01_Fly_Out_Lost_Prototype

熱病の夜、がらんどうの嵐を一直線に駆け抜ける。
今夜は荒れると噂する風たちはいうが、幸運なことに雨はまだ見えない。残り少ない熱を惜しまず吹かす・・・早く安全圏へ逃げ込まなきゃ。


日が落ちた後もなお湿度は高く、天が蓋をして地上を密室にしたかの様。そのドームを熱風が掛け、逃げる僕の背を追い越して彼方へと向かってゆく。
空しい僕らにとり、歓迎すべき熱ではない。今のひと吹きで道端を横たわる同胞が一体、躰をバラバラにして消されていった。僕も他者ごとではなく、飛翔する・羽ばたく一回その一回ごとに躰が軽くなるのを感じる。急ごう。


***


「ただいま」漸くのことでセーフハウスへと逃げ込んだ。僕らが暫く使うことになる秘密基地、ここまでは風も追いかけてこない。
「そこにいるんでしょ、○○」瓦礫の陰に声を投げると、

「あは、」

茶色のストレート、赤い瞳、ガラス細工のような青白い胴体。

「なんで、分かっちゃうのかしらね」

未発達の脚部、破壊された右腕、萎びた翼―――「さあ。まあ勘だよ勘」

君の鼓動なら千里先でも聞き逃さない、なんて言うと嫌われるから止めておこう。


「お節介なひと。お土産はあるの。」「勿論」細い両手を、そのうち片方は消えてしまった肩の先の部分を、可愛らし気に突き出してくる。
そのうちまだ残ってる方を握ってやり、続いて軽く頭部を撫でる・・・砂利と鉄粉が、髪の間からさらさらと零れ落ちた。「お楽しみは手入れの後だよ。さあ、用意して」そう言うと、いつも通り複雑な表情を向けてくる。プライドの高い彼女は、自分の躰が壊れた程度で他者に明け渡そうとしないのだ。


今日目覚めて隣に君がいなかったのも、世話焼きな僕から一刻でも離れたいと思ったからだろう。それとも、僕と君との千切れない間から、僕を救おうと思って?

「・・・はい、参ったわよ、アナタには。これでいいの」「・・・ああ、うん。いいよ」僕としたことが、君の前でうっかりしていた。
彼女が既にその不便な四肢で一枚着のキャミソールを脱ぎ、準備を済ませているって時に。
「きょうは、どうだったの」僕に櫛で髪を梳かれながら、若干の赤面で僕に問いかける。もう幾度となく巡り合っている筈なのに、未だ抵抗がある様子。「そうだね、きょうは・・・」
消えていった同胞を何体見かけただろう、徒然に彼らの最後の顔を思い出そうとし、「まあ、ぼちぼちだったよ」すぐに意識の彼方へと消えていった。


***


「ああーもう待てない、いつになったら手際が良くなるの!!」「ごめん、ごめんって」彼女の関節部分、穴の開いた脇腹、空洞の右腕、そこかしこに砂利やら埃やらが入り放題。きちんと整備をしてやらないと、只でさえ短い一生が益々縮んでいってしまう。そんなの勿体ないじゃないか、君がいる貴重な生。

生憎と僕も指先の発達した方でないため、こうしたメンテナンスに手間を食う。生産性は高い方ではない。それでも君の面倒を見られるのは、誰でもなく、彼女でもなく、僕だけ---
「ね、そろそろいいでしょ、あれ」躰から不純物が消えてスッキリしたようだ、存分に体と羽を広げ、見た目も心なしか蘇って見える。
彼女の調整に神経を尖らせ、何日か分の寿命を失った気分の僕とは対照的だ。お構いなしに、中毒の君は今日の戦利品を求めてくる・・・「ま、こんなものかな。下半身がまだ不十分だけど」「そこは自分でやる!!!」

ひゅう、バリン!!

・・・近くにあったブロック片が飛び、僕の背にある窓ガラスへヒット。
全く、そんな元気はどこに隠しているのだろうな。そしてこの冗談で君を怒らせるのはもう何百度目かも分からないのだけど、きっと君は知らないのだろうな。「ああはい、余計なお世話だね。ごめん」


元気になった彼女へブツを渡し、落ち着いてもらった。
一緒に横へ座り、それを煽る。乾燥の進んだ軋む胴体に、生命を感じる液体が注ぎ込まれた。
「きょうはどこから~?」この酒の出所が気になるのだろう。君は永遠に、自分の力で手に入れられることも無いだろうに。いつも君は、どこか致命的に欠けている状態で生れ落ちるんだ。「ここから南へ、しばらく行ったところ。いま、争いが起こってる」「ふうん、ラッキーねえ」
デザインの綺麗なグラスを片手に、ぐいぐいと君は僕の戦利品を飲み干してゆく。人々の争いが世界に空白を作り、我々空しきものたちに好機をもたらすことは君も知っての通りだ。どうせ生れ落ちるなら、なるべく楽しく過ごせる・・・チャンスのあるところがいい。
「うん、しばらくはこいつを楽しめると思う」「そう・・・あたしが消えるのと、これが無くなるの、どっちが早いかしら」
グラスの先、遠くを見つめる彼女。後先考えない君にも、先がそう長くないことは分かっているのだろう。明日、きっと君は---


どん、


と少し離れた地点からの音。それから間もなく、僕からは割れた窓越しに、君からは恐らく、そのグラスを通して、空に小さな光が弾けるのを見た。彼女の手入れに集中して気付かなかったが、外は噂通り雨が降っている。暗い夜の中に、打ち上げ花火が一つ、ぐしゃり。

恐らく、同胞があれに消えた。死期を悟った我々のうち、どうせ消えるなら、と残された熱量をああして使う輩が出てくる。釣られて後を追う者もあり、眺めて一晩の楽しみとする者もあり。
・・・隣の君は、静かに涙を流して花火を見つめていた。「あたしもあんなふうに、・・・消えるのかな、ねえ」教えてもないのに、あれを同胞として認識できているようだった。前の生と比べて成長が早いことに感動し、そして君がいつもより早く、明日には消えてしまうことを理解したくなかった。君の心臓は、いつもより鼓動の弱りが早かった。
「まだ、たくさんあるよ。今日は飲みなよ」「・・・うん」消えゆく花火の群れを見ながら、僕は明日の君の葬式をどうするか考えていた。


***

昔使っていたサイトからの流用

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