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【バキ考察】本部以蔵活躍の必然性について

はじめに

刃牙シリーズ第4部『刃牙道』において、本部以蔵がクローン武蔵を打ち破ったとき古参のファンなら誰しもが驚愕し、思ったであろう…「あの本部が!?」と。あるいは「本部以蔵とはこのような水準だったのか!?」と、いぶかしんだ人もいるかもしれない。何しろあの魔拳・烈海王が敗れ、そして死んでいるのだ。間違っても「本部が強くて何が悪い?」とは思わなかったはずだ。それだけあの勝利はインパクトがあった。従来の刃牙シリーズにおいて、本部以蔵とは“弱キャラ”の部類に入る存在であり、最大トーナメントで解説役をやり遂げた功績から“地上最強の解説役”という称号を読者から与えられたり、場所が公園だと異常に強くなることから“公園最強の生物”とか言われたりしていたが、それはあくまでもネタの範疇でそのような個性があったとしてもやはり弱い、という印象を抱いていた人が多いはずだ。少なくとも当時の筆者の認識はそうだった。「せいぜい鎬昂昇くらいかなー」程度の考えだった。

しかし今、改めて考えてみるとvsクローン武蔵における本部の勝利は必然だった、とも捉えることができるのである。それは物語と登場キャラクターたちの戦闘力のインフレ具合とも密接に関わってくる。今回はその理由を考察を交えながら以下に記していきたい。

刃牙ワールドにおける強キャラ・弱キャラの条件とは?

刃牙における「強ぇ奴」にはある法則が存在する。それは戦闘中、極端にモノローグ(独白)が少ないことだ。“戦いの最中、ペラペラ喋らない、グチグチ考えない”ということが、強キャラと弱キャラを仕分けるほとんど唯一の法則として機能している。敗ける奴は大体、長々とモノローグを展開する。あるいはそれまで押していた戦闘であっても、独白を差し込まれて敗北する。

負け犬の遠吠えとはよく言ったもので、刃牙ワールドでは弱い奴ほどあれこれ考える。そして策をめぐらし、自らの心情を吐露する。彼らは優秀な“噛ませ犬”たろうと、殊更に自分がどんな修羅場をくぐってきたか、どんな鍛錬を積んできたか、いかに自分の技が優れているかを心の中で、或いは声に出して解説する。甚だしい場合は相手をけなして貶めることで、自分の優位性を対戦相手の向こう側にいる読者にアピールする。そして“必勝の”戦術をべらべら喋った挙げ句、惨めにノックアウトされる。

刃牙世界においては、“強い奴は考えない”。あるのは“戦って勝つ”というキャラクター性のみだ。戦場に己の身一つで参戦できない奴は、倒れ躯と化すことを彼らは熟知しているのだ。
弱い奴は独白し、強い奴は多くを語らず、拳でものを言う。この法則を体現しているキャラクターが作中最強キャラであり、世界唯一の腕力家たる範馬勇次郎だろう。第三部終盤における彼の印象的な発言を引用する。

「”強さ”も度を越すとよ 夢を奪い去っちまうんだ 強さも度を越すとよ 人生から光を奪っちまうんだ」

リアルタイムで読んだ当時はよく分からなかったが、今ではこのモノローグは切実だろうと思える。勇次郎は孤独であり、最強であるがゆえに内面が存在しない。要するに、彼には“最強である”というキャラクター以外に何もないのだ。時おり御殿手(うどぅんでぃ)を披露したり、毒手の解説をしてみせたりするが、勇次郎のそれは苦労せず手に入るという点においてただの知識と変わりない。拳一つで何でも手に入るが故に葛藤も存在しない。葛藤がないため彼の人間性が成長することもない。天衣無縫や無念無想と言えば聞こえはいいが、最強とは薄っぺらな存在であり、面の皮一枚のキャラクター性でしかない。勇次郎はそのことに気付いているのだ。

闘争において、会話すら不純物であることを勇次郎はよく知っている。
それでも引き分けに持ち直すあたり、流石は郭海皇か。


本部以蔵というキャラクターの特異性

対して本部以蔵はどうか。彼は非公式だが“地上最強の解説役”の二つ名を持つ。では、刃牙世界における解説、そして解説役とは何なのか?
通常の格闘漫画における解説とは、誰かが使った技や、対戦中の心理状態を(読者に)教えることである。その技術がどれほど凄いのか、成し難いものなのかを説明し、その人物が如何に偉大なファイターであるかを納得させればいい。しかし、刃牙世界においては、ここにもう一つの要素が加わる。
“強キャラの代弁者”という役割がそれである。“強者は考えない”ため、肝心なところでだんまりを決め込む。従って漫画的に誰かが説明を加えなければならない。しかし無理矢理モノローグを吐かせれば、たちまち弱者へと落ちてしまう。それを肩代わりして強者を強者のまま保つことが、刃牙世界における“解説役”の役割である。

逆説的に“解説者=強キャラの代弁者=弱者”という図式が成り立つ。

本部以蔵は刃牙シリーズにおける解説役のパイオニアである。刃牙世界の初解説こそ刃牙vs末堂戦の愚地独歩(「割りばしと紙袋だよ!」のくだり)に譲ったが、本部なくして最大トーナメントの盛り上がりはなかったはずだ。観客でさえ彼の解説力に賞賛の言葉を投げかけている。
内面を独白することが“弱キャラ”の条件であるならば、独白という役割を肩代わりする“解説者”たる本部以蔵とは、“弱キャラ”であることを宿命づけられたキャラクターなのだ。

第1部より。チャラ男に褒められて赤面する本部。
金竜山に惨敗した後とは思えない程の饒舌っぷりなのだ。

第3部“ピクル編”から始まった一億総本部化

刃牙シリーズに線を引くなら、それは“ピクル編”からだと思う。別にマホメド・アライjr.編(神の子編)からでも、ビスケット・オリバ編(ペンタゴン編)からでもいいが、既存のキャラの力が通用しなくなったという点においては、ピクル登場からだと思うからだ。

第3部において、氷漬けから解凍された直立原人ことピクルは、作中で言うところの原始の肉体によってそれまで“強キャラ”とされていた者たちとの戦闘にことごとく勝利した。烈海王の片足を喰い、新マッハ突きを習得した愚地克己の片腕をもぎ取り、日に30時間も鍛錬をする大ジャック・ハンマーを保存食として扱った。フィジカルでは上回れない、かといって技も通用しない、戦術も意味をなさない、のであればそれまで“強キャラ”として扱われていた者たちの商売もあがったりだ。それまでのキャラクターたちは路線変更を強いられることとなり、必要以上に心情を吐露するようになった。独歩や渋川は素人相手の秘密のストリート・ファイトに興じて、抑えきれない自らの闘争本能を赤裸々に語ったし、烈海王はボクシングに転向し、ボクサーとのファイトにおいて心理戦を展開した。花山薫ですら刃牙vsピクル戦において、慣れない解説役を(烈と一緒に)一生懸命やっていた。

では、本部以蔵は第三部『範馬刃牙』において何を成したのか?実は全くと言っていいほど何もしていない。それもそのはずで、ピクル登場によってパワーバランスのインフレが起き、“強キャラ”が軒並み弱体化する中で、彼らはそれまで伏せていた心情を吐露するようになり、また本来であれば本部のような“弱キャラ”が担当するはずだった解説をも率先して行うようになってしまった。誰がどう考えても、本部が説明するより花山薫や烈海王が説明した方が漫画的には正解だろう。本部と彼らとではキャラクターとして持っている華が違う。こうなっては出る幕があろうはずもない。地域密着の商店街のすぐそばに、行けば何でもある大型スーパーが進出してきたようなものだ。商売あがったりである。
これはつまり、かつての強キャラや人気キャラが刃牙世界において居場所を求めるために解説やモノローグに手を出し始めたということだ…“一億総本部時代”の到来である。

オリジナルvsクローン

仲間を守護る決意をした本部。
何言ってんだこいつ、と当時は思ったものでした。

刃牙第4部『刃牙道』は、おおよそピクル編と同じような形式で始まった。作中屈指のサイコパス大金持ち・徳川光成によって宮本武蔵のクローンが創造され、やがて徳川のコントロールを離れつつ既存キャラとの前座バトルを消化→メイン・イベントvs刃牙、という流れだ。

作中における強さのピラミッドは勇次郎・刃牙の範馬一派 > クローン武蔵 > ピクル > 既存のキャラ、なので、既存のキャラクターが武蔵に勝つのはどうあがいても絶望、ということになる。愚地独歩がナメプされ、烈海王が死に、当たってもいないエア斬撃で戦意喪失した者は数知れず…。第3部においては破格の強さを誇ったピクルでさえも武蔵に屈した。もはや旧キャラクターは第一線で活躍することは出来ない。せいぜい噛ませ犬として善戦してみせるか、脇に回って解説でもしている他に道がない。

そして、ここで本部以蔵が登場することは、極めて自然なことだと筆者は思うのである。かつて強かったキャラクターがインフレの波に飲まれて弱キャラ化するのであれば、その代表として本部以蔵が出張って来るのも頷ける。旧キャラたちが“一億総本部化”するのであれば、理不尽な新キャラに一矢報いるべく、“本部以蔵たちの総本山である本物の本部以蔵”がしゃしゃり出てくるのも分かる気がするのである。

つまり、クローン武蔵と対峙したオリジナルの本部以蔵は、全ての弱体化した(一億総本部化した)キャラクターの怨念を背負っていたのであり、だからこそ本部が勝つことで、好きなキャラの不甲斐ない姿を見せられてきた読者の溜飲も、少しは下がろうというものなのだ。

余談:擬態と沈黙

独白などで説明をしてしまうのが弱キャラの条件だが、強キャラの中には弱キャラに擬態する例もある。
代表的な者は郭海皇とクローン武蔵だろうか。郭海皇は勇次郎に消力パンチを打ち込む際にペラペラ喋っていたが、それはあえて侮らせてパンチを受けさせるためだった。
また、クローン武蔵は強キャラの中でも屈指のおしゃべりなキャラクターだ。彼は400年前に生まれたため、現代の闘い方をよく知らない。それを学ぶためにあえて噛ませ犬のような発言をし、対戦相手から技を引き出そうとしているのだ。それと、相手を挑発して油断させる意味合いもあるだろう。敵が怒り、我を忘れて無作為に突っ込んでくれれば対処しやすい。この方法で武蔵は刃牙にジャブを打たせ、愚地独歩の飛び蹴りを誘っている。烈海王にも仕掛けたが、決め台詞が広く知れ渡っていたため失敗した。
この2名はどちらも技や戦術の引き出しを色々と持っている。雄弁さもそのうちの一つということなのだろう。あえて弱者を演じて敵を油断させる。どちらもかなり高齢なキャラクターなため、実に戦闘巧者らしい戦い方というところだろうか。

烈海王を挑発する武蔵。
みんな知っていたため失敗した。

また、刃牙の作中には会話中にどちらかが黙る、という描写がある。誰かの話を聞いている時ではなく、普通の会話中だ。本記事の理屈に当てはめれば、あえて発言をシャットアウトし、心情を語らないことで、会話中のパワーバランスを優勢に保とうとする試みだろうと思う。また、自分は黙って相手に延々と喋らせることで、相手の話をもっと聞きたいという「ワガママを貫き通す」ということも言えるかも知れない。

刃牙に問いかけを無視されてイラッときている克己。


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