一瞬で過ぎ去ったようにも思える。でも、もちろん、その間にも色々なことが起きた。それをまた明日からできる限り書いていきたいと思う。とりあえず、フリーランス編のはじまりはじまり...
―つづく―
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