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十一月に~その名はカフカ番外編

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長編小説『その名はカフカ』の番外編である中編『十一月に』の収納箱です。
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#ピアノ

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 今年の秋はいつにも増して順調に冷え込んできたな、と思いながらヴォイチェフ・スラーンスキーは工房の小さな窓から細かな雪が舞うのを眺めていた。まだ積もるほどの寒さではなく、雪は地に落ちると同時に姿を消した。  十五年前のビロード革命直後にやっと独立して開いた中古ピアノの修理販売店は平屋建てで、建物の前半分が数台のグランドピアノが置いてある接客用の展示室、後ろ半分が展示室と同じくらいの広さの修理工房という造りになっている。四十代も後半にして一人で新たな事業を始める、という事実に躊

十一月に 5

十一月に 4  展示室の中で鳴り響く玄関先のベルの音は、工房まで聞こえる。わざとそれくらい大きな音にしているのだが、この日来客の予定がないヴォイチェフはベルの音を聞いても、片眉を上げて横目で壁の柱時計を確かめただけで、作業する手は休めなかった。もう一度、ベルが鳴った。しかしヴォイチェフは仕事を続けた。時間は午後四時を回ったところで、普段からこの時間帯は一番仕事に集中できることもあり、接客の予定は入れないようにしている。予期せぬ訪問など、相手にする理由はない。しかし一分ほどの

十一月に 6

十一月に 5  十一月も終わりに近づき、朝の冷え込みが更に厳しくなった。この冬は暖冬になると何度か耳にしたが、店の前の車道に陽だまりができるようになる九時くらいまでは正直あまり外には出たくないな、と思いながらヴィート・スラーンスキーはピアノ展示室のデスクから車道に面した大きなガラス窓を通して外を眺めた。展示室には季節に関係なく一年を通して直射日光が入らないよう考えて建物自体が造られている。  父のヴォイチェフが病に倒れた五年前からヴィートは一人でこの中古ピアノの修理販売店を