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土砂災害警戒区域 住家ない場所注意必要

(2022年6月8日付静岡新聞への寄稿記事)

 がけ崩れ、土石流などにより、住民などの生命・身体に危害が生ずるおそれのある場所は、都道府県により「土砂災害警戒区域」に指定される。土砂災害警戒区域は2001年施行の土砂災害防止法で制度化されたが、それ以前からある「土石流危険渓流」「急傾斜地崩壊危険箇所」など、「土砂災害危険箇所」と総称される仕組みも存在する。土砂災害警戒区域や土砂災害危険箇所は、国土交通省「重ねるハザードマップ」で表示できるほか、各市町村作成のハザードマップにも示されることが一般的である。

 筆者の調査結果では1999~2020年に土砂災害で亡くなったり行方不明となった方539人のうち458人(85%)は土砂災害危険箇所の範囲内またはすぐ近傍で遭難している。すなわち土砂災害の犠牲者は、いわゆる「ハザードマップで色が塗られている場所」付近での発生が大多数であり、ハザードマップは重要な情報源と言ってよい。

 ただし、土砂災害警戒区域などは住家など「人がいる建物が存在する場所」が基本的な指定対象であることに注意が必要である。つまり、地形的に土砂災害が起こりうる場所でも、人がいる建物がなければ土砂災害警戒区域などにはならない。典型例は山間部の道路で、急斜面沿いや土石流の危険性がある渓流付近を通る道でも、付近に住家などがなければ「ハザードマップで色が塗られている場所」にはならない。このような場所を「ハザードマップで色が塗られていないから安全が保証された道だ」などと解釈するのは全くの間違いである。

 昨年8月13日の大雨の際、広島県安芸高田市で道路を通行中の車が土砂災害に見舞われ運転していた男性が亡くなる痛ましい出来事があった。被災現場付近は土砂災害警戒区域などではなかった。地形的には土砂災害警戒区域などに指定されてもおかしくないように思われたが、最寄りの住家から500メートル以上離れた位置で、住家などがないために対象とならなかった可能性が考えられた。先日現地も見たが、よくある山間部の道路であり何か特殊な場所とは思えなかった。

 こうした場所をあらかじめ把握しておくことはなかなか難しいと思われる。大雨の際には車、徒歩にかかわらず、屋外での移動は最小限にするといった対応をとることが重要だろう。

【note版追記】

 最近いろいろな所で話している、土砂災害のハザードマップは基本的に有益だが危険性を見落としやすいポイントがある、という話題です。

 まず、「土砂災害で亡くなったり行方不明となった方の多くは土砂災害危険箇所の範囲内またはすぐ近傍で遭難している」という話についてもいろいろな所で書いていますが、例えば下記などがまとまっています。

 今回の記事中で挙げている、2021年8月13日の大雨で通行中の車が土砂災害に見舞われ1人が亡くなった場所の付近を重ねるハザードマップで見ると次のような感じです。

国土交通省「重ねるハザードマップ」より

 図中中央の+印付近が被災場所です。この地点の西側の斜面が崩壊し、地形図上で地点西側に読み取れる小渓流を土砂が流下し、道路を越えて谷底まで到達した模様です。なお左側の空中写真は災害以前のものですから崩壊は映っていません。崩壊発生後の空中写真としては、朝日航洋が公開しているものがよく分かります。こちらのNo.0098とNo.0101が該当箇所になります。

 ハザードマップ上でこの場所は土砂災害警戒区域や土砂災害危険箇所とは表示されていません。土砂災害警戒区域等になる判定は個々の地域によっても異なり細部を筆者は承知していませんが、地形図から読み取った一般論としては、この小渓流は急傾斜や土石流の土砂災害警戒区域となった可能性はあるように思えました。また、この道路のこの地点前後の区間にも土砂災害警戒区域となった可能性がある場所は点在しているように思えました。この付近が全く土砂災害警戒区域等になっていないのは、地形図や空中写真から読み取れるように、住家が存在していなかったための可能性があると思います。

被災箇所付近を谷の下流側から見る
被災箇所付近から見た崩壊の跡

 2022年5月に現地をはじめて踏査しました。昨年の発災直後から現地を確認したかったのですが、コロナの感染状況を踏まえてずっと調査を自粛しており、今回ようやく機会を得たものです。この道路は林道なのですが、高規格な林道で前後の区間を含め2車線の幅の車道に、幅2m程度と思われる歩道(写真左側)が併設されていました。ただ、山道ですからカーブは多く、道路両側には樹木が生育しており、前方の見通しは必ずしもよいとは言えないと感じました。いずれにせよ、いわゆる山道としてはありふれた道路で、何か特殊な場所という感じはしませんでした。こういったところは全国にいくらでもありそうです。

 地形的に土砂災害の危険性がある場所は、住家の有無にかかわらず警戒区域にすればよい、という考え方もあるかと思います。しかし、そうすると警戒区域の箇所数は現在とは比較にならないおびただしい数になると思います。土砂災害警戒区域については、これまでに確認されている箇所すべてについて、その基礎調査が完了したこと(区域指定には至っていないところがあるという意味)が2020年5月に国土交通省から発表されています。

 土砂災害防止法が施行され土砂災害警戒区域という仕組みができたのが2001年ですから、区域指定完了のめどが立つまでに約20年を要したことになります。「住家の有無にかかわらず」とした場合、対象となる箇所数はこれまでの何倍という単位でしょうから、様々な技術や制度が進歩したとは言え、すぐになんとかなるというものではないように思います。当然膨大なコストもかかると予想され、それに見合う作業なのか、という論点もありそうです。

 さしあたっての「対策」としては、「風雨が激しいときは、車・徒歩にかかわらず、屋外での移動をなるべく避ける」というあたりが現実的ではないでしょうか。風水害犠牲者の約半数は屋外で発生していることも繰り返し述べています。そうした犠牲者数を軽減する意味でも、有効な対策のように思います。


記事を読んでいただきありがとうございます。サポートいただけた際には、災害に関わる調査研究の費用に充てたいと思います。