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「イベントのある週末」を持続可能にするには――御礼と補足にかえて

※この記事ではわかりやすさを優先して、頒布を「売る」と表現しています。

先週投稿した記事を読んでくださり、本当にありがとうございます。

読者数・範囲ともに想像以上の反響をいただき、驚くとともに光栄に思っております。
あの記事は事前のアンケートや意見をお寄せいただいた皆様のおかげで形になったもので、ご協力いただいた方への感謝の意に堪えません。
また、同人業界以外の方からもたくさんのご意見や知見をお寄せいただき、こちらも大変勉強になりました。
改めて、これら全ての方に厚く御礼申し上げます。

一方で、こちらの書き方が至らず誤解を招いてしまった節がありました。
また、皆様の記事への感想などを読ませていただいた中で、今後の同人業界のためにもさらにしっかり考えていかねばと思ったものがありました。

今回は、この二つの点について所見を述べることで、記事の補足とさせていただければと思います。

1 大切なのは「イベントのない今を乗り切る方法」を見つけること

まずは、先の記事に大事な点を書きそびれていたことをお詫びします。
分析・考察の記事でありながら、「対象」と「目的」に関する記述が不足しておりました。
そのため、少なからずの人から以下のようなご意見がありました。

「自分は、今も昔もしっかり通販で買っている」
「むしろ、イベントに行けないから通販で買うしかない」
「自分たちは納得して買っているものを、価値が半減と表現されるのは不愉快だ」

また、あの記事が「同人誌はイベントで買うべきもので、通販で買うものではない」と断ずるような文脈で使われているのも見かけました。
正直な話、これはあの記事の趣旨とは全く異なるもので、筆者として非常に戸惑っております。

改めて「何故コロナ禍でも同人誌は通販で売れないのか」という記事ですが、これは

・イベントが開催されず通販でしか同人誌を売ることができない今を乗り切るために
・イベントでは同人誌を買っていたのに、通販では買わない人たちに対して
・「何故買わないのか」を聞き出すことによって、現状の打開策を探る

こういった趣旨のための分析と考察でした。

それゆえ、「イベント以外で買う同人誌は、価値は半減・価格は倍増」と思っていたのは「今でも通販であまり同人誌を買わない人」に限られます。(少なくとも、例の記事においては)
あの記事は、「本当に同人誌が欲しいなら、イベントで買えなくなった分通販で買ってくれるだろう」という仮説に対し、「欲しかったのはイベント参加の想い出と記念品であって同人誌そのものではない」という人が想像以上に多かった、その事実が可視化されたというだけなのです。
要は、これはサークル側の「選択と集中」の問題です。
今は、「イベントで同人誌を買うこと」だけを求めている人よりも「イベントがなくても同人誌が欲しい」と思ってくれる人に対してアプローチを強化しよう、という話でした。

※事情を知らない方のために少し説明をすると、今同人業界は「イベントできない→同人誌売れない→(資金やモチベ維持が難しくて)作らなくなる→インフラのひとつである同人誌印刷業界が立ちいかなくなって、コロナ禍が過ぎ去った時には物理的に同人誌が作れなくなっているかもしれない」という危機にあります。
そこでまず「同人誌売れない」問題を解決して、負のスパイラルを断ち切ろう……というのが、くだんの記事のテーマでした。

ですから、あの記事は「同人誌を通販で買うこと」自体を否定するものではありません。
むしろ、このコロナ禍における同人誌通販の重要性と困難を自覚して、より一層サークルも買い手も協力してきませんか――そう呼びかけたかったのです。

さて、ここで改めて以下の疑問を持たれる方がいらっしゃると思います。

「そもそも、同人誌って売らなきゃいけないもの?」

これは非常に大きく複雑な問題で、おそらく業界としても正解は未だ出ていないと見受けられます。
だからといってここで思考停止してしまえば、同人業界存続の危機は増すばかりでしょう。
そこで僭越ながら一同人ファンとして、私の方でもこの点について所感をまとめさせていただきました。

2  「買ってもらう」ことの意義

誤解されやすいのですが、同人活動において「自作品を有料で売る」という行為は、儲けを目的としたものではありません

実は、同人活動において作品を売ることを、正しくは「頒布」と表現します。
有料無料に関わらず「熱い想いをこめて一生懸命作った作品を、一人でも多くのその情熱に共感した仲間に渡して見てもらう」ことが、今も昔も同人活動の目的であり理念だからです。ですから、同人誌を有料で売る際もこの理念の範疇内であることが大原則となります。

ここから先は、一同人サークルとして私がなぜ自分の同人誌を有料にしているのかを説明します。

私の場合、理由は大きく3つです。

・同人誌を無理なく出し続けるため(活動資金調達)
・一際気合を入れて書いた作品を、本当にその作品を読みたいと思ってくれた方に届けるため(読者層の絞込)
・自作品をお金を出して買っていただくことで、自信をつけるため(やる気の維持)

このうち「活動資金調達」と「読者層の絞込」について、もう少し補足させてください。

2-1 先立つものがないと、本は出せない

現実問題、同人活動はお金がかかります。

印刷費に始まって、イベント参加費や交通費。通販をするにしても、自分でやれば梱包材費や送料が必要で、委託すれば手数料がかかります。

ほとんどのサークルは借金もせず一生懸命貯めたお金でこれらの費用を賄っています。
しかし、これが一回だけならともかく長く続けていこうと思うと、小遣いを貯めるだけでは厳しいものがあります。
当然資金が貯まるまでは本が出せませんから、新刊を出せるのは半年か一年に一回ということは普通にあり得ます。あるいは、本来500人が欲しいと思っていた本があったとしても、サークル側に500冊刷るだけのお金がなくて50冊しか用意できなかった...ということもあるのです。

しかし、自作品を有料で買ってもらえれば、この活動資金の調達が劇的に楽になります。
一番作品作りの情熱が燃えあがっているのに、お金がないから本が出せない、という事態を減らすことができるのです。

さらにもう一つの理由「自作品に「お金を出してでも欲しい」という評価をもらって自信をつける」ともあわさって、「同人誌を買ってもらう」ということは、同人サークルにとって非常にありがたい支援となるのです。

2-2 本当に読んでくれる人にだけ届けたい

同人誌にかぎらず「モノに値段をつけて売る」ことには収益以外のメリットがいくつかあります。
そのうちの一つが「本当にそれが欲しい人にだけ届ける」効果です。

基本的に、人は必要のないもの・欲しくもないものにお金は払いません(まぁ、例外は多々ありますが…)
しかし、これが無料だと「欲しくないけどタダだから」という理由で手に取る人がいるのです。

ここで先の同人活動の理念の話を思い出してください。
同人誌というのは、あくまで「同じものが好き、同じ情熱を共有できる人」に読んでもらうためのものです。その人たちの手に渡る前に、情熱も興味もない人に持っていかれてしまっては困ります

そこで、同人誌を有料にすることが役立ちます。
タダにしないことで興味のない人の手に渡ることを防ぎ、「本当に読みたいと思ってくれている人」に届けやすくなるのです。

*     *     *

さて、ここでまた疑問が浮かんできたことと思います。

「そこまでお金かけて本を作る必要がある?」
「作品を見てもらうだけなら、オンライン公開で十分では?」

つまり、何故「同人誌という【本】の形態にこだわるのか」という問題です。

3 何故、あえて「本」にこだわるのか

日本で今のような同人誌が作られるようになったのは、1970年代。このころは、まだネットどころかパソコンも普及していませんでした。
同人サークルが自分たちの作品を読んでもらうには、手書きの原稿を本にして売るしか手段がないといっても過言ではなかったのです。


けれども、2020年の今は違います。
作品を作るのも公開するのも、全てデジタル・オンライン上で可能となりました


例えば、最大手の創作オンラインコミュニティ「Pixiv」の現在の会員数は5000万人以上。あのコミケの参加者数ですら遥かに凌駕します。
単純に「一人でも多くの仲間に自分の作品を見てもらう」だけであれば、むしろオンラインでの公開の方が効率的なのです。
それでもなぜ、コミケだけで3万以上のサークルが同人誌を作るのでしょうか。

そこには、「本作り」という体験に魅せられたサークル側と「データではなく本で読みたい」とこだわる読者側のニーズがあると考えています。

3-1 サークルが「本」にこだわる理由

同人サークルが「本」という形態にかける想いは千差万別ですが、中でも私の周りで支持されているものを一つ例に挙げます。

同人誌制作の醍醐味のひとつに「装丁」があります。
各印刷所さんの技術努力のおかげで、今や商業誌でも見かけないようなユニークなデザインの本を個人で作れるのです。
特殊紙の繊細な質感、箔押しの煌めき……最近は香りの演出までできるようになりました。
デジタルではせいぜい「見る」「聞く」ことしかできませんが、リアルの「本」なら五感全部を使って楽しんでもらえる表現だって可能になります。

先日、手作業による大変凝った装丁の同人誌を見かけました。
作中のキャラクターのイメージに合わせて随所に煌びやかな箔押しやメタリックな小口染めが施されている、ため息がでるほど美しい本です。
ジャンルを知らない私でも「その本を読みながらテーマとなった曲を聴いてみたいな……」と思えるほどでした。

このような体験は、サークルにとっても読者にとってもデジタルではとても再現できない。リアルの「本」でしか味わえないことです。

もちろん、特殊装丁にこだわらなくても、モニター越しのデータが手に取れる形になっただけで感慨深くなる作者は多いでしょう。

私たちは、このように「本」という形でしかできないことを楽しみたいのです。

3-2 読者が「本」にこだわる理由

一方で、読者にとって同人作品が本であることのメリットは何でしょうか?

もっとも言及されるのは、本の形で所有すれば「作品をいつでも好きな時に読める」からです。
昨年春のYahooジオシティーズの閉鎖騒動を覚えていらっしゃるでしょうか。
それよりも、ブクマしていた作品が突然非公開になった苦い思い出を持っている人の方が多いかもしれません。

データでの公開というのは、このように作者や媒体の都合で突然読めなくなるというリスクが常にあります。
例えPDFなどで自身のパソコンなどにDLしていたとしても、データというのはアナログに比べて壊れやすく失われやすいという欠点があります。
一方で、紙の本は持ち主が手放さないかぎりはそのリスクとは無縁です。
これが、私たちが電子書籍ではなく本を買い求める理由の一つなのです。

3-3 オンラインとリアルは両方あってこそ

実際のところ、多くの同人サークルはオンラインでの作品公開とリアルな同人誌販売をうまく使い分けられていると思います。

どちらに重点を置くかはジャンルや個人の事情によりますが、「まずはオンラインの公開で作風を知ってもらい、ファンになってもらったところでイベントや通販で一際気合い入れた作品を買ってもらう」といった流れが主ではないでしょうか。

これは同人誌のみならず商業誌でも行われていることで、種類やプロ・アマの区別なく今後のコンテンツ展開の主流になっていくのでしょう。
また、同人イベントのついで買いのようにリアルでの出会いがオンライン上にあるコンテンツの発掘や発見につながることもわかってきました。

同人のみならず、オンラインとリアル各々の特性をよく理解して活用することが、これからのコンテンツ文化の発展と維持に必要不可欠になってくるのだと思います。

4 「イベントのある週末」を持続可能にするには

半年ほど前まで「イベントのある週末」は当たり前でした。
個人的に参加できる/できないはあったとしても、毎週どこかで何かしらの同人イベントは開催されていたのです。
少なくとも毎月1回はオールジャンルの同人イベントがありました。
それが、コロナ禍で一変してしまったのです。
「イベントのある週末」は、非常に縁遠いものになってしまいました。

――けれども、実は同人イベントの開催危機はコロナ禍の前からあったのです。

例えば、オリンピックなど公共の大型イベントによって会場が借りられなくなってしまうリスク
例えば、台風などの自然災害によって中止せざるをえなくなるリスク

先日Twitterで知ったのですが、コミケの前代表である米澤嘉博氏は、生前「同人文化が大型即売会に依存しすぎる」ことを危ぶまれていたそうです。

氏の趣旨とは異なるかもしれませんが、同人イベントが肥大化・一極集中化し東京ビッグサイトのような超大型施設でないと開催できなくなったことは、今回の事態を招いた原因のひとつと言えるのではないでしょうか。

「イベントのある週末」を取り戻し持続可能とするために、私たちに必要なのは多種多様な選択肢だと思うのです。

イベントに参加できないから、通販に切り替える。
大人数で一度に集まれないのなら、まずは少人数の集まりをたくさん行うことで乗りきってみる。
屋内が駄目なら、屋外開催という挑戦があったっていい。
本を買う気もお金もなくたって、またイベントに行きたいと思うならサークルやイベントの宣伝に協力するだけでも、それが次の原動力に繋がるのです。

もちろん、リソースが限られる中で無茶はできません。
けれども、ありとあらゆる代替案を考えることからはじめないと、このまま衰退していくだけだと思うのです。

先の記事そして今回の記事が、同人文化を愛するみんなで代替案を考えるきっかけの一つになれば幸いです。

最後に、おそらく同人イベントとしては初の試みとなる「コミティア」のクラウドファンディングをご紹介します。
(ちなみに私は関係者では全くなく、ただの一般参加経験者です)

「コミティア継続に向けたクラウドファンディングの実施について」

コミティアは大変歴史あるオリジナル作品専門の同人イベントです。
上記のページには、イベントを取り巻く現状と何故開催を断念したか・何故今の資金調達が必要かが詳しく述べられています。