6月8日 今日はロバの日

今日(6/8)は遠藤さんの誕生日だ。
遠藤さんはわたしが19歳の頃にバイトをしていた回転寿司屋の隣にある持ち帰り専用のお寿司屋さんでバイトをしていた一つか二つ年上の女の子だ。
遠藤さんの下の名前も顔も忘れてしまったが、何故か誕生日だけ覚えている。
当時「ロバの日だな」と思ったのを記憶している。

同じ系列のお店だったので、仕事中たまに遠藤さんのいる店に行くことがあった。

「シャリが切れそうなので4キロ分けてもらえますか?」とか「ガリ余ってませんか?」とか「10円玉余裕ありますか?」とか。

お持ち帰りのお店は女の子が多かったので、些細な用事でもバックヤードにいた男3〜4人で店に押しかけ、それぞれ話したい子と話したり、話せなかったりした。

率先して"些細な用事"を作っていたのは当時25歳だった社員さんで、この人がどうやら遠藤さんのことを好きになったらしく、
「遠藤さんかわいいなぁ、遠藤さんに会いたいなぁ」と暇さえあれば言っていた。
わたしは調子を合わせて「そうっすねぇ」と言っていたが、わたしはわたしで別の人のことを気に入っていた。が、そのことを社員さんに言うとろくなことにならない予感がしたので言わなかった。

25歳の社員さんの趣味は白ワインと車とスノボーで、"この3つの趣味で女子を落とすぞ!"という気合いが全身から漏れ出ていた。
一度だけ両店舗合同での食事会が催されたことがある。もちろん幹事は25歳の社員さん。
わたしは面白半分で社員さんの恋を応援していたが、当時ほとんど恋愛経験がなかったので、キューピットのやり方もパイプのやり方も知らなかった。

なので、他の人との距離を物理的に空けるためにとりあえず隅っこの席に2人を「どうぞどうぞ」と誘導して、2人で話せる環境を作った。それで精一杯だった。

社員さん「遠藤さんは何月生まれ?」
遠藤さん「6月です。6月8日」
スナノ「そろそろじゃないですか。ロバの日ですね」
社員さん「ホントだね!え〜せっかくだから何か買おうかなぁ」
スナノ「(せっかくってなんだよ)」
遠藤さん「そんなぁ、いいですよ〜。⚪︎⚪︎さん(社員さん)は何月生まれですか?」
社員さん「僕はね、9月!結構近いね」
スナノ「(近くはないよね)」
遠藤さん「…そうですねぇ」

という感じで、ほとんど喋らずに2人の会話を聞いて時々相槌を打つのがわたしの仕事だった。
これは"人間パーテンション"だな、と思った。悪くない仕事だった。ぺらぺら喋らずに済むからだ。

確か同じ食事会の日だったと思うのだけど、わたしの気になってる人とも話せるタイミングがあって、わたしは勇気を出して彼女のメールアドレスを聞いた。
(当時はLINEもインスタグラムもなかったのだ)
自分から女性に連絡先を聞いたのは人生でも片手で数えるほどしかないので、なかなか頑張ったと思う。

メールアドレスと一緒にmixi(み、み、mixi!)のアカウントを教えてもらって、相互フォローになった。
mixiはプロフィールに好きな本や音楽を載せられるのだが、彼女は本の欄に江國香織の「きらきらひかる」、音楽の欄にオフスプリングやグリーン・デイなどの洋パンクバンドの名前を書いていた。

本は昔から好きで読んでいたが、歴史小説やサスペンスばかり読んでいたので、「きらきらひかる」をはじめて読んだときの衝撃は凄かった。

情緒不安定でアル中の笑子と、医者で大学生の彼氏がいるゲイの睦月との結婚生活を描いたこの作品は、わたしの恋愛観や人格形成に大きく影響した。
複雑な設定だけど、3人とも繊細で傷つきやすく、膨らみ続けていく愛情にひたむきに向き合い続けた。はじめて読む恋愛小説が「きらきらひかる」になったことは、わたしの人生にとってとんでもなく幸運なことだった。
彼女に感謝したい。ありがとうございます。

さて、彼女とわたしはその寿司屋のバイトをそれぞれ辞めてから、年に一度か二度会う友達になった。
色んな場所を2人で歩きながら色んなおしゃべりをした。話の内容は殆ど忘れてしまったけれど、毎度楽しかった。


"彼女に恋愛感情を抱いたことはあっただろうか"と今でもたまに考えることがある。
ちょっとしたきっかけで好きになるチャンスはいくらでもあったと思う。でも、わたしは友達という関係で十分だった。
かっこつけてるわけでもハスってるわけでもない。

"一番好きな友達"というのがしっくりくる。
お互い恋人がいる状態で会ったこともある気がする。彼女はわたしのことを苗字の上2文字にちゃん付けで呼び、(わたしの苗字が若林だとしたら若ちゃんだ)わたしは彼女を下の名前にちゃん付けで呼んだ。
考えてみれば、わたしがちゃん付けで女の子を呼んだのは恋人以外では彼女だけだ。

最後に会ったのがいつなのか昔すぎて覚えていないのだが、動物園に行った時だったかなぁ。「サイのうんちって緑色なんだね」という話をして盛り上がった記憶がある。

つらいことや悲しいことがあったときは、サイのうんちの色と彼女の笑顔を思い浮かべて心の中で笑う。

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