的なもの

 夜行バスの中は暇だった。腰は痛いし、22時に消灯したから本も読めない。スマホは荷台に預けたリュックサックの中で取り出すことができない。できるのはいつの間にか意識が飛ぶまで暗闇の中で振り返る事だった。
 その人の印象は強く残った。いや、「印象に強く残った」と言い表すのは少し違う。それだけなら深夜、暗闇の中でいの一番に思い出すこともないだろう。そうだ、あの人に似ているのだ、だから…。分子レベルで二人は似ている。あの人の分子をあの人に見出したから、それは「印象に強く残った」どころの話ではない。分子レベルで似ている。それは印象に残るどころの話ではない。「的なもの」として僕はあの人の面影をあの人に引き写したのである。
 そのあとの僕の思考の展開は予定調和でしかない。思い出すだけである。反復。何百回も反復したあの記憶。考えてみれば、その時間は合計しても24時間あるかないか。23年弱かけて生成された人生という銀河で、それだけが、24時間程度の大きさしかないその時間が、星となって具象し、輝きを放っている。くすんでいたその星が、今再び輝きを取り戻す。煌々と照り映える、星。

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