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住家がないところは土砂災害警戒区域にはならない


 能登半島地震では、地震に伴うがけ崩れなどによる土砂災害が各地で発生し、人的被害にもつながっていることが伝えられています。1月10日時点で比較的多くの報道が見られる土砂災害被災現場としては、穴水町由比ヶ丘付近(死者14人程度)と、珠洲市仁江町(死者9人)の2箇所があります。

珠洲市仁江町の土砂災害

 珠洲市仁江町では斜面崩壊で家屋が被災し、ここにお住まいだった方と、正月で帰省していた家族11人が巻き込まれ、うち9人が亡くなったと報じられています。 

 下図は地理院地図で見た、珠洲市仁江町の斜面崩壊現場付近における地震前後の空中写真です。写真上側で住家1箇所が、建物の形状はある程度残っているものの位置が大きく変わっており、ここで被害が出たのではないかと考えられます。崩壊土砂堆積域の、写真左側にも巻き込まれた建物があるように見えますが、これらはいずれも非住家のようです。

地震前後の珠洲市仁江町の斜面崩壊箇所 地理院地図より

 国土交通省「重ねるハザードマップ」で、この被災箇所付近の土砂災害警戒区域を表示したのが下図右、同範囲について国土地理院が公開した今回の地震による「斜面崩壊・堆積分布データ」を示したのが下図左です。被災箇所付近は、土砂災害特別警戒区域(急傾斜地の崩壊)、土砂災害警戒区域(土石流)、土砂災害警戒区域(地すべり)のいずれも範囲内に当たると読み取れます。

国土交通省「重ねるハザードマップ」上に示した土砂災害警戒区域(右)と、今回の地震による「斜面崩壊・堆積分布データ」(国土地理院公開)

 土砂災害警戒区域は基本的には大雨によって生じるがけ崩れ、土石流、地すべりなどを対象に区域指定されていますが、地形的にこれらの現象が起こりやすい(過去に発生してきた)場所を指定しているので、地震起因の土砂移動現象については全くフォローされていないとは言えないと思います。珠洲市仁江町の被災現場は、完全に土砂災害警戒区域の範囲内だったことになります。

住家がないところは土砂災害警戒区域にはならない

 ただここで注意しなければならないのが、「地形的に土砂移動現象が起こりうる場所であっても、そこに住家がなければ、土砂災害警戒区域には指定されない」ということです。上の図で「斜面崩壊・堆積分布データ」で赤く示されているところ(土砂移動現象が発生したとみられるところ)で、土砂災害警戒区域となっていないところが、図の左側などにかなり目立ちます。これは「土砂災害警戒区域として見落とされていた」ということではないと考えられます。
 これらの場所は、地形的に見れば土砂災害警戒区域(急傾斜地の崩壊)には指定されて全くおかしくないところと読み取れます。しかし、地形図で見るとこの付近に住家はなさそうですので、「住家がないから土砂災害警戒区域には指定されないところ」、いうなれば「対象外」の場所と考えられます。「これまでの知見では土砂移動現象が起こるとは考えられなかった」ようなところではありません。

輪島市町野町付近 国土交通省「重ねるハザードマップ」上に土砂災害警戒区域と、今回の地震による「斜面崩壊・堆積分布データ」(国土地理院公開)を重ね合わせて表示

 上の図は、輪島市町野町付近で土砂災害警戒区域と「斜面崩壊・堆積分布データ」を重ね合わせた図です(単なる例です)。「斜面崩壊・堆積分布データ」で赤く表示されているけど、土砂災害警戒区域でないところがかなり見られると思います。しかし、地形図を見てわかるようにこれらの多くは住家のないところであり、制度的に土砂災害警戒区域にならないと考えられる場所です。このような図を見て、「土砂災害ハザードマップでノーマークの場所で多数の土砂災害が発生した」といった批判が出てくるかもしれませんが、それは的外れだと思います。

穴水町由比ヶ丘の土砂災害発生箇所は微妙な場所

 無論、土砂災害ハザードマップ(土砂災害警戒区域)は完璧な情報だなどと言うつもりはありません。下図の中心(+記号)付近は死者14人程度が生じたとみられる穴水町由比ヶ丘付近の土砂災害警戒区域と「斜面崩壊・堆積分布データ」を重ね合わせた図です。被災箇所は土砂災害警戒区域(土石流)の範囲内ではあるのですが、この場所の西側(図左側)の小渓流からの土石流の可能性から指定されているもので、実際に発生したのは東側(図右側)のやや緩やかな斜面の斜面崩壊とみられます。土砂災害警戒区域が実際に起こった現象を必ずしも的確に予告していたとは言えないかもしれません。

穴水町由比ヶ丘付近 国土交通省「重ねるハザードマップ」上に土砂災害警戒区域と、今回の地震による「斜面崩壊・堆積分布データ」(国土地理院公開)を重ね合わせて表示

 穴水町由比ヶ浜の被害については、1月6日のNHK報道を挙げておきます。この後の捜索により、この現場では1月8日時点では死者が少なくとも14人と報じられています。

「地震だから土砂災害警戒区域外で被害が出た」訳ではない

 おそらく精査していけば、「土砂災害警戒区域ではなかったが、今回の地震により土砂移動現象が生じ、住家に被害が出た」というケースは出てくると思います。しかし、そうしたことはこれまでの大雨、地震起因の土砂災害でも、多数ではありませんが見られてきたことです。
 たとえば、土砂災害警戒区域(急傾斜地の崩壊)に指定される斜面勾配の条件は、勾配30度以上です。しかし、1972~2018年の間の調査*によれば、記録された斜面勾配のうち勾配30度未満で生じたケースが2.6%あるとのことです。土砂災害警戒区域の条件を満たさない斜面であれば土砂災害が起きないわけではないことがわかります。
 * 国土技術政策研究所:がけ崩れ災害の実態、国総研資料、2020

ハザードマップは「厳格に信じ込むもの」ではないし「信用ならない欠陥品」でもない

 現在の土砂災害ハザードマップは、地震による土砂災害を直接考慮して作成されてはいません。だからといって、地震においては大雨とは根本的に異なる場所や規模で土砂災害が起こると明確に言えるわけでもありません。山の形が変わってしまうような超巨大土砂移動現象が時として起こることがありますが(そもそもそういう現象は現在の土砂災害ハザードマップの対象外ですが)、そうした大規模な事例も、地震起因の場合もありますし、大雨起因のこともあります。
 ハザードマップは何でもそうですが、「厳格に信じ込む」事は適当ではありません。だからといって「信用ならない欠陥品」のように見なすことも適当だとは思えません。重要な情報源の1つとして活用していくことが重要ではないでしょうか。


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