どうでもいいことばかり考えている

どうでもいいことばかり考えている。
昨日夢に初恋の人が出てきた。彼女の名前は「美穂」で小学校から高校まで同じ学校に通っていた。小学生の頃はスイミングスクールも同じ場所に通っていた(もちろん偶然)。しかし、わたしが一般コースだったのに対して彼女は選手コースだったので、練習で一緒になることはなかった。が、すれ違うことはあった。
選手コースは一般コースのあとに時間割が組まれていたので、練習を終えて着替えて、アイスかジュースを小さな購買のような店で買ってから練習見学用のソファに座ると、分厚い鏡越しに彼女がプール際を歩くところを目撃できた。一般コースがコーチが付きっ切りで指導する一方で、選手コースには小学生はほぼおらず中学生や大人ばかりでみんなそれぞれひたすらに泳いでいた。もしかしたらコーチが指導をしてくれる時間もあったのかもしれないが、わたしが選手コースの練習を見ていられるのは母親が迎えに来るまでの10分くらいしかなかったので、練習の全貌は知らなかった。
彼女の泳ぎはとても美しかった。『白魚のようにしなやかだ』と当時思っていた。「白魚のような手」のような表現を多分どこかで聞いてきたのだと思う。新しい言葉を知ると使いたくなるタイプの子供だった(ちなみに最近知った言葉は魑魅魍魎)。
白い人魚のようなものをイメージしていたが、人そのものを例えるにしては白魚は小さすぎるな、と今になると思う。
とにかく、彼女は白魚のようにしなやかで、スピードも速かった。小学生の頃の「恋」の価値観の中には足が速いなどの運動神経の良さも含まれる。わたしは彼女のことがかっこよくて好きだった。彼女は体育の授業で女子で唯一逆上がりができたし、走るのも速かった。

スイミングスクールの見学用のソファで彼女のことを見ながら、ただ憧れていた。
わたしは一般コースの中では一番速いクラスにいたが、選手コースに進もうという気持ちはなかった。もし選手コースに行って「うわ、アイツいるじゃん」と思われるのが怖かったし、多分タイムで圧倒的に負けるのも嫌だったのだと思う。わたしは一般コースの一番上という井の中にいることを選んだ。

小学校5年から高校3年まで彼女のことが好きだった。でも、ほとんど喋ったことはなかったし、小学校6年の時にとある女子に美穂さんが好きだ、ということをぽろっと言ってしまったら、次の瞬間にクラス中に聞こえる大声で「スナノ君が美穂ちゃんのことすきだって~~!!」と言いふらされてしまった。
おいやめろ・・・と思いつつ彼女の方を見ると、爆笑しながら「ないない」と言っていた。人生初の失恋は嘘みたいにベタなものだった。

それからもわたしの片思いはバカみたいに続いていく。
小学校を卒業してからは、毎日のように卒業アルバムで彼女のことを見ていた。合法的に入手できるたった一枚の写真だ。朝起きてはチラ。学校から帰ってはチラ。部屋の掃除をしてはチラ。勉強が怠くなったらチラ。

今考えるとかなり気持ち悪い。

中学生の頃の記憶はほとんどなくて、美穂さん(美穂さんと書くと阿佐ヶ谷姉妹の美穂さんがパッと浮かんでは消えていく)とは多分ほとんど話していないと思うのだが、なんと修学旅行で同じ班になるというファインプレーを起こしている(もちろん偶然)。
「ないない事件」からおよそ3年弱。わたしは無意識のうちに班長に立候補した。彼女は副班長?になって修学旅行前のしおりの作成などでかなりの数の会話をした。

わたしがもう少し自己肯定感の高い人間だったら、その先のことを意識していただろう。連絡先の交換を試みたり、帰り道を共にしたり、もっとその先までいけばもう一度告白したりしていたはずだ。
しかし当時のわたしの人生にとって「ないない事件」のダメージはあまりにも大きすぎた。わたしに出来ることは「美穂さんにとってこの修学旅行が最悪な思い出にならないようにしなければ」ということだけだった。京都の街並みを班で歩きながら、わたしは率先して話題を振り、会話が盛り上がってきたらその輪からスッと消えて、美穂さんと過ごす奇跡みたいな京都を目に焼き付けようとした。
美穂さんが「ないない事件」を覚えているのかは結局分からなかった。そんな話ができるわけがない。当時のわたしは美穂さんと一緒に歩いているだけで「歩いてるぅ!」と思っていたし、美穂さんが笑っていたら、耳を真っ赤にして「笑ってるぅ!!」と感激していた。これ以上何かを望むことはできなかった。

夢みたいな修学旅行が終わり、班が解散すると、わたしは美穂さんと何を話していいのか分からなくなり、口を利くことはなくなった。

中学を卒業して、いよいよお別れだと思っていたが、なんと高校の入学式に美穂さんはいた(もちろん偶然)。
運命か??と思ったが、科が違っていたので高校3年間で言葉を交わしたことはなかった。美穂さんは年上の彼氏がいたようだった。まぁこんなもんだろう、と思った。

彼女は白魚のようにしなやかに泳いだ。
わたしはお小遣いで買ったアイスを食べながらそれを見ているだけだ。
ただ憧れ眺めていた。

そんな彼女が夢に出てきた。

男2女2で10畳くらいの部屋に泊まっていて、もう一人の男はわたしの知り合いで、もう一人の女は白石麻衣さんだった。わたしは寝付けずに、暗闇でずっとハイボールを飲んでいた。季節は冬で、等間隔に置かれたせんべい布団の真ん中に灯油式のヒーターがあり、上にはやかんが置かれていた。
夜中3時頃に「暑い」と言って3人が起きだして、わたしは「暑いね」と言いながらハイボールを飲んだ。美穂さんがツンとした目で「ずっと飲んでたの?」と聞く。目鼻立ちはそこまで派手ではない。顔のパーツひとつひとつが小さくまとまっていて、髪はつやつやに光っていた。髪型はショートカットで、小学生のときに少し似ている。
わたしは「3本目」と答える。白石麻衣さんはなぜか髪をツインテールに結んでいて、美穂さんに「頭痛くならない?」と笑われている。白石麻衣さんが少し恥ずかしそうに「痛いw」と言って髪を解いたところで夢から醒めた。

変な夢、と思いながら美穂さんのことを考えて、わたしはフッと笑う。あの天下の白石麻衣が2軍みたいな立ち位置だったな、自分の美穂さんの評価の高さの揺らがなさすごいよな、もう10年以上顔も見てないのに。

悪い夢を見たあとみたいに汗をたくさんかいていた。
美穂さんも36歳か。元気でやってるかしら。
どうでもいいことばかり考えている。


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