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新種のティラノサウルス“ムクラエエンシス”

 2022年、グレゴリー・ポールらによって、ティラノサウルス属に新種T. インペラトル、T. レギナの2種を新たに記載するという研究Paul et al. (2022)が学術誌Evolutionary Biologyに発表されました。しかしながら同年には、かの有名なトーマス・カー博士らが同じ学術誌上で反論Carr et al. (2022)を発表するなど、懐疑的な研究とされています。
 今年2024年、またしてもティラノサウルス属の新種が記載されました。ポールらの研究とは無関係で、その名もティラノサウルス ・ムクラエエンシスTyrannosaurus mcraeensis、種小名のムクラエ(mcrae)は化石が産出したマクレー層群を意味し、そちらを重視して「マクラエエンシス」もしくは「マクレーエンシス」、「マクレイエンシス」とも表記出来ます。ホロタイプ標本は発見当初T. レックスと同定されていたものですが、生息年代はT. レックスより600~700万年古い時代と推測されており、2022年のグレゴリー・ポールらの研究と比べ現状信憑性の高い新種となっています。また、系統解析ではT. レックスの姉妹群に位置するようです。
 それでは早速、T. ムクラエエンシスの基本的な情報から見て行きましょう。

基本情報


◼︎学名
ティラノサウルス ・ムクラエエンシス
Tyrannosaurus mcraeensis Dalman et al., 2024
◼︎分類
獣脚亜目Theropoda
▶︎コエルロサウルス類Coelurosauria
▶︎ティラノサウルス科Tyrannosauridae
▶︎ティラノサウルス亜科Tyrannosaurinae
▶︎ティラノサウルス族Tyrannosaurini
▶︎ティラノサウルス属Tyrannosaurus
(Dalman et al., 2024)
◼︎産出地
アメリカ合衆国・ニューメキシコ州
マクレー層群(McRae Group)・ホールレイク(ホール湖)層(Hall Lake Formation)
(Dalman et al., 2024)
◼︎生息年代
白亜紀後期カンパニアン期最末期〜マーストリヒチアン期前期
(Dalman et al., 2024)
◼︎ホロタイプ標本
NMMNH P-3698
(Dalman et al., 2024)

学名の語源

 種小名のマクラエ(mcrae)は化石が産出したマクレー層群を意味し、ラテン語で場所を示すエンシス(ensis)で、「マクレー層群のもの」を意味します。

標本の産出部位と骨学的特徴

 ホロタイプ標本のNMMNH P-3698は大きく部分的な頭蓋骨と下顎の要素を含み、頭蓋骨の要素としては右後眼窩骨(postorbital)、鱗状骨(squamosal)、左口蓋骨(palatine)、および断片的な上顎骨(maxilla)、下顎の要素としては左歯骨(dentary)、右板状骨(splenial)、前関節骨(prearticular)、角骨(angular)、関節骨(articular)が産出しています。また、単離した歯化石と関連する血道弓(chevron)が得られているようです。また、本種の固有派生形質(autapomorphies)は以下の通りです。

・後眼窩骨の角突起(cornual process)は低く、後方に配置される
・後眼窩骨の前前頭骨/前頭骨関節面※(prefrontal/frontal articular surface)が前方に突出する
・鱗状骨の方形頬骨突起※(quadratojugal process)が腹側に突出する
・鱗状骨の内側縁※(medial margin)が凹む
・鱗状骨の腹側含気窩※(ventral pneumatic fossa)前縁が強いリッジに囲まれる
・歯骨の後腹側縁※(posteroventral margin)は非常に浅く凸状(上向き?)
・板状骨の尖※(apex)が前方に位置する
・板状骨に歯骨が棚状に重なる
・板状骨の角骨突起※(angular process)は深く、後方に配置される
・前関節骨は弱く曲がる
・前関節骨腹側-角骨接触※(ventral prearticular-angular contact)は小さい
・関節骨は背側、腹側から見てT字型
・関節後突起(retroarticular process)は後部から見て深く、四角形
※拙訳(参考: 獣医解剖学用語 Nomina Anatomica Veterinaria 第6版(PDF版) https://www.jpn-ava.com/wp_new/wp-content/themes/ava_public_wp/data/glossary/navj_6th_ed.pdfなど)

 このうち、ティラノサウルス ・レックスTyrannosaurus rexとは異なる点として両者を比較する形で図示された9つの骨学的形質があります。1つ目は、後眼窩骨の角突起の前後配置と高さ、2つ目は、後眼窩骨の前前頭骨/前頭骨関節面が腹側に突出する点です。T. レックスでは下がった形態であることが図から見て取れます。

Dalman et al. (2024)より改変。
CC BY 4.0(https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)

 3つ目は、鱗状骨の方形頬骨突起(quadratojugal process)が腹側に突出する点です。ティラノサウルス ・レックスでは真っ直ぐであることが図から容易に見て取れます。

Dalman et al. (2024)より改変。
CC BY 4.0(https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)

 4つ目は、歯骨の後端が上向きな点です。珍しい形態とのことで、かつ復元画にも大きく影響する部分と言えるでしょう。また、タルボサウルスやズケンティラヌスではこれに近い形態を有するようです。

Dalman et al. (2024)より改変。
CC BY 4.0(https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)

 5つ目は前関節骨が弱く曲がる点です。

Dalman et al. (2024)より改変。
CC BY 4.0(https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)

 6つ目は板状骨の尖(apex)が前方に位置する点、7つ目は板状骨の角骨突起(angular process)が深く、後方に位置する点、8つ目は板状骨に歯骨が棚状に覆い被さることが可能な溝が見られる点です

Dalman et al. (2024)より改変。
CC BY 4.0(https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)

 9つ目は角骨の板状骨面(splenial facet)が小さい点です。

Dalman et al. (2024)より改変。
CC BY 4.0(https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)

ホールレイク層の年代と動物相


 マーストリヒチアン期後期の恐竜であるT. レックスやトロサウルスTorosaurusが産出していたこともあり、ホールレイク層は長らく白亜紀後期マーストリヒチアン期後期の地層として扱われてきました。しかしながら、ホールレイク層産T. レックスはこの研究でT. ムクラエエンシスとなり、ホールレイク層産トロサウルスは現在、別属であるシエラケラトプスSierraceratopsとして記載されるなど、ホールレイク層をマーストリヒチアン期後期とする解釈は誤同定に基づいていたことが明らかになっています。また、T. ムクラエエンシスの生息年代は放射年代測定によると白亜紀後期カンパニアン期最末期またはマーストリヒチアン期前期である7270万年前〜7090万年前(即ちT. レックス生息年代の600~700万年前)と考えられるようです。
 ホールレイク層産の動物相にはT. ムクラエエンシスの他にカスモサウルス類のシエラケラトプスSierraceratops、アラモサウルスの可能性があるティタノサウルス類(cf. Alamosaurus)、大型のハドロサウルス類が含まれます。しかし、アラモサウルスの可能性があるティタノサウルス類化石の産出地点は、T. ムクラエエンシスの産出地点より108m上部のため、この恐竜のT. ムクラエエンシスとの共存については慎重に考えるべきかもしれません。

T. ムクラエエンシスと紐解くティラノサウルスの進化


 アメリカ合衆国南西部は当時、ララミディア大陸の南部を形成していました。アメリカ合衆国南西部からは、本種以外にもユタ州のノースホーン層(North Horn Formation)、そして、テキサス州のジャヴェリナ層(Javelina Formation)からティラノサウルスと思しき化石が産出しており、これらの化石記録はティラノサウルス族がララミディア大陸南部で誕生した可能性を示唆するだけでなく、のちに一部系統がアジアに放散(→タルボサウルスTarbosaurusやズケンティラヌスZhuchengtyrannusが進化)、ララミディア大陸南部に残った系統はティラノサウルス属に進化し、マーストリヒチアン期後期にララミディア北部に放散(→アルバートサウルス亜科{Albertosaurinae}のニッチに取って代わる)というような進化のシナリオを支持する重要な化石記録となるようです。また、中でもT. ムクラエエンシスの記録は、ララミディア大陸南部のティラノサウルス族が白亜紀後期カンパニアン期最末期の時点で大型化を達成していたこと示唆するものになります。また、カスモサウルス亜科(Chasmosaurinae)でも同様に、大型のトリケラトプス族(Triceratopsini)がララミディア大陸南部で誕生し、マーストリヒチアン期に北部に進出するという進化を遂げたとされており、ここにもティラノサウルス族との共進化が伺えるかもしれません。

参考文献

・Carr, T. D., Napoli, J. G., Brusatte, S. L., Holtz, T. R., Hone, D. W., Williamson, T. E., & Zanno, L. E. (2022). Insufficient Evidence for Multiple Species of Tyrannosaurus in the Latest Cretaceous of North America: A Comment on “The Tyrant Lizard King, Queen and Emperor: Multiple Lines of Morphological and Stratigraphic Evidence Support Subtle Evolution and Probable Speciation Within the North American Genus Tyrannosaurus”. Evolutionary Biology, 49(3), 327-341.
・Dalman, S.G., Loewen, M.A., Pyron, R.A., Jasinski, S.E., Malinzak, D.E., Lucas, S.G., Fiorillo, A.R., Currie, P.J., & Longrich, N.R. (2024). A giant tyrannosaur from the Campanian–Maastrichtian of southern North America and the evolution of tyrannosaurid gigantism. Scientific Reports, 13, 22124.
・Paul, G. S., Persons, W. S., & Van Raalte, J. (2022). The tyrant lizard king, queen and emperor: Multiple lines of morphological and stratigraphic evidence support subtle evolution and probable speciation within the North American genus Tyrannosaurus. Evolutionary Biology, 49(2), 156-179.
・伊藤恵夫. (1994). Allosaurusの骨学. 恐竜学最前線, 8, 104-113.
・日本獣医解剖学会/獣医解剖分科会(編) (2022). 獣医解剖学用語 Nomina Anatomica Veterinaria 第6版(PDF版). https://www.jpn-ava.com/wp_new/wp-content/themes/ava_public_wp/data/glossary/navj_6th_ed.pdf
・鈴木大輔・林昭次. (2008). ワニの筋学 -古脊椎動物学者に必要な解剖-I. 上顎, 下顎. 化石, 84, 96-108.

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