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「うるし」の説明 その3 漆業界における、うるしの分類(漆の種類)

「生漆」「透素黒目漆」「黒素黒目漆」の3種類を使うことができれば、その他の「漆」にはそれほど関心を払わなくても問題はありません。

何故なら、この3種類以外の様々な名称の「漆」は、「漆を主成分として、天然の樹脂や乾性油などを加えて塗料化されたもの」といっても間違いではない、ちょっと特殊な漆達だからです。

今回は、この「ちょっと特殊な漆達」がどういうものか、漆屋さんが決めた「漆の定義」にある「漆の分類」に従って紹介します。

- 漆の定義(分類) -

〈荒味漆および濾上げ生漆〉

・荒味漆   ‥ 樹木から採った状態のままの樹液
・濾上げ生漆 ‥ 荒味漆から樹皮やごみなどの夾雑物を取り除いたもの

〈精製漆の表示と定義〉

(1)透無油精製漆 ‥ 荒味もしくは濾上げ生漆を原料として分散、脱水、濾過したもの

(2)黒無油精製漆 ‥ 荒味もしくは濾上げ生漆を原料として、例えば鉄などの着色剤を加えて着色し、分散、脱水、濾過したもの

(3)透有油精製漆 ‥ 荒味もしくは濾上げ生漆に、天然の乾性油などや天然の乾性油にロジンなどの混合物を添加、分散、脱水、濾過したもの

(4)黒有油精製漆 ‥ 荒味もしくは濾上げ生漆に、例えば鉄などの着色剤を加えて着色し、天然の乾性油などや天然の乾性油にロジンなどの混合物を添加、分散、脱水、濾過したもの

(5)梨子地漆   ‥ (1)および(3)に着色剤として天然のガンボージ(藤黄)を加えて、分散、脱水、濾過したもの

以上が、日本精漆工業協同組合が1996年に定めた漆の定義です。
(現在の全国漆業連合会も、この定義を使用しています)

この中で、

〈「荒味漆」とそれを濾過した「生漆」〉
(1)「透無油精製漆」=「透素黒目漆」(別名、赤呂色漆など)
(2)「黒無油精製漆」=「黒素黒目漆」(別名、黒呂色漆など)

の3種類が、他の樹脂成分や乾性油の入っていない「純粋な漆」です。

これに対して、

(3)「透有油精製漆」〈すきゆうゆせいせいうるし〉
(4)「黒有油精製漆」〈くろゆうゆせいせいうるし〉
(5)「梨子地漆」〈なしじうるし〉

の3系統は、
漆を主成分に乾性油やロジン、ガンボージなどの樹脂類を混合していることが、定義からも判ります。

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(3)~(5)の漆に混合している乾性油や樹脂類

・乾性油(荏油、亜麻仁油)

常温で酸化重合により乾燥して、塗膜を形成する油脂類の総称。
「油性塗料」の「油」は、この「乾性油」から来ています。

「荏油(えのゆ)」シソ科の荏胡麻(えごま)という植物の種子から採れる乾性油で、オイルフィニッシュ塗料や油絵の具に使われます。
「亜麻仁油(あまにゆ)」アマ科の亜麻という植物の種子から採れる乾性油で、オイルフィニッシュ塗料や煮詰めて油性塗料の材料にも使われます。

漆の塗膜着色の調整や光沢の調整に用いられ、幅い広い漆に混合されます。
乾性油の中では、「荏油」を混合するほうが多いと言われています。

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・ガンボージ(別名:雌黄「しおう」、藤黄「とうおう」)

インド、タイ、カンボジアなどに生育するオトギリソウ科フクギ属の高木の樹幹に傷をつけて、にじみ出た樹液を凝固させたものです。
黄色い樹脂で、漆と混合するとその色調を濃黄色透明の方向へもっていくことができます。
「梨子地漆」や「木地呂漆」などに混合されます。

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・ロジン

マツ科の植物の樹液である「松脂」から、揮発分である「テレビン油」を飛ばした後に残る樹脂成分です。
漆液に比べてかなり安価なため、「中塗り漆」などに増量剤として混合されます。

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・ベトナム産の漆

ベトナムの漆の木は、別名「アンナンウルシ」とも呼ばれますが、植物の分類上はハゼノキになります。
その樹液は、ラッコールという樹脂が主成分で、ウルシオールが主体の漆液と似た性質を持ちます。
中国産の漆(日本産と同じ種類の木で、主成分も同じウルシオール)よりも安価なため、下地用の「生漆」や精製した「中塗り漆」に混合されることがあります。

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乾性油や樹脂類を混ぜる目的

・塗膜着色の調整

「透無油精製漆」である「透素黒目漆」の塗膜は濃い茶褐色透明になります。
ここに乾性油を混合すると、茶褐色の色味を薄くすることができます。
ガンボージを加えると、塗膜を黄色い色調へと変化させることができます。
顔料の発色を良くするためや、木地の杢理や塗り込む金粉などの加飾が明瞭に見えるようにするために、塗膜の色味を調整する目的で乾性油やガンボージを混ぜます。


・光沢の調整

1999年頃までの漆精製の技術では、「透無油精製漆」や「黒無油精製漆」で高光沢の漆膜を得ることはできませんでした。

漆の精製では、漆液中にある「ゴム質水球」を分散させます。
精製した漆が硬化すると、このゴム質水球は水分が飛んでゴム質の粒として硬化膜中に配されます。
この大きさ約1μm(マイクロメートル、1000分の1mm)くらいの粒が、漆膜の表面に凹凸を作ることで光が拡散反射し、光沢が低く見えるのです。

しかし、そこに乾性油を入れると高光沢の塗膜を得ることができます。
乾性油を入れると漆膜の光沢が上がる理由は‥。

乾性油を混合することで相対的に漆の割合が減り、ゴム質球の絶対量も減ること

乾性油を混合した漆液は粘度が上昇するため、精製過程で攪拌する際にゴム質水球を分散する力が強くなり、硬化膜中のゴム質球が1μmよりもさらに小さい単位にすり潰されて表面が平滑になること

この2つが同時に起きているから‥と考えられています。

また、精製過程の中で乾性油を入れるタイミング(なやし〈攪拌〉の前後など)や乾性油を混合する量を変えることで、高光沢(艶)~中光沢(半艶)~低光沢(消=艶消し)といった具合に、漆膜の光沢を調整することができます。


・コストダウン

漆液は塗料としてそこそこ高価なため、大量に使う仕事をする場合にはコストも気になるところです。
ガンボージはむしろ漆より高いくらいですが、乾性油やロジンなどを混合すればその分値段を安くすることができます。
一般に、「透素黒目漆」に比べると「朱合漆」のほうが安いのは、乾性油の混合でコストが下がっているからでもあります。
少量を趣味や工芸制作に使う場合には気にしなくてもよいことですが、漆器産地等で事業として大量に漆を塗る場合には漆の値段は無視できません。
こうした要望に応えて、漆屋さんも値段を抑えた漆を出すために樹脂類を混合します。
これは結構昔からあったみたいで、とろろ汁や水飴などで増量された漆が塗られた漆器がたくさん発掘された例もあるようです。


乾性油や樹脂類を混合して塗料化した(3)~(5)の漆の種類

各種の漆は、さらに以下のような様々な名称の漆に分けられます。

漆の種類はJIS(K 5950-1979)によって規格化されているものの、JISでは配合する樹脂類やその配合量までは詳細に規定されていません。
実際に各種の漆にどんな材料をどれくらい混ぜるのかは、漆屋さんそれぞれのノウハウによるところとなります。
したがって、同じ名称の漆でも、漆屋さんによって混合している材料や配合量が異なることがあります。
また、逆に同じような配合の漆でも、地域や漆屋さんによっては名称が違う場合があります。

そのため、以下の漆の紹介は、地域や漆屋さんによっては当てはまらないこともあります。

(3)「透有油精製漆」

・朱合漆(しゅあいうるし)
〈艶朱合(つやしゅあい)、半艶朱合(はんつやしゅあい)、消朱合(けししゅあい)別名:無油朱合(むあぶらしゅあい)※1

漆に乾性油などを混合し、漆の濃い茶褐色透明の塗膜着色を薄め、塗膜の光沢を調整した漆です。
漆の塗膜着色を薄めてあるので顔料の発色が良くなることから、「朱合」の字の如く「朱」に「合わせる」漆として、漆に顔料を配合した「色漆」を作るのにも使われます。
光沢の調整具合によって、高光沢「艶朱合」~中光沢「半艶朱合」~低光沢「消朱合、無油朱合 ※1」の3種類があります。

※1「無油朱合漆」の名称は、「艶消しの朱合漆」を指す場合もあれば、地域によっては「透素黒目漆」や「赤呂色漆」を指すこともあります。
「無油朱合漆」を購入の際は、漆屋さんに中身を確認してください。

・赤中漆(あかなかうるし)別名:透中漆(すきなかうるし)

最表面の上塗りには用いない、中塗りの段階で使うことを前提として、漆に乾性油やロジンなどの樹脂を混合して増量し、値段を抑えた漆です。
漆屋さんによっては、ベトナム産の漆などを混合することもあります。
「赤中」とありますが「赤色」を示すわけではなく、「中塗り用の透漆」という意味です。

中塗りには、必ずしも「中塗り用の漆」を使わなければならないという訳ではありません。
「中塗り用の漆」というのは、上塗りには不適だが、中塗りくらいの用途だったらこの漆でもいいだろう‥という程度の意味合いです。
「中塗り」の工程自体は、たとえば「透素黒目漆」を塗り重ねても何ら問題はありません。

・春慶漆(しゅんけいうるし)

木地を染料で染め、その上に漆を塗って木目を見えるように塗り上げる「春慶塗」の技法で使われる漆です。
漆の塗膜着色を抑え、木地を染めた染料の色調を映えさえるために、20%以上の「荏油」を混合します。

・木地呂漆(きじろうるし)※2 別名:黄呂色漆(きろいろうるし)

透素黒目漆に少量のガンボージを混合して、漆の塗膜着色を濃黄色透明の方向に振ったものです。
主に、木地の杢理を引き立たせる塗りに使われます。また、梨子地漆よりもガンボージの混合量は少なくなっています。

※2「木地呂漆」の名称は、上記のような漆を指す場合もあれば、地域によっては「透素黒目漆」や「赤呂色漆」を指すこともあります。
「木地呂漆」を購入の際は、漆屋さんに中身を確認してください。

(4)「黒有油精製漆」

・艶黒漆(つやくろうるし)別名:艶呂漆(つやろいろうるし)、花塗漆(はなぬりうるし)

「艶朱合」の黒漆バージョンです。
精製時のなやし(攪拌)前に乾性油を多めに配合することで光沢を調整し、高光沢の塗膜が得られます。

・半艶黒漆(はんつやくろうるし)別名:真塗漆(しんぬりうるし)

「半艶朱合」の黒漆バージョンです。
黒漆では塗膜着色の濃さを気にする必要はありませんが、「朱合漆」と同じように乾性油を混合することで、「朱合漆」の各艶の漆と値段を揃えることができます。

・艶消黒漆(つやけしくろうるし)別名:消真塗漆(けししんぬりうるし)

「消朱合」の黒漆バージョンです。
艶消しの黒漆で、ゴム質水球の分散を控えめにして塗膜上のゴム質球が大きめになるように精製し、乾性油が混合されています。

・黒中漆(くろなかうるし)

「赤中漆」の黒漆バージョンです。
中塗りの用途に、乾性油やロジンなどの樹脂、ベトナム産の漆などを混合して増量し、値段を抑えたものです。

・箔下漆(はくしたうるし)

金箔や銀箔などの金属箔を貼り付ける基材の下塗りとして使われる黒漆です。(金箔を直接貼り付けるための接着に用いられる漆ではなく、貼り付ける側の基材を漆塗膜で整えるための漆です)
原則として樹脂類を混合することはありませんが、漆屋さんによってはロジンや乾性油を熱処理したボイル油が入っている場合もあります。
仏壇、仏具関係の塗り・箔押しの仕事で使われることが多い漆です。

(5)「梨子地漆」(なしじうるし)

漆に対して10~30%のガンボージを混ぜて塗料化すると、塗膜着色が茶褐色透明から濃黄色透明の方向に色調が移行します。
粗目の金粉を使ってラメ調に仕上げる「梨子地塗り」などに用いるほか、蒔絵などの加飾表現にも使用されます。

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以上が、「天然の樹脂や乾性油などを加えて塗料化された」ちょっと特殊な漆達についての紹介でした。

漆に乾性油やロジンなどを混合すると、塗膜の硬度や耐薬品性などの物性が漆だけの塗膜と比べるとどうしても弱くなります。
光沢などの調整に乾性油が必要だったので、それによって塗膜が弱くなってしまうことは、これまであまり問題にされることがありませんでした。

しかし、1999年くらいを境に漆精製の技術が大きく進化し、現在では乾性油を混合しなくても漆だけで光沢の調整ができるようになりました。

また、塗膜着色の問題も、中国からの輸入漆の品質が輸送技術の発達によって向上したことで、漆の硬化条件を管理すればかなりコントロールできるようになりました。

「梨子地塗り」をする場合には、やはりガンボージを混合した梨子地漆が必要ですが、他の樹脂成分や乾性油の入っていない「生漆」「透素黒目漆」「黒素黒目漆」の3種類だけでも、漆塗り技法の大部分の工程が可能になっています。

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