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23世紀どうぶつコールセンター #3 走れタロー!!編

ショートストーリー コールセンターシリーズ vol.3

舞台:パイナップル社の「23世紀どうぶつコールセンター」

登場人物・動物
山田太郎(Taro Yamada)
:パスワードを忘れたホモサピエンス、パイナップル社の顧客
オペレーターチーム
ビリー:サバンナ育ちのタフなライオン。動物オペレーター達を束ねるベテラン。
ペンジー:南極育ちのペンギン。恐れを知らぬ楽天家。
パセリ:ひねくれ気味のカメ。好きなタバコの銘柄は「ウラシマ」。
キャロット:おしゃべりなウサギ。特技は割り込み。
フリーダム:心優しいゾウ。特技は立ったまま眠ること。


【シーン1】舞台は23世紀、AIが対応するコールセンターの時代は終わり、オペレーターとして動物が活躍する時代が到来していた。パイナップル社のユーザーサポートを担うのは23世紀どうぶつコールセンター。今日も顧客からの電話が鳴る。

ペンジー(ペンギン):ハーイ、こちら23世・・・

ビリー(ライオン):ガオーン!!(咆哮)

キャロット(うさぎ):キャアアア!!(椅子から飛びあがる)

ビリー:おっとすまない、あくびが出た。

キャロット:もう、脅かさないでよ!食われるかと思ったじゃない!

ペンジー:見て見て!ぼくの口の中だって怖いでしょう?

(振り返ったキャロット、ペンギンの口の中を初めて目撃)

キャロット:キャアアー!ケダモノ!!その口を閉じなさい!早く!

ペンジー:(猟奇的な表情で)アハハハハ!

太郎(人間):あのぅ、山田太郎と申しますが・・・パイナップルコンピュータの「23世紀どうぶつコールセンター」って・・・こちらで合ってます?

ビリー:合ってるさ!リーダーのビリーだ。どうした太郎?。

太郎:あの、あのですね、これから大事なプレゼンがあるのにコンピュータのパスワードを忘れちゃったんです!

ビリー:落ち着け。そんなこともあるさ。それより腹は減ってないか?

太郎:おなか?ええ、プレゼンの日は緊張するのであまり食べられないんですよ。そんなことよりパスワ・・・

ペンジー:ハローミスターヤマーダ!ぼくは南極生まれのペンジー!オペレーター歴3ヶ月の大ベテランだよ。どうぶつコールセンターにつながったからもう安心!プレゼンって何?

キャロット:(話に割り込みながら)はじめましてTARO YAMADA!わたしはウサギのキャロット。好きな野菜はニンジンよ。いい?パスワードなんて誰でも一生に千回くらい忘れるの。そのうちの1回がたまたまプレゼンの直前に来たってだけのことなの。最近急に寒くなって血行が悪くなってるし、星の角度もサイアクだから仕方ないわ。オランウータンのサトウ先生の気功整体を受けてみたら?人間は5割増しだけど保険適用よ!それに、もしどうしても心配だったら前世療法を受けて、その不要な罪悪感の原因を探るといいわね。パスワードなんていくら忘れたっていいのよ!ちょっと田舎のお蕎麦屋さんに入ってごらんなさい。「人間だもの」ってトイレのカレンダーに書いてあるでしょ!いい?すべては「引き寄せの法則」なの。今朝もこのコールセンターの玄関でドアの暗証番号を忘れて入れなくなったんだけど、開けゴマ!って心の中で578回唱えたところでお掃除のタナカさんが気づいて開けてくれたわ!わかる?そういうことなの。YOUも試してみて!「わたしはパスワードを思い出しました」って言いながら百回まわって最後にワンっていうの!それでもだめならお掃除のタナカさんのお隣のホフラコーワさんが最近売ってる「ミラクル・キャロット・ジ・インスピレーション」を試してみて!1万ドルの入会金を払ってサブスク契約するといつでも8割引きなの。さらにお友達を紹介すると・・・(略)

ペンジー:あ、それモグラ講でしょ!地下組織だよ!

キャロット:失礼ね!それを言うならネズミ講でしょ?現物を売ってるんだからネズミ講じゃないわよ。ちゃんと地上よ!だいいちホフラコーワさんはヤギよ!

ペンジー:ねえねえタローさん、そのプレゼント交換、ぼくも参加できる?

太郎:えっとですね、プレゼンっていうのは、ステークホルダー、利害関係者にプレゼンテーション、ええっと、つまり「発表」をして、企画を通したりするんです。うちは金融なので社外の方はコンプラの問題で参加できないんですが。

ペンジー:じゃ、プレゼントするのに、何ももらえないの?コンプラって昆布のプラモデル?

キャロット:違うわよ、昆布とプランクトンでしょ。どう考えても!プランクトンの異常発生で昆布がとれないからペンギンに参加されたら困るってこと!文脈を考えなさい!

ビリー:ところで、いまどこにいるんだい?太郎。

太郎:グローバル・ペンギン・ホールディングス社のニュートーキョー支店 ウェストパシフィックタワーEAST棟38階です。

ペンジー:わお!ぼくもペンギンだよ!ニュートーキョーってどこ?

太郎:ご存じないですか?昔風に言えば、「埼玉」です。

ビリー:知らないのかペンジー?トーキョーは海に沈んだんだ。

ペンジー:そうなの?じゃあ、麻布十番の鯛焼き屋さんは!?

太郎:港区ごと埼玉に移転しましたよ。老舗ですからね。

ペンジー:じゃあコロッケ屋さんとドーナッツ屋さんも?たぬきせんべいとマカロンは?みやこ寿司と月島もんじゃは!?東京タワーは!?

太郎:それもたぶん埼玉か群馬のどこかに・・・

キャロット:(内線ボタンを押さえながら)ちょっと、パセリ、何してるの!電話よ、お・し・ご・と!

ビリー:パセリ姐さんはたぶん屋上だな。タバコ持ってたから。

キャロット:何それ!カメだけずるいわ、甲羅干し休憩なんて。

パセリ(カメ):失礼ね!今戻ったわよ。ウサギだってしょっちゅう仕事中にスマホで遊んでるじゃない。

キャロット:あら、これは遊んでるんじゃなくて投資よ!投資しないと貧乏になるのよカメさん!ほら、フリーダム!電話よ!ゾウさんが得意なパスワード案件よ!

ビリー:フリーダムはああ見えて昼寝中だ。

太郎:あのぅ、だ、大丈夫ですか?あと50分でプレゼンが始まっちゃうんですけど・・・。

ビリー:安心してくれ。ゾウは立ったまま眠るんだ。おいみんな、ミスター・ヤマダタロウのアカウント情報を検索だ。

(ゾウ以外の動物たちが一斉にアカウント情報を検索し始める。)

ビリー:よし、まずはセキュリティチェックだ。太郎、お気に入りの動物は?

太郎:動物ですか?うーんと、動物じゃないといけませんか?子どものころから海の生き物が好きで・・・、海釣りが趣味なんです。

ペンジー:わお!ぼくも魚が大好き!タローはどんな魚が好き?

太郎:海の魚は何でも好きですが、ひとつ選ぶなら「鯛」ですね!やっぱり縁起物ですから、釣り上げた時の感動は格別ですね。

ペンジー:へえ、食べことないや。ぼくは鯛焼きのほうが好きだな。

パセリ:おかしなペンギンね!鯛焼きってのは魚に甘く煮た豆を詰め込んで焼くんでしょ?人間っておかしなこと考えるわよね。前々から思ってたけど、塩系のピザにパイナップル載せたり、メロンに生ハム巻いたり、食事とデザートの違いも分からないなんて野蛮よね。そもそも鯛が縁起物っていう根拠は何?めでタイ?ただの言葉遊びじゃない?そんなことだからネズミに騙されるのよ。

キャロット:ちょっと!ホフラコーワさんはヤギよ!

(ゾウ以外の動物オペレーターがそれぞれの端末に「T-A-I」と入力するまで待つ)

(ゾウ以外の)全員で:よし、セキュリティチェッククリア!

ビリー:じゃ、次の質問だ。太郎、パイナップルコーヒーでお気に入りのメニューは?

太郎:パイナップルコーヒー!大好きです。ニュートーキョー駅にもありますよ。休憩時間によく行くんです。お気に入りは「ZENメディテーション・スーペリア・スパイシーHOTメロンクリームソーダラテ・プラントベースカツオ風味」のショット追加で、トッピングのサクランボは自家製梅干しにチェンジです。

パセリ:一体どんな味よ。

ビリー:よし、じゃ、次の質問。最初に買った車の名前は?

ペンジー:車エビ!

キャロット:車だん吉!

パセリ:ブブー!山田君、座布団持ってっちゃって!

太郎:ええっ?座布団?どこに?エビは苦手なんですよ。甲殻類アレルギーで・・・。車は本当はキャンピングカーが欲しいけど、妻に反対されてるんです。

ビリー:はい、じゃ、次の質問。通っていた小学校の名前は?

太郎:ああ、それは覚えていますよ!竜宮(りゅうぐう)小学校です。校舎が竜宮城の形をしていましたから。

パセリ:何それ、聞いてないわ。「竜宮」はカメが商標登録してるはずよ!そもそもね、浦島太郎物語の作者はカメなのよ!考えてみて!あの話の流れで、すべてを見ていたのはカメだけでしょ?浦島太郎は玉手箱開けておじいさんになっちゃたんだから!まったく、人間って自分たちが作った法律守る気あんのかしら!?

キャロット:人間あるあるね。私も最近ピーターラビットとミッフィとキティとノンタンについてウサギの包括的な権利を主張するツイッターアカウントを作ったの。ヤギのホフラコーワさんもコーヒーを最初に発見したのはヤギなのに何の見返りもないってことでスターパックスコーヒーとネスラとパイナップルコーヒーを訴えたらしいわ。

パセリ:だからキティとノンタンはネコだって言ってるでしょ!ヤギだってコーヒーを食べて暴れてただけで焼いたわけじゃないんでしょ。ウサギといえば『不思議の国のアリス』や『因幡の白兎』はどうなのよ?

キャロット:あんな性格悪いウサギが私なわけないじゃない!『因幡の白兎』なんてトラウマでしかないわ。サメを騙して毛皮を剥かれるだけでも自業自得なのに、さらに騙されて海水塗り込むなんてバッカじゃないの?名誉棄損で訴えてやるわ!

ペンジー:ぼくは『南極ペンギン物語』のモデルなんだよ!他にもあるのかな?

キャロット:ペンギン?そんなメジャーどころはないんじゃない?せいぜいサンリオのタキシードサムとNHKのじゃじゃ丸!ぴっころ!ぽろり~、の、ぴっころかしら。あの子意外と怒りっぽいのよ。

パセリ:古いわね!!訴えるならポケモンのポッチャマとコウペンちゃんとJRのペンギンに決まってるじゃない!市場規模を考えなさいよ!

フリーダム(ゾウ):いや、たぶんポッチャマやコウペンちゃんは皇帝ペンギンだから、アデリーペンギンのペンジーには権利がないって言われちゃうと思うよ。ゾウ組合も『ダンボ』がインド象なのかアフリカ象なのかの争いでうやむやになって負けちゃったみたいだし。ゾウはゾウなのに・・・。あっ、はじめまして、ぼくはゾウのフリーダムです。

ビリー:おはようフリーダム。これで全員揃った。よかったな太郎、フリーダムはパスワード案件が得意なんだ。

太郎:おぉ、はじめましてフリーダムさん。それは心強いですね。お願いします、プレゼンまであと20分しかないんです。

ビリー:よし、太郎、最後の質問だ。小学生の時の親友の名前は?

太郎:小学生の時かぁ。うーん、親友かぁ。引越してばかりいたからなぁ。

フリーダム:大丈夫ですよ太郎さん、ぼくだってこのコールセンターに来て初めて海の生き物と友達になれたんです。

キャロット:そうよ!友達なんて、ミラクルキャロットシリーズの販売を始めればネズミ算式に増えていくわ。そうしたらキャンピングカーだって何台でも買えるわよ。ただ、ここだけの話、この商売は早く始める人しか儲からない仕組みだから、急いだほうがいいんだって!

パセリ:バカね、急がば回れっていうでしょ?『うさぎとカメ』読み直したら?だいたい友達ってそんなに重要?子どもがつるんだってカメをいじめたり、悪さするだけよ。ここにいるペンジーだって仲間から海に突き落とされたのよ?シャチがいないか確かめるために!いい?友達なんて幻想なのよ!

ペンジー:アハハ!確かに突き落とされたけど最初に飛び込んだほうがお得なんだよ!魚もイカも食べ放題!タローだって、ロイヤルインターコンチグランドホテルの海鮮ビュッフェを独り占めできたらうれしいでしょ?

太郎:それは確かにうれしいですね!あっ、あと15分です!

ビリー:仕方ない。最後の手段だ。太郎、悪いが俺たちとタイムマシーンに乗ってもらう。免責事項を読んでるヒマはない。フリーダム、タイムマシーンを「20年前」にセットしてくれ!

フリーダム:まかせてビリー!みんな、用意はいい!?行くよ!!


【シーン2】パスワードを忘れたパイナップル社の顧客ヤマダタロウと動物オペレーター達がタイムマシンで時空をワープ。美しい砂浜で老人が何かを焼いている様子。目の前には穏やかな青い海が広がり、松林を風が通り抜けていく。

ビリー:おかしいな。ここはどこだ?太郎。

太郎:いや、さっぱりわかりません。

フリーダム:しまった、ゼロを押し過ぎたよ。2000年前に来ちゃった・・・。

ゾウ以外のオペレーター全員と太郎で:
ズコ!!(20世紀喜劇風に派手にコケる)

ビリー:(倒れたまま)とにかくあの爺さんに何か訊いてみてくれ、太郎!走るんだ!あと10分でプレゼンだ!

全員で:走れ、タローーー!!

太郎:はい!行ってきます!(太郎、全力疾走)・・・あの、もしもしお爺さん!23世紀から来た山田太郎です。ここはどこですか?何を焼いてるんですか?

お爺:おお、驚いた。あんたも太郎か。これは鯛焼きじゃよ。ほれ、おひとつどうだね。

太郎:いいんですか?おお!これはなんてうまいんだ!!カリッと焼けた香ばしい生地にほどよい甘さのあんこが・・・でもこれはただの鯛焼きじゃない。何かが違う!

(時計を見るビリー。プレゼンまであと5分しかない!)

お爺:これはな、わしが遠い昔、大切な人に教わったレシピでな。竜宮城だけの秘密のレシピなのじゃ。

太郎:え、それじゃあお爺さんは・・・

パセリ:(ひっくり返ったまま)まさか浦島太郎!?あいつ、亀姫との約束を破って玉手箱を開けたのよ!それなのに竜宮オリジナルレシピで勝手に商売するなんて、許せないわ!

キャロット:(腰をさすりながら)なんであんたが怒るの!?助けてもらったんでしょ?

フリーダム:(松林で身を隠しながら)よく考えたら亀姫も意地悪ですよね、そんな時限爆弾・・・助け損じゃないですか?浦島太郎さんは竜宮城で何か悪いことでもしたんでしょうか。

パセリ:あの顔を見れば分かるでしょう?浮気者の裏切り者なのよ!

ビリー:そんな昔のことはいい!太郎!パスワードは!!!???

太郎:え?パスワード?あ、そうか!そうだった!思い出しました!!わたしのパスワードは・・・理想の鯛焼きのセオリー・・・”S-H-I-P-P-O-M-A-D-E-A-N”です!!

ペンジー:シポマデアン?なにそれ?

太郎:シッポマデアン!!シッポまで餡子がつまった鯛焼きってことですよ!ありがとう、お爺さん!あなたの鯛焼きで思い出しましたよ!

お爺:そうか、次回はカスタードを食べに来ておくれ。いま、新しい鯛焼きを研究中なんじゃ。

太郎:お爺さん、いや、浦島太郎さんですよね?最後に教えてください!この鯛焼きには一体、何が入ってるんですか?

お爺:お若いの、考えてはいかん!ただ感じるのじゃ。わしは玉手箱を開けてすべてを忘れたが、この砂浜で来る日も来る日も海を眺めていて、鯛焼きのレシピを突然思い出したのじゃ。お前さんもこの浜辺で風を感じていれば、きっと・・・。

ビリー:おい、太郎!時間切れだ!戻ってこい!

フリーダム:急いで太郎さん!走って!!!

全員で:走れタローーー!!


【シーン3】舞台は23世紀どうぶつコールセンターに戻る。帰り際、ペンジーは急ぎながらも浦島太郎翁が焼いた鯛焼きを人数分購入することを忘れなかった。もちろん領収書の宛名は「23世紀どうぶつコールセンター」で。

ビリー:みんな、落ち着いたか。パスワードは「S-H-I-P-P-O-M-A-D-E-A-N」 だ。プレゼンまであと3分だ、急げ!

(動物オペレーター全員がそれぞれの端末にパスワードを入力し終わるまで待つ)

全員で:よし!パスワードクリア!凍結解除!!

ビリー:待たせたな太郎!これが新しい暗証番号だ。これでもう一度アカウントにアクセスして、新しいパスワードを設定してくれ。落ち着いてな。

太郎:わかりました!みなさん、ありがとう!!

キャロット:新しいパスワードは素直にTAIYAKIでどう?

ペンジー:賛成!お爺さんのレシピで鯛焼きショップやってほしいな!とっても美味しいから!コールセンターの休憩室に常備してほしい!もちろん福利厚生費でね、ビリー!

パセリ:ちょっとアナタね、一つ言っておくけどなんでもシッポまで詰めればいいってもんじゃないわよ!

フリーダム:太郎さん、プレゼンがんばって!

太郎:プレゼン?あ、そうだった!ありがとう、フリーダム、みなさん!

【エンディング】
パイナップル社の顧客ヤマダタロウと動物たちは笑顔で電話を切り、舞台は幕を閉じる。太郎のプレゼンの評判は上々で、海に沈んだトーキョーの旧市街を潜水艇でめぐるツアー会社のスタートアップ資金はすぐに集まった。新会社RYUGU DISCOVERYの社長に就任した太郎は忙しく働くかたわら、週末はお爺の鯛焼きを再現するため、タイムマシーンで見た砂浜を探し求めて旅に出かけるのだった。妻が運転するキャンピングカーに乗って。

カメのパセリ

Illustration: natsu&co