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21世紀の政策革命:デジタルとEBPMの融合【成田悠輔】

現代社会において政策立案と実行の根底にある重要な変化に焦点を当てています。ここでいう「EBPM」とは、エビデンスに基づく政策立案(Evidence-Based Policy Making)の略であり、政策決定において客観的データや研究成果を中心に据えるアプローチを指します。この概念は、単なる理論的な理想にとどまらず、実際の政策形成においても実効性を持つようになっています。21世紀に入り、デジタル技術の進展はこのEBPMをさらに推進し、政策立案と実行のプロセスを根本から変革しています。本書では、このデジタル技術とEBPMの統合がもたらす新しい可能性と、それに伴う課題について深く掘り下げていきます。

成田悠輔:

本日は、22世紀のエビデンスに基づく政策立案(EBPM)について話しましょう。22世紀のEBPMを考えるにあたり、現代のEBPMについての理解が不可欠です。この理解を深めるために、私は霞が関にある様々な機関のウェブサイトを訪れ、EBPMに関する情報やエビデンス、具体的な事例などを調査しました。

調査の結果、1ページに50個ほどのリンクが掲載されているウェブページを多数発見しました。これらのリンクからダウンロードできる資料は、山のように多く、主にPDFファイルでした。この状況は、本シンポジウムでも例外ではありません。現在のEBPMは、一言で言えば「PDFに埋もれる」という状態です。これらの大量のPDFファイルを生成する技術に関しては、私たち大学教授が最も熟練しているかもしれませんが、霞が関の関係者も同様の技術を有しているようです。正直なところ、このような状況は学ぶ意欲を減退させます。

そこで、気分転換として映画「イーグルアイ」を視聴しました。2008年にスティーブン・スピルバーグが制作総指揮を務めたこの映画は、スピルバーグの作品の中でも比較的知られていない作品です。この映画における主題は、アメリカ政府が開発した人工知能が、監視データを操作して大統領の不正行為を発見し、憲法の精神に基づき大統領暗殺を決定し、主人公たちを操って暗殺計画を実行しようとするというものです。

この映画を見た後、私はあることに気付きました。それは、この映画のテーマが、現代のEBPMの状況と重なる部分があるということです。

ここで紹介されているのは、データと政策の間のスムーズな循環関係です。この映画では、AIのような存在が、人々の生活に関するデータを生成し、そのデータを基に政策を意思決定し実行するというプロセスが描かれています。私たちの日常生活が、私たちのニーズや存在に関するデータを生み出し、このデータは監視センサーによって記録され、継続的に分析されます。そして、このデータに基づいて政策を決定し、実行するのは、データ生成に関わるセンサーシステムです。つまり、IOT化された都市が自動的に政策を実行するということです。このデータ生成と政策実行の循環は24時間体制で行われ、人間の介入を必要としない世界が、「イーグルアイ」に描かれています。

面白いのは、この映画のテーマがSF的な空想ではなく、データと政策の無限循環を実現するための要素技術が既に存在しているという点です。近い将来、このような世界が現実になる可能性が高いと思われます。

しかし、現在の公共政策を見ると、このデータと政策の無限循環、または22世紀の理想的なEBPMは、まだ夢のようなものです。現状は、公共機関が得ることのできるデータは、民間機関のそれに比べて少なく、時間的な制限もあります。また、得られたデータは改ざんされたり廃棄されたりしてしまうことがあります。さらに、このデータに基づいてどのような政策を行うべきかを決める効率的な機械や、その実行を担う機械は、まだ存在していません。現状の公共政策は、効率的な意思決定や実行が行われることが期待されるものの、実際にはそのような状況には至っていません。

ただし、すべてが悪いニュースではありません。データと政策の相互作用は、社会の一部で実現しつつあるように見える点が挙げられます。

こで考えるべきは、社会のどの部分が22世紀のEBPMの実現に近づいているかという点です。具体的な例として、楽天、スマートニュース、LINE、メルカリといったウェブサービスを挙げてみましょう。これらのサービスを利用した経験のある方は多いと思います。これらのサービスを利用すると、私たちの買い物の傾向、会話の内容、閲覧するニュースなどのデータが蓄積されます。

これらのサービスは、ほぼ完全にアルゴリズムに基づいて運営されており、私たちが生成したデータを分析して、次にどのようなサービスやビジネスを提供するかを自動的に決定しています。選ばれたサービスやビジネスは、スマートフォンやPCを通じてリアルタイムで私たちに提供されます。これは、まさに22世紀のEBPMが現実のものとなっている状態です。

この状況を踏まえると、ウェブ産業では既に実現している22世紀のEBPMが、公共政策の分野ではまだ実現していない理由が疑問となります。そこで、この残りの時間を使って、ウェブサイトで現在何が起きているのかについて詳しく話し、その後、これらの技術やアプローチを公共政策に応用するために必要な要素について議論したいと思います。

ここでは、EBPMに関連して、別のウェブサービス「ゾゾタウン」を具体例として取り上げます。このサービスは特に20代の女性に人気があり、年間利用者数は700万人を超え、年間取引総額は3000億円以上にのぼる日本最大のファッションeコマースサイトです。

ゾゾタウンのトップページでは、ログインしたユーザーに対して、服や服のコーディネートを推薦しています。これは、物理的なアパレル店舗で最も目立つ位置にどんな服が並べられているかと同様に、ECサイトにおいても非常に重要な部分です。この部分での表示内容の選択が、サービスの成否を左右する大きな要素となります。

このファッションECサイトの設計問題は、EBPMそのものと考えることができます。EBPMが解明しようとするのは、「様々な状況に応じてどの政策が最適なのか」という問題です。この問い自体は単純ですが、複雑な世界の仕組みや因果関係を理解することが難しく、正解を見つけるのも難しいのです。

ファッションECサイトの設計においても同様の問題が見られます。ログインする多様なユーザーはそれぞれ異なる属性を持っており、性別、年齢、過去の購入履歴などに基づいて、どのような商品を表示すれば最も効果的なのかを決定する必要があります。これは、ユーザーがサービスを継続して利用し、満足するような最適な選択をすることに他なりません。

この文脈で、ファッションECサイト「ゾゾタウン」はEBPMの一例として考えられますが、その運用にはいくつかの違いが存在します。第一の違いは、表示される服がどのようであれ、その影響が限定的である可能性があるという点です。もう一つの、より重要な違いは、このファッションECサイトが22世紀型のEBPMに既に近い形で自動化、機械化されていることです。

このウェブサイトの設計と運営は、南青山に位置する200から300人のエンジニアとデータサイエンティストのチームによって行われています。彼らの仕事は、トップ画面に表示される服を自動的かつ機械的に決定するアルゴリズムを設計することです。このアルゴリズムは純粋なプログラムであり、ユーザーが関与せずに自動的に機能します。これはまさに22世紀のEBPMであり、最も効果的な服やコーディネートを見つけることを目的としています。

このような自動化された機械が使われている詳細についてはウェブに情報がありますが、より重要な点は、このような自動化された機械が世界の一部で既に使用され始めていることです。しかし、使用されている領域は現状で非常に限定的です。具体的には、ウェブ産業や、アルファゴのようなゲームAIが注目される分野です。これらの分野が、自動化された機械やビジネス機会を導入しているほぼ唯一の産業と言えるでしょう。このことから、自動化技術は実用化されているものの、その適用範囲はまだ狭いという状況が見受けられます。

私の見解では、政策機械やビジネス機会の適用範囲は今後数十年間で著しく拡大すると予想されます。特に、公共領域や公共政策領域がこの機会の普及する新たな領域となるだろうと思います。具体的には、すでに一部の国々で始まっている軍事、警察、司法領域のほか、教育や医療といった分野が含まれます。

例えば、人々の日常的な健康や医療行為に政策機関のようなものが適用されると、どのような世界が生まれるかを想像してみましょう。具体的には、物理的なオフライン世界とオンライン世界が接続され、日々の動線の中で、BMIをコントロールする行動やインフルエンザ予防のための行動が示唆されるような世界です。このような世界は、すでに実現しつつあり、Appleやボーズのような企業が提供するデバイスを通じて、私たちの体の重要な部分に関する情報が生成され、それに基づいて行動を促すサイクルが生まれています。

この意味で、日常生活レベルの健康に政策機械のようなものが導入されるのは時間の問題であり、10年、20年のうちに私たちの生活は大きく変化することが予想されます。しかし、学校や病院のような広範な公共政策領域においては、政策の自動化がいつ起こるかは未だに不透明です。ここでは規模と速度の壁、あるいはデジタル化の壁という大きな課題が存在します。

公共政策領域とウェブビジネスを比較すると、データの生成速度や規模、実行の迅速さにおいて天と地ほどの差があると言えます。これは、データに基づいて政策を実行する速度と規模に関して、両領域間に顕著な差が存在することを意味します。

たとえば、中国やアメリカを支配する世界最大手のウェブビジネス企業を見ると、数十億人のアクティブユーザーについてのデータがリアルタイムで秒単位で蓄積されています。これに基づき、決定された政策は即座に実行されます。一方、公共政策領域は、最大でも数億人をカバーし、月単位や年単位でのみ観測可能な非常に構造化されたデータに依存しています。さらに、政策の実行には大きなタイムラグがあり、実行される頃には状況が変わってしまっている可能性があります。

この大きな違いを乗り越えるためには、公共政策を大きく速い存在に変える必要があると思います。そのためには、政策のデジタル化と、政策実施現場のデジタル化が鍵となるでしょう。たとえば、最近閣議決定された「PC一人一台政策」を考えてみましょう。これは、教科書をPCやタブレットで読むという単純なイメージを超えて、生徒がウェブ上で教科書を読んでいる際に、どこでつまずいているか、どこで立ち止まってウェブを検索しているかといったデータが蓄積されます。これにより、教科書をパーソナライズし、教育内容を最適化し、個人化することが可能になります。

このような世界に到達するためには、政策や実施現場のデジタル化が必要です。つまり、EBPMよりもさらに重要なことは、デジタル化のプロセスです。

EBPMについての議論を進めると、しばしばEBPMに対する過度の重視、いわば「EBPM信仰」のような状況に陥ることがあります。しかし、社会はEBPMを実行するためだけに存在するわけではなく、EBPMは社会を動かすための多くのツールの一つに過ぎません。そのため、EBPMと他の政策手法との間で、どれがより重要かという議論が必要です。

この点から、デジタル化とEBPMを比較すると、デジタル化の方が遥かに重要であるように見えます。なぜなら、EBPMを大規模かつ高速に実行するためには、政策のデジタル化が不可欠であるからです。データが蓄積されなければ、政策の実行もできません。しかし、いったん現場がデジタル化されれば、ウェブ産業で見られるような自動化されたビジネス機会を現場に導入することが可能になります。これにより、人力で運用されるアナログのEBPMが不要になるという意味で、EBPMはデジタル化に比べて副次的な問題となると考えられます。

一方で、規模と速度、デジタル化の壁が乗り越えられたとしても、まだ大きな壁が残っています。それはやる気、興味、そしてインセンティブの壁です。ウェブ産業と公共政策を比較すると、関係者がエビデンスにどれだけの関心を持っているかという点で大きな違いがあります。ウェブ企業や一般企業では、ビジネスを改善するエビデンスがあれば、関係者は積極的にそれに関心を示します。成果指標が明確で、例えばユーザー数の増加や取引総額の増加などが直接的な利益に結びつき、ストックオプションを通じて従業員の幸福にも影響します。このため、成果指標を改善できるエビデンスがあれば、多くの人がそれに注目します。

公共政策セクターを見ると、事情はまったく異なります。まず、重要な政策問題ほど、成果指標が何であるか明確でないことが多いです。たとえ成果指標が存在したとしても、政策を担う行政官や政治家にとって、その成果指標がどれほど重要かという点は疑問です。成果指標が上がっても、直接的な昇給や昇進、メディアの注目が得られるわけではありません。選挙を見ても、有権者は成果指標よりも、政治家の言葉や雰囲気を重視する傾向があります。このように、エビデンスの重要性は公共政策セクターでは低いと考えられがちです。

これにより、エビデンスに自然な関心を持つ環境が存在しないという問題が浮かび上がります。では、どのようにしてやる気と興味を変えるべきかという問題が生じます。人間は歴史を通じて主に三つの方法でやる気や興味を変えてきました。一つ目は教育(または洗脳)で、長期にわたって同じことを繰り返し話すことで、それが正しいと感じさせる方法です。二つ目は暴力ですが、これは望ましくない手段です。最後に、金銭的インセンティブがあります。

ここでは、金銭インセンティブについて少し話を進めたいと思います。教育については、今回の場がその目的を持っているため、追加のコメントは控えます。また、暴力についても、望ましくないと考えるため、この話題は避けます。しかし、金銭インセンティブは非常にわかりやすく、効果的な手段であるため、この点について掘り下げて考える価値があると思います。

私の提案の二つ目は、EBPMを専門に扱う独立した組織、いわば「EBPMヘッジファンド」を設立することの重要性です。具体的には、21世紀型または22世紀型のEBPMを実行するための独立した傭兵部隊のような組織を創設し、すでに22世紀型のEBPMを実装した経験のあるエンジニアやデータ科学者を開発と実行部隊として雇用します。さらに、政策実行の権限と能力を持つ行政官も含め、企業や資金提供者からの資金援助を受け、政府からは実行権限とデータアクセスを提供してもらう形です。

この組織は独立した体として政策を実行し、その成果を測定します。事前に定めた公式に基づき、成果指標に応じてEBPMヘッジファンドに参加する人々に報酬が発生するように契約を設定します。これにより、参加者には成果指標に対する外部からの金銭的インセンティブが与えられることになります。

結論として、EBPMを忘れ、より重要な22世紀型の政策のデジタル化と機械化に注目するべきだと思います。これを実現するためには、多くの障壁が存在しますが、一部の障壁は克服可能な雰囲気があります。しかし、依然として高い壁も存在し、これを乗り越えるためには、壁を破壊できる「巨人」のような力が必要となるでしょう。


#政策革命 #EBPM #デジタル変革

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