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古くて新しい変化球 - カーブボール

日本の現代最新型野球に於いて最も有効とされる変化球はスライダー、カッター、スプリットなどでカーブは平成・昭和な古臭いイメージだがメジャーでは近年脚光を浴びている。今回はそんな一時は廃れかけた最古の変化球であるカーブボールについて。

フライボール革命とカーブボール

カーブは今から150年程前にキャンディ・カミングスによって発明されたとされているがさすがに古過ぎて映像は残っていない。アメリカでMLB史上最高のカーブランキングをするとトップは必ずサンディー・コーファックス。コーファックスは野球界の重鎮で現在もドジャースのスペシャルアドバイザーをしています。日本で言うと昨年逝去された金田正一氏のような存在。コーファックスと金田氏はお二人とも長身左腕からのストレートとカーブで勝負する投球スタイルで投球フォームもそっくりなのがとても興味深い。

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近年メジャーでカーブボールが脚光を浴びているのはフライボール革命と大いに関係している。野球通の方に今更フライボール革命の説明は不要だが至極簡単に言うとゴロを打つよりもフライを打った方がヒットとホームランになる確率が上がるので多くの選手がその理論に従った打ち方をするようになったということだ。打球角度約30度 打球速度158キロ以上で打たれた打球をバレルと定義し、バレルを打つにはスイングはいわゆるアッパースイングになる。

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そしてフライボール革命に投手が対抗するのに増えてきた球種がフォーシームとカーブボールである。フォーシームは最もボールが垂れない球種で特に高めに投げることで有効となり、カーブボールはアッパースイングの軌道より下に大きく落ちることでコンタクトするのが難しくなる。ではなぜカーブなのかというと単純にカーブが最も落差の大きいボールであるからだ。スプリットも当然有効な球種だが、故障を恐れてかメジャーリーグで日本人投手以外でスプリットを投げる投手はごく限られいる。

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過去20年の打者vs投手の変遷

カーブボールについての詳細の前にこの20年のメジャーリーグ全体でのホームラン、三振、打点、打率、長打率、防御率を検証してみよう。

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ホームランは90年代後半のステロイド時代から急激に増加し98年に初めて5000本台に突入するが2002年にステロイド使用が正式に禁止されると徐々に減少していき2010年から2015年までは6年連続で4000本台に減少する。ホームランだけでなく平均打率は2010年を境に250台になり長打率は4割を切り4点台だった防御率は3点台になる。このことから2010年代前半は投高打低の投手の時代だったと言えるであろう。この時代を代表する投手が今も現役で活躍中のカーショー、シャーザー、バーランダーなどだ。

しかし2016年から風向きが変わり打者の盛り返しが始まる。2017年には史上初めて本塁打数が6000本台になり防御率が4.35になる。2018年は少し投手が盛り返すが2019年は2017年以上に本塁打数が伸び防御率が悪化する。ただし注目すべき点は長打率は上昇したが打率は上がらず三振数が増加していることである。このことから最近のメジャーはホームランも多いが三振も多い良く言えば力の勝負、悪く言えば大味な野球スタイルになってきているのがはっきり分かる。

投球内容の変遷

以下が2008年以降の球種別の割合リスト

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4S=4シーム 2S=2シーム SI=シンカー CT=カッター SL=スライダー CH=チェンジアップ
CV=カーブ KC=ナックルカーブ SP=スプリット OT=その他

ツーシームとシンカーは基本的にほぼ同じ球種として(沈む成分が多いのがシンカー)一括りにして考えると、全体としてツーシームが減った分ほかの球種が増えていると言える。これはアッパースイングはツーシームに最も有効なスイングであるためフライボール革命が始まった2015年以降減少傾向にあるためだ。ツーシームが減少したかわりに一番増加しているのはスライダーで特にこの三年は大きく増加している。カッターは2000年初頭は投げる投手が少なかったが2010年以降は5%前後で安定して2019年は6%台になっている。チェンジアップはほぼ10~11%で安定。スプリットは日本の投手を除いてはごく限られた投手しか投げない球種。

問題のカーブだが激増とは言えないまでも確かにこの数年増加傾向にあるようだ。この表にはないが他の資料によると00年代はカーブとナックルカーブを合わせても8%台だったが2010年以降それまで1%未満だったナックルカーブが徐々に増え始め2016年には合わせて11%近くまで増え、2019年はナックルカーブは少し減るが通常のカーブが増加した。カーブの投球割合が増加したのがフライボール革命が始まったのと同時期であることから明確にフライボール革命に対抗策として意識的・戦略的にカーブが多投されるようになったことが分る。

進化系カーブボール

では現在投げられているカーブは以前投げられていたカーブと同じだろうか? 答えから言うと現在メジャーで投げられているカーブは以前のものより垂直方向の変化量が大きくなっているようだ。日本でいうドロップカーブ、アメリカだと12-6(トゥエルブシックス)カーブボールと言われる縦に大きく落ちるカーブだが2017年と2019年に50球以上カーブを投げた86人の投手のカーブの平均落差を調べると3.6cmより落ちているという分析結果が出ている。

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カーブボールにはナックルカーブやスラーブなど幾つか種類があり、ダルビッシュ投手のように複数のカーブを投げ分ける投手も存在する。ナックルカーブは特に新しいものではなくメジャーで一番有名なのは90's - 00'sにオリオールズとヤンキースで活躍したムッシーナ投手であろう。最近では2018年のワールドシリーズ制覇に大きく貢献したレッドソックスのクローザーのキンブレル投手や理論派で有名なトレバー・バウアー投手もナックルカーブの使い手。一般的にナックルカーブは通常のカーブよりも球速が速くなる

ではどうやってカーブボールは進化したのか。この記事によるとテクノロジーの進化により球速、回転数、回転軸などを詳細に数値化して科学的に分析出来るようになったことにより望んでいる変化を得られる投げ方を習得することが可能になったからだとしている。

テクノロジーの進化によって今迄見えなかったことが可視化し、それにより効率的にピッチデザインが可能になったということであろう。最も有名なのがRapsodoラプソードというトラッキングシステムで日本の球団も取り入れている。

昔から大きな変化量を持つ変化球を投げる投手はいたが、それは特殊な才能を持つ投手だけに限られていた。しかし現在はテクノロジーの発達によって以前より多くの投手がそれを手に入れることが可能になったと言えよう。

トレバー・バウアー投手とドライブライン・ベースボール

この記事にも取り上げられているが最新のテクノロジーを利用してピッチデザインやピッチングメカニクスを向上させることに積極的に取り組んでいる代表選手がトレバー・バウアー投手である。日本通としても有名。彼が通うドライブライン・ベースボールというトレーニング施設に日本のプロ野球の選手が行ったり、そこのスタッフが日本に来て選手に上半身裸でマーカーを付けてピッチングさせて動作解析をしていた記事を目にされた方も多いのでは。

バウアー投手はツイッターやYouTubeもアクティブに行っていて、とても有益な情報を発信している。YouTubeは彼自身のチャンネルとMomentumというチャンネルを運営しているので是非チェックしてみて下さい。

これはバウアー投手が実際どのようにピッチデザインをしているかの動画。

超高速・高解像度カメラを使用してリリース時の腕、手首、指の動きとボールの回転、回転軸からボールの変化を分析しています。

こちらはドライブラインのピッチデザインのビデオ。球速、回転数、回転軸から変化を解析しています。


上の記事でバウアー投手は2017年のオフに水平方向により曲がるようにスライダーを改良したとあったが、これがその結果を示すグラフ。

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2017年はほとんど水平方向に変化しない縦スラだったのが2018年から横にも大きく曲がるスライダーになり2019年にはさらに変化量が増加していることが分る。この大きな改良を可能にしたのは最新テクノロジーによる精密なピッチデザインでした。

現在メジャーを代表するカーブの使い手

最後に現在メジャーを代表するカーブを投げる投手を紹介する前に比較の為にMLBで活躍する日本人投手のカーブの数値から。

DY 縦 152cm (+5%) 横 29cm (+6.0%) 球速 124km 回転数 2624 空振り率 31.7TM 縦 148cm (0.0%)横 23cm (-19%)  球速 122km 回転数 2391 空振り率  8.7MK 縦 150cm (+3%) 横 28cm (+17%)  球速 124km 回転数 2685 空振り率 27.3KY 縦 162cm (+4%) 横 18cm (-37%)  球速 120km 回転数 2527 空振り率 12.9DY ダルビッシュ投手 TM 田中投手 MK 前田投手 KY 菊池投手

縦方向の変化量に驚かれるかもしれないが、この数値はBaseball Savantで使われている計測方法によるものです。括弧内の数値が球速の近い同じ球種の変化量の平均と比較した際のパーセントになります。ここでは単純に平均と比較してどうか見て頂ければ良いでしょう。詳細を知りたい方はBaseball Savantを参照して下さい。

ダルビッシュ投手は2019年シーズン中盤からナックルカーブを投げるようになったのでこの数字は2種類のカーブのミックスしたものだと思われます。

参考動画:ダルビッシュ投手のナックルカーブ。カラティー二捕手のカーブを土に投げ込め(ワンバンさせろ)サインが痛快

田中投手と前田投手もナックルカーブを投げているという記事を読みましたがBaseball Savantではナックルカーブとして識別されていませんでした。

日本人投手の中で最もカーブを多く投げるのが菊池投手で投球全体の約15%。ダルビッシュ投手と前田投手は約7%で田中投手は約3%。使用する割合は異なるが全ての投手にとってカーブはピッチングを構成する大事な球種と言えるでしょう。

1.トレバー・バウアー

メジャーの一人目は前述のレッズのトレバー・バウアー投手。2017-2019年の3年間常に縦方向の変化量がトップ3。2019年の数値が以下になります。

縦 162cm (+18%) 横 21cm (-16%) 球速 127km 回転数 2549 空振り率 32.1%


縦方向の落ち幅は菊池投手と同じ数値ですがバウアー投手のカーブの方が球速が速いので変化量が大きいとされます。12-6のお手本のような綺麗な落ち方のカーブです。

2.チャーリー・モートン

次はレイズのチャーリー・モートン投手。2019年は35歳にしてキャリア最高の16勝 防御率3.05 奪三振240と素晴らしい活躍でしたが、モートンの投球を支えているのが投球の37%を占めるナックルカーブ。2019年ナックルカーブでの奪三振数136個はメジャートップ。モートン投手のカーブは横に大きく曲がるタイプでバウアー投手のカーブと比較すると横に倍以上曲がります。

縦 140cm (+2%) 横 47cm (+77%) 球速 127km 回転数 2886 空振り率 38.1%



3.ライアン・プレスリー

次はアストロズのライアン・プレスリー投手。2019年横方向への変化量が最も大きいカーブを投げたのがプレスリー投手で回転数は驚異の3305。2019年は39試合連続無失点のメジャー新記録を達成しました。

縦 137cm (+8%) 横 43cm (+148%) 球速 134km 回転数 3305 空振り率 43.2


4.タイラー・グラスノー

次はレイズのタイラー・グラスノー投手。203cmの長身から繰り出される160キロ近い速球が魅力の投手ですが縦に鋭く落ちるカーブも切れ味抜群。グラスノー投手はかなり手が大きく指が長いのでボールを巻くというか包むように握って投げるらしい。

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セイバーメトリクスにxwOBAという打者が打席あたりどれくらい得点の増加に貢献する打撃をするかの期待値を示す指数がありますがグラスノー投手のカーブのxwOBAは.111でカーブでは最も低い数字でした。怪我さえなければ今後大化けする可能性がある伸び盛りの投手。

縦 143cm (+13%) 横 14cm (-13%) 球速 134km 回転数 2907 空振り率 43.9



5.ブレイク・スネル

最後は同じくレイズのブレイク・スネル投手。2018年にサイヤング賞を受賞してます。野球以外ではゲーマーとして有名。スネル投手のカーブは空振り率が物凄く2019年は54.9%。50%以上バットに当たらないって半端じゃないです。ボールの変化量は縦横ともに平均以下ですがこれだけ空振りを奪うということは球の軌道(ピッチトンネル)、キレ、コマンドなどの他の要素が優れているのでしょう。

縦 129cm (-4%) 横 14cm (-6%)  球速 130km 回転数 2464 空振り率 54.9



おわりに

最後まで読んでいただきありがとうございました。まだいつ野球が始まるか分かりませんが、始まったらメジャーの投手が投げる切れ味抜群のカーブにも注目してみて下さい。

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