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What is VIABLE? Part1-Part2

DMNでは、2013年に「VIABLE DESIGN」をテーマにした全3回のケーススタディを開催しました。これは、デザインジャーナリストの第一人者として活躍する川上典李子さんの提案によって実現したもので、デザイン、ビジネス、そして社会・環境をつなぐ指針になるコンセプト「VIABLE DESIGN」についての初めてのケーススタディ・セッションです。

「VIABLE」には「生存できる」といった生命的な意味から敷衍して、「存続できる」「実行可能な」といった意味があります。「VIABLE DESIGN」とは、字義からしても、たとえば「持続可能」と訳される「SUSTAINABLE」とくらべて、はるかに豊かなパワーを具えた概念です。 しかし、今回のセッションは、もっと直截的に、「今、企業はどのように生きるのか」「何を目的に、どのようにビジネスを展開するのか」「デザインは、何を、どのようにデザインするのか」といった今日的な問いに答えている実際の活動を取り上げ、ケーススタディしていこうと企図されました。

 

川上典李子さんはこれまで、デザイン、ビジネス、社会・環境の領域で、それぞれ連続する場所、不連続な場所を、類まれなジャーナリストスピリッツをもって探索されてきました。その川上さんが、人びとが未来へジャンプするために、デザインは「VIABLE DESIGN」でなければならないと痛切に感じる、というのです。

「VIABLEとは何か?」という川上典李子さんの問いは、Covid-19後の社会のあり方、そしてビジネスやデザインのあり方を考える上で、私たちに新しい視点をもたらしてくれます。

全3回にわたって開催したこのケーススタディ・セッションのレポートは、皆さまのお仕事の指針としてお役に立つと考えております。

 

「What is VIABLE?」

 

全3回/川上典李子さんと一緒に学ぶ「VIABLE DESIGN」ビジネスパースン&クリエーターたちへの指針

 

 

ー川上典李子さんのコメントー

 

VIABLE DESIGNが重要な意味を持つ

私は、アクシスの編集部におりまして、独立した後、雑誌、新聞などに寄稿しています。また、21_21デザインサイトの開館前から準備に携わっており、アソシエイトディレクターを担当しています。

今回のセミナーについてお話しします。デザインの話をしている中で、「VIABLE」「VIABILITY」という言葉が、ここ2、3年の間によく出てくるようになりました。「VIABLE」なデザインプロセスとは何か、これからの社会の「VIABILITY」とは何か、というように使われています。

本日、講演をお願いした横山いくこさんとミラノサローネでお会いしたときにも、「VIABLE」という単語が会話に登場しました。どこかの団体が、この言葉を採り上げたわけではありませんが、だからこそ、これが重要なキーワードではないか、と実感しています。「VIABLE」を辞書でひくと、生存できる、生育できる、実行可能な、存続できる、という訳が出てきます。「VIABILITY」は、生存能力、存続の見込み、実行可能性。「VIABLE」という言葉が現在、重要な意味を持っており、それが増幅していると感じています。

今回は、「VIABLE DESIGN」の視点、手法などについて、3人のケーススタディを踏まえながら意見交換をしていきたいと思っています。第1回目は本日の横山さん。第2回目はハーマンミラージャパン代表取締役の松崎勉さん。東日本大震災の後、石巻工房の活動にいち早く連携を申し出て、サポートをなさっています。ハーマンミラーのギフトコミッティという予算枠など、その背景を話していただきます。

第3回目は藤原大さん。ISSEY MIYAKEのクリエイティブディレクターとして、2000年には「A-POC」でデザイン大賞を受賞しました。現在、藤原さんは、イントラデザイン(INTER TRAVEL DESIGN)という新しい考え方で、エンジニアリング、サイエンスを取り込みながら地域を活性化する活動をされています。その活動の成果が出てきたということで話していただきます。

これら3つのケースは、国家のような大きな組織というよりも、個人とか企業が自発的な気持ちをエネルギーにして活動しているものです。それでは、「エディションス・イン・クラフト:現代のクラフト発展の道筋をつくる」というテーマで横山さんにレクチャーをお願いします。

 

ー横山いくこさんの講演ー

 

EICを始める経緯

Editions in Craft(以下、EIC)の話を中心に「VIABLE DESIGN」についてお話ししたいと思います。まず、自己紹介も兼ねながら、EICを立ち上げるきっかけなどついてお話します。私は、武蔵野美術大学の工芸デザイン科を卒業しまして、1995年からスウェーデンに住んでいます。メタルアートや彫刻などパブリックアートの仕事に携わりました。その後、キュレーションのコースに2年間参加しまして、現在はスウェーデン国立芸術工芸デザイン大学(Konstfack)のエキシビジョン・マネージャーを務めています。

1990年代には現代アートの大きなムーブメントとしてRelational Aesthetics(関係性の美学)がありました。さまざまな価値観が相対的になってきたときに、プライベートスペースから生み出される美ではなくて、人々、社会の関係性の間から美が生まれる、というものです。2000年代に入ってから、ビエンナーレ・ブームがあり、村おこし的なエキシビジョンが流行しました。それらはRelational Aestheticsがもとになっていて、今の私の仕事においても、その考え方が重要な位置を占めています。

そのような流れの中で、2008年にオランダ人のキュレーター、レネー・パッドとともに作ったのがEICです。スウェーデンの未来文化財団の助成金をもとにして始めました。形式的にはNPOで、小さな草の根活動です。なぜ始めたかというと、展覧会は作品、空間構成、PRなどのさまざまな生産物で構成されています。そのようなものの流通や価格などに疑問点がでてきて、展覧会だけでは満足できなくなってきました。展覧会を開催するのではなくて、自分たちが作る側にならないとダメなのではないか、と試しに始めたプロジェクトです。EICは、アーティスト、デザイナー、職人が一緒に物を作るためのプラットフォームのようなものです。

 

 

ディスカウント・カルチャー

現代のクラフトにおける大きな課題は、大量生産大量消費のディスカウント・カルチャー。ヨーロッパではアウトソーシングやディスカウント・カルチャーが顕著です。スウェーデンはIKEAやH&Mがあって、その代表とも言えるところです。

日本でクラフトというと作品そのものですが、英語のCraftでは、行為自体のことも意味しています。たとえば、鍛冶屋であれば、鍛造されたハサミもクラフトですが、作る行為もクラフトに含まれます。そのような行為を含めたクラフトについて考えていきたいと思っています。

私たちが使っている「VIABLE」の意味は、計画が実行可能で、システムが成長可能であること。それがEICというプロジェクトの根幹にあります。作り手の人々の環境が「VIABLE」であり、そのコミュニティを活性化できるものであることを重要視しています。

EICのプロジェクトを始める前に、ものづくりの現状についてのケーススタディをしました。そこから4つのタームがでてきたので説明します。

 

 

①クラフト・レボリューション

2000年代に入って、手仕事、スローライフ、エコということが、デザインやクラフトだけでなく、食、ファッションでも重要視されるようになってきました。大量消費のディスカウント・カルチャーではなく、より手作りなもの、作り手の顔が見えるものへの関心が高まってきたのです。多くの企業がトレンドとして取り入れており、それを否定しているわけではないが、そのような現象を立ち止まって考えるべきです。

2000年代にデザインアートというのが流行って、ものすごく高価な一点物のエクスクルーシブなものを職人に作らせました。たとえば、360枚すべての色が違う七宝焼きのイチジクの葉っぱでできたキャビネットが、ミラノサローネで展示されたりしました。8000万円という価格でした。有名デザイナーの作品ですが、実際に作った職人の顔は見えません。

 

 

②アウトソーシング

ヨーロッパでは、産業革命の後に手工芸が発展しました。ウィリアム・モリスのクラフト運動のおかげで、クラフト、アート、産業がほどよく発展してきました。しかし、ここのところ、ヨーロッパでは、ものづくりが賃金の安い国にアウトソースされています。これは、イギリスのウェッジウッドが2009年に倒産して、イギリスの工場が廃止されたときの新聞写真。数日前にはジノリも破産しました。とにかく人件費が高いために、クラフトに関する工場がなくなっています。

現在においては、ウェッジウッドはコンサバに見えますが、250年前に創立した当時は、クイーンズ・ウエアなどで新たなトレンドを生み出した会社です。それがいつの間にかイノベーティブなことを忘れて、名声を守る姿勢になってしまったようです。そのようなことがアウトソーシングにつながっているような気がします。どこで守りに変わってしまったのか、そのティッピング・ポイントについて考えることが重要でしょう。

2012年11月、バングラデシュの繊維工場で火災があって、109人の女性が亡くなりました。安全面が整備されていないことで悲惨な結果になりました。バングラデシュはH&M、ウォルマートなど世界の服の生産を支えています。これらの工場、注文が欲しいために最低賃金で受注しており、それが悪循環になっています。このようなディスカウント・カルチャーによる被害があります。なぜ、安いのかと、安いのに理由があることを考えてみるべきでしょう。

 

 

③スーベニア

スウェーデンでも伝統的なクラフトは消えつつあり、土産品のマーケットでしか扱われなくなっています。たとえば、ダラーナホースという子どものための民具があります。木製のものはスウェーデン製ですが、マグカップやキーホルダーなどの模造品は、中国などで生産されています。クラフトが土産品になると、本来の価値や機能を失って、クラフトのレベルが下がってしまうという問題があります。観光客が記念としてクラフトを買うので、クラフトの機能を要求していません。機能がなくても模造品ですんでしまうわけです。

土産品とアウトソーシングの悲しい結果は、ベネチアグラスでも起きています。1970年代にはベネチアグラスの職人は6000人いましたが、現在は900人。今、中国からの模造品がベニスに入ってきています。観光客には本物と模造品を区別するのは難しい。本物は8万円で模造品は3000円なので、記念品としてなら模造品を買ってしまいます。

 

 

④エシカル・ブランディング

これはIKEAが数年に1回開催するコレクション。オランダのデザイナーとコラボしたテキスタイルのタペストリーです。IKEAがユニセフとコラボしたプロジェクトで、ハンドメイド風が売りになっています。インドの女性たちが、IKEAとコラボして、1つずつ手作りしています。ミスマッチなパターンになっていますが、パターンは4つだけで、それをプリントして何万枚をリピートしています。手で縫ってはいますが、そこには作っている人のハンドメイドの喜びや誇りは欠落しています。IKEAは、早くから環境問題などに取り組んできた会社だが、このコレクションでは、これまでのような説得力がありません。

ケーススタディをしてきたときに、「ギルトレス・コンサンプション」・・・“やましさのない消費”という言葉に注目しました。これからはフェアトレード、エコなどは当然のファクターで、さらに先には、“やましさのない消費”ということが、よいデザインを考えるキーワードになるということです。

 

 

ケイトのプロジェクト

EICには、現在3つのプロジェクトがあり、2つは南アフリカ、もう1つはスウェーデンです。南アフリカのプロジェクトで訪れたのは、ダーバンに近いクアズルナタール。エイズの感染度が高いところです。このとき協力してくださったのは「Siyazama Project」を進めているケイト・ウェルスさん。ダーバン工科大学グラフィックデザイン科の教授です。ケイトは、文化人類学の研究者ですが、文字を読める人が少ないために、病気、安全などについて周知するときに、写真やイラストで伝えることに重点を置いており、その流れからグラフィックデザイン科の教授をしています。

ここで暮らしているのはズールー族。彼らには人形を作る伝統があって、それは妊婦や子どもの安全祈願などのお守り的役割を果たしています。ケイトは、エイズの女性たちなどが、その問題について自由に話せないことを課題として、「Siyazama Project」を開始しました。

この地域では一夫多妻制が認められていて、その中でエイズについて、女性たちが考えていることを話せないのです。それで、女性たちを大学に集めて、クラフトをしながら、普段言えないことを話し合う「Siyazama Project」を進めました。このクラフトを通してエイズの問題をスピークアウトするプロジェクトは成功しています。

女性たちは、人形によって自分たちの心の葛藤を表現したりしています。女性たちが若い女の子を持ち上げている人形がありますが、これはエイズに感染している夫の行動に反対する気持ちを女性たちが訴えているものです。そのような日常的なことをクラフトを通じて表現しています。

それから、ビーズは、彼女たちの伝統では重要な材料です。ビーズはイタリアのムラノ島から入ってきたもので、昔、アイボリーやダイヤモンドとトレードしていました。彼女たちにとって、ビーズはプレシャスなもので、お祝い事で身に付けたりして、とても価値があります。

そのようなクラフト品があるわけですが、サッカーのワールドカップのときにはたくさんのクラフトを作ったが、ブブゼラなどのプラスチックの中国製品が売れて、ここで作ったクラフトは売れなくて、大きな痛手を受けたそうです。そのようなことも背景にあり、デザインの力を借りてステップアップしたい、という気持ちもあって、今回のプロジェクトが始まりました。

 

 

BCXSY&Siyazama

まず、私とレネーの2人で南アフリカに行って、デザインプロダクトを一緒に作るという目的で訪問しました。コンテンポラリーのデザインをどこまで理解するだろうか、とスウェーデンのデザイナー、Frontのポートフォリオを見せて、いろいろな話をしました。

その1年後に訪問すると、ポートフォリオを見て触発されたらしく、FIFAという文字が入った人形を作ったり、電球とビーズを組み合わせたオブジェのようなものを作っていました。このときは、Frontではなく、BCXSY(Boaz cohen & Sayaka Yamamoto)というデザイナーと一緒に行くことになりました。現在、彼らは、日本の建具職人やイギリスのボート職人などとのコラボが話題になっています。

 

BCXSYが提案したアイデアは、カラフルなヘビをビーズで作り上げて花瓶を作るというもの。このとき、BCXSYにお願いしたことは、デザイナーの注文を受けて作る、という上下関係を壊すこと。50:50というのが理想だが、インプットはおばちゃんたちの技術とデザイナーのアイデアであり、そこから形が生まれてくるようにしてもらいました。だから、完成したデザイン図はなくて、ビーズとヘビがイメージとしてありました。それを見て、おばちゃんたちが、地元で集められる安価な材料を利用して作ることになりました。

おばちゃんたちは、試行錯誤した結果、布をヘビみたいに巻き付けて、それにビーズを付けて、ペットボトルに巻き付けていくという方法を考えました。色については、デザイナーに決めて欲しいということだったので、そのように進めました。ワークショップの意味、コラボの意味を理解してくれたのが予想以上の効果でした。このビデオのように、おばちゃんたちは、井戸端会議をしながら、ときには皆で歌いながら仕事をしています。

この作品、「コイルド(Coiled)」はミラノサローネのロッサーナ・オルランディのブースで発表しました。テーブル半分ぐらいの展示でしたが、メディアが採り上げて評判になりました。その後、ニューヨーク、モスクワ、北京などの展覧会でも発表しています。

今のところ、売るチャンネルとしてはホームページがあります。売りたいという店は多いのですが、実際に値段交渉となると、皆が高すぎると言って、うまくいきません。皆、アフリカ製だから安い、と思っているところが残念なことでした。

 

 

 

 

 

Front & Siyazama

それから、デザイナー、Frontとのコラボを進めました。ワイヤーで文字を編んで、その中にガラスを吹き込む「フラワーベース」というプロジェクト。彼女たちの日常の話がデザインになっています。エイズ、夢、お金などのテーマでインタビューして編集し、それを元にしてテンプレートを作り、文字を組んでいきます。彼女たちはアルファベットを書けないので、テンプレートをなぞって編んでいきます。木型の周りに作っていって、文字が抜けるようになっています。ハッピーなものから、ハートブレイキングなものまで多様なメッセージがあります。1つの例として次のような話が文字になっています。

「私の夫が唯一した悪いことは、他の妻を持ったことです。彼は何日か私の家にいて、違う日は違う妻のところにいます。ときにはよくない日もあって、それに満足していないが、ただそれを気にしないでほかっておくこともある。その状況を受け入れたくないが、私には選択する権利が与えられてなかった」

楽しい話もありますが、何か伝えるとなると、彼女たちが抱えているヘビーな現状が、このプロジェクトのメッセージとして見えてきました。

フラワーベースの網を作るのが南アフリカで、ガラスを作るのがスウェーデンの大学の職人。南と北のコラボレーションとなっています。

ガラスをネットの中に吹いている様子の動画を紹介します。ワイヤーに付いたビーズの網にガラスを吹き込みますから、ときには網のワイヤーがはじけたり、ビーズが溶けたりします。なるべく中心軸が曲がらないように1回で吹き切って作っています。網の間からポコポコとガラスが膨らんでいるのが面白くて、ユニークな形に仕上がることもあります。展覧会のときには、少し歪んでいるものに人気があったりします。これは吹き終わったところで、釜に入れて24時間冷却します。その後、上部分をカットしてキレイに磨いて完成となります。

このプロジェクトでは、おばちゃんたちをインターナショナルなデザインのコミュニティの一員として、一緒にデザインしている仲間という感じで仕事をしたかった。だから、マーケットに通用するデザインの商品を作ることが重要で、また、それをどういう場で発表するかも大事です。これもミラノサローネで発表しまして、その後、ミシガン州立大学、アフリカンクラフトの美術館、ガラスワークの美術館、モントリオールの現代美術館などの収蔵品になりました。

デザイン、クラフトということではなくて、何かものを言いたくてやっているところがあるので、このストーリーベースには“伝わる幅”というものがあるように感じています。ミラノサローネで発表した後、ニューヨークタイムズなどでも採り上げられて、ある程度の売上がありました。私たちもデザイナーもロイヤリティはもらっていなくて、それほど多くはないが、売れた分を年に1回、おばちゃんたちにボーナスとして還元しています。

現在は、作品が売れ始めたので、その分で次の花瓶を注文できる、という循環が生まれています。私たちがやりたいことは、彼女たちが喜びをもって人形を作り続けるために、違うものを作って世界マーケットに持って行ってエコノミーを生むことです。微々たるものですが、続けてもらうための糧になればいいと考えています。

 

 

Farmer's Gold

南アフリカのプロジェクトをしていると、フェアトレードをやっている、と思われることが多いようです。私たちは、今の面白いデザイン、クラフトの最先端を作りたいというモチベーションで動いています。

スウェーデンのクラフトで何かできないかと探したところ、藁細工にたどり着きました。藁細工は、西海岸のダルスランド地方に残っていて、その面白い背景を見つけました。1800年代終わり頃の話です。ダースランド地方は湖と森が多くて耕地が少ないために、人々はオスロの街へ仕事を探しにいきます。その中で1つのストーリーがあります。

ある女性がオスロへ行く途中に、農園で仕事をもらって夏を過ごした。そのとき、ノルウェーで船員の仕事をした男と出会い、パナマハットの作り方を教えてもらう。それで、その女性は、藁があるなら、これで帽子を作って売り出せばよいと考えました。それがきっかけとなって、ダルスランドでは1880年代から40年ぐらいの間、カンカン帽の輸出のメッカとなったということです。

もう1つは、その女性が村に帰って結婚して、教会に行くときに旦那の帽子がねずみに食われたので、麦わら帽子を作ったところ、それが評判になってカンカン帽の産業に成長したという話です。

そのような歴史話が面白いと思いました。藁細工は農民の文化として継承されており、藁人形もお守りとして使われてきました。子どもたちの上に藁で作ったオーナメントを置いておくと、悪いものから守ってくれるというので、藁のやぎを作ったりする習慣があります。

 

藁細工の帽子の生産は1920年代に終わり、現在はホビーとして残っています。クリスマスのときには藁のオーナメントを飾りますが、ベトナム製の藁細工は10個で300円と安く出回っています。地元の人が作ると1個1000円ぐらいですが、ホビーだから誰もあせることはありません。作る喜びがあり、伝統だという誇りがある。それで、この藁細工でどんなことができるのか、と「Farmer's Gold」というタイトルのプロジェクトを始めました。

藁細工はユニバーサルなもので日本にもあります。このワークショップでは藁でできることは何か、とマテリアル調査のような実験的なプロジェクトにしようと思い、いろいろな国の人々に参加してもらいました。それで、7組のデザイナーに参加してもらいました。

ダルスランドの学校にクラフト道具がいっぱいあるので、学生さんにも参加してもらって、地元のおばちゃんたちとデザイナーと一緒に1週間ほどワークショップを開催しました。藁の編み方を習いながら、アイデアを出し合ったりして進めました。最後に完成形を作るという課題もなく、とにかく試行錯誤するというワークショップです。女性ばかりでしたので、萱葺き屋根を作れる男性にも参加してもらいました。その彼は、考古学者で、萱葺き屋根の各地での編み方を調べています。

ワークショップの時点ではプロトタイプだけでしたが、その後、10カ月ぐらいかけて形をおこしてもらって作品を作りました。それをミラノサローネのオルランディのところで発表することにしました。

ウールを編み込んだ帽子、スツール、ブーツ、トロフィーのオブジェクトなどがあります。これはヒョウ柄のカーペットを3色に染めた藁で作ったもので、すごい手間がかかっています。Katrinは、メタルの箱に藁を切ってまとめたものを入れてイスを作りました。Sagovolvoは、藁を編み込んで鳥の爪に見立てて、ガラスと組み合わせてランプを作りました。Katjaは、粘土に藁をラッピングして釜に入れて、藁は燃やして藁のテクスチャーを活かした花瓶を作りました。

 

<参加デザイナーと作品>

 

 

 

 

 

 

●Katja Petterson

この藁のプロジェクトは、どれも商品としては成り立ちませんでした。たとえば、ヒョウ柄のカーペットは手間がかかります。工芸作家さんにフェアな賃金を支払うと一枚で材料費と工賃で15万円。利益をとって店に出すと60万円。それでは買う人はいません。藁は材料として安いから、安くてよいものが作れると考えていたが、そうではなかった。職人の時給が5000円ですから、4時間かけて藁を切るだけで2万円になります。商品として成立しなかったプロジェクトですが、スウェーデンの現代芸術センターからは、ワークショップとして興味深い、と評価してもらい、展覧会に呼んでもらいました。
 

今後の展開について

 2012年11月に「無形文化財としてのローカル伝統工芸のオルタネティブな保存継承方法について」という会合を開催しました。これまで3年間やってきた南アフリカや藁細工のプロジェクトを含めて、疑問点、葛藤などについてディスカッションしました。北欧の国などでプロジェクトを主宰している人たちを呼んで、クラフトの話をしました。
 その中で、Katjaは、3Dプリンターなどのニューテクノロジーがクラフトの仕事に影響を与えるだろうと話していました。すでに家庭用の3Dプリンターもでており、日常生活に入り始めています。
 ユネスコが2003年から無形文化財の保存のためのコンベンションをしていますが、無形文化財には、生活文化の伝統や表現、口承文化も含まれ、祭事や伝統工芸のスキルなども含まれます。そのような動きによって、2000年代の後半には助成金団体が、無形文化財への支援を積極的にするようになりました。1回切りのプロジェクトではなくて、将来的に残る形で進めることに重点が置かれるようになってきました。


第一は家族を守ること

 伝統を失っている国の人間が、失っていない国のクラフトを守ろうというのは上目線の考え方だと思います。たとえば、南アフリカのおばちゃんたちは、より新しいものを作って、生活の糧にしたい、と考えています。それに対して、伝統を守りなさい、というのは通じない話です。上からの目線でお金を持っていって、よいものはなくさないほうがいい、と言うことはできません。それは、ギルトレス・コンサンプションに近いことかもしれません。
 ナミビアで地域活性化の活動している人から「新しいスキルを身に付けて家族を守ること。それが一番の喜び。伝統は余分ではないが第一のことではない」ということを聞きました。これは胸の痛い言葉で、そのような葛藤が常にあります。ただ、私たちがやっているプロジェクトは、美しい手仕事を世界のコミュニティにインクルードして一緒に元気になるということを目指しています。作り手として世界のマーケットで対等のレベルでやっていけるのだから、そのコーチをしているという感じです。そして、このようなプロダクトを持ち込むことで、消費のマーケットに刺激を与えられるのではないか、と考えています。
 たとえば、ストーリーベースをオルランディのところに持っていくと、50%マークアップする。プロジェクトの詳細を紹介して「あなたが一番お金を稼いだらおかしいでしょ」と説得すると、30%にマークアップを下げてくれました。
 また、Katjaは、デザイナーのロイヤリティを向上するために、50:50という活動をしていますが、それも流通への疑問点があるからで、デザインマーケットのエコノミーがどうなっているのか、という問い直しにもなっています。
 このように商品を作って価格交渉することで、制作費、材料費、輸送費、保険料などの原価について、具体的に実感できるようになってきています。


「社」のクラフトへ

 2013年2月に新しい助成金をもらって、Frontのストーリーベースのプロジェクトを続けるためにアフリカに行きます。おばちゃんたちはもっと仕事をしたいと言っており、もっと注文がほしいという状態です。実際は、月に10個も売れないので、そのへんを考えたプロジェクトにする予定です。
 このプロジェクトでは、注文どおりの製品にならない、などクオリティ・コントロールが大変だったりします。世界のマーケットで売りたかったら、クオリティ・コントロールをしなければなりません。おばちゃんたちは、自分たちが制作にかけている時間など賃金の感覚がないに等しい。将来的には、南アフリカだけで生産してディストリビューションもしたい。だから、今後はビジネストレーニング的な要素も入ったワークショップをします。
 現在、ディスカウント・カルチャーが、ものすごいスピードで進んでいて、それに流されないでものを作るのが難しい状況です。そういうときに「VIABLE」という状況を作っているのが重要になるのではないか、と考えています。衣食住のクラフトがあるのなら、これからは社会の「社」のクラフトがあるべきではないかな、と思ったりしています。


ーディスカッションー

川上:横山さんの講演にあったキーワードを振り返ってみたいと思います。クラフト・レボリューション、アウトソーシングなどの言葉が出てきましたが、その中にギルトレス・コンサンプションという興味深いキーワードがありました。

横山:エコ、サスティナブル、エシカルということはすでに前提としてあって・・・葛藤を含まないものはありません。どちらかを助ければ、どちらかに不利が生まれる、というように100%フェアであることは難しい。その中で、消費の仕方というのを立ち止まって考える。企業がエコだからオーガニックだから、ということを聞いても安心ではありません。ギルトレス・コンサンプションは、そこの所をもう少し踏みこんで考えましょうということです。皆の意識が高まってきたときに、作っていく側は、きちんと答えられるものを用意しておくべきです。

川上:ギルトレス・コンサンプションという言葉を聞いたとき、あえて罪悪感という言葉を使うぐらい、現代社会の消費がさまざまな課題を含んでいることにヒヤッとさせられました。
参加者:オランダで大学を出てデザイナーをしています。学生の卒業制作のほとんどがクラフトに関するものでした。オランダ人の生活をみると、小さい頃から家の改装の手伝いをして、人によっては溶接ができたりします。ハイレベルな技術が日常生活の中にあって、クラフトに対するギャップがありません。そのまま自分の1つの技術として活用できる環境があります。
参加者:リトアニアでフリーランスのデザイナーをしています。リトアニアは共産主義の時代があって、まだ生活にものづくりが残っている国です。首都のメインストリートでクラフトの土産物を買えるところです。選び方によっては質の高いモノもあります。ユーロとリトアニアの物価が両方とも存在していて、ユーロの物価に合わせた、ものづくりが始まったりしており、そこのところで矛盾があったりします。

川上:今、ユーロの話がでましたが、ミラノサローネで文化背景を前面に出したプロジェクトが登場してきたのが、ちょうどユーロが通貨として流通し始めた頃で、それが大きな転換期だったと思います。祖父母の時代を振り返って、新しい素材でそれを復元したりなど、自分たちの出自に目を向けるようになりました。EUという文化圏ができたところに、そのような動きが自発的に生まれました。
伝統的なものを存続させるためには、市場論理など、さまざまな課題があります。企業が入ることによって大きく変えられるのではないか、という希望もあったりします。しかし、その結果として生まれている現状を冷静に見ていかなければなりません。

横山:オランダのティヒラー・マッカムという有名な窯元の13代目社長に話を聞いたことがあります。社長は、2008年にデザインアート的なギミックデザイン・・・クラフトがアートになっているような一点物の高価な商品をミラノサローネに展示しました。そのときには、メディアの高い評価を受けたそうです。
私がティヒラー・マッカムを訪れたのは、その後の2011年で、社長は「あのプロジェクトは失敗だった。PR効果はあったが、あのプロジェクトは続けられない」と語りました。続かない理由は、ものすごく値段が高いからです。現在、ハイエンドなアートピースなどを販売していたセレクトショップの倒産が続いており、ギミックデザインのようなものが売れなくなっているからです。
スウェーデンのリサ・ラーソンさんは、日本で人気がある陶芸家です。手作りの工房で同じ場所で同じスタッフが1950年代から作っています。そのものづくりが評価されて人気が出ており、日本での売上が85%を占めています。あまりに日本で人気があって、その人気が落ちたときにどうなるのか心配していますが、当人は作るのに集中してあまり危機感がないようです。それに対して、ティヒラー・マッカムの社長は危機感を持っていますが、そのように情報を集めて現況を冷静に見ることも必要でしょう。
参加者:アメリカの画廊では、日本の竹工芸の一点物をコレクターに売っています。コレクターたちは、日本の手仕事の一点物を評価する目が肥えている。アート作品とプロダクトのラインはありますが、なかなか難しい。日本では使えるものとして販売するが、アメリカのコレクターは それをオブジェとして家に置く。アートピースとして高い値段で購入している。そのようにして竹工芸品が、ここ20年ぐらいアメリカのコレクターが集めるカテゴリーになっています。作り手側からうまくプレゼンして、マーケット側の意識を変えていくという方法もあるかもしれません。

横山:デザインの商品になるか、アートピースになるか、というところでマーケットの仕組みが違います。本当にジレンマで、どうしていいのかわからないところがあります。ストーリーベースについては、いろいろな見方があって、予想外の結果でした。リサ・ラーソンさんもそうです。買う側がもう少しクリティカルになって目を肥やすことも必要でしょう。

川上:助成金については長期的な方向になっているのですか。

横山:現在では種が育っていくようなプロジェクトに助成金が出るようになっています。1970年代にスウェーデンの助成金で、スワジランドのガラス工場が作られました。その後閉鎖されたが、1990年代になってから、若い世代が復活させて成功させたという例もあります。何かネットワークのあるところから広げるということも考えられます。
参加者:横山さんは、EICでは若手デザイナーとコラボしていますが、そのメリットはどこにあるのですか。

横山:たとえば、Frontは有名だから選んだのではなくて、彼女たちのアプローチに共感を覚えて信頼してお願いしています。若手デザイナーのほうが考え方が近いということも理由の1つかもしれません。

川上:今日の話のなかで、保存の仕方ということがありました。文化の保存継承のなかで守りに入らないという姿勢が重要ですね。

横山:自分でアンテナをはって、ティッピング・ポイントを注意深く見るようにすべきでしょう。江戸文化の工房を訪問したときには、守りに入っているところもありました。もともとのスピリットなどを見直して、そのルーツをたどるということが大きなヒントになるのではないかと思います。

川上:今後の目標を教えてください。

横山:南アフリカにおける最終的な目標は、自分たちで受注して生産して発送するところまでやってもらうこと。こちらはマーケティングなどでお手伝いしていきます。

<参考URL>
●EDITION IN CRAFT
http://www.editionsincraft.com/
(文責:DMN/編集部)


GUEST PROFILE

川上典李子さん
デザイン誌「AXIS」編集部を経て1994年に独立、デザイン分野を中心に取材・執筆を行っています。2007年より、21_21 DESIGN SIGHT アソシエイトディレクターとして、3名のディレクターである三宅一生さん、佐藤 卓さん、深澤直人さんとデザイン展覧会の企画に関わっています。
各国での展覧会の企画にも参加しており、一例に「Japanese Design Today 100」(巡回中)やパリ 装飾美術館での「Japon - Japonismes, objets inspirés 1867 - 2018」のキュレーション、「London Design Biennale 2016」日本公式展示(鈴木康広氏個展)キュレトリルアドバイザー。
グッドデザイン賞の審査員をはじめ、デザイン、アート、クラフトに関するコンペティションの審査にも多数参加しています。

横山いくこさん
M+アクティング・リード・キュレーター
2016年より香港在住。2020年開館予定の美術館M+のデザイン&建築チームリーダーとして収蔵作品の収集や開館展、企画展を準備中。1995年~2015年までストックホルムを拠点にKonstfack/スウェーデン国立芸術工芸デザイン大学のエキシビション・マネージャー(2004-2015)、及びフリーランスのキュレーター、ライターとして活動。「Found MUJI Sweden」監修(良品計画/2016)、「活動のデザイン展」共同ディレクター(21_21 DESIGN SIGHT/2014)、「Japanese Design Revisited」キュレーター(ヘルシンキ・デザインウィーク/2015)、「Vårsalongen」共同キュレーター(ストックホルム私立美術館/2008)、「ReShape!」アシスタントキュレーター(ヴェニスビエンナーレ/IASPIS/2003)、など。2000年より日本の雑誌、書籍に北欧を中心としたデザイン、建築、アート、ライフスタイルについて寄稿。共著に『リサ・ラーソン作品集』(ピエ・ブックス)。2008年よりデザインとクラフトのリサーチ&プロダクションを行う「Editions in Craft」を主宰。スウェーデン近代美術館友の会ボードメンバー(2008-2015)。


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