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大谷翔平投手より球速も回転数も劣るジョッシュ・ヘイダーのほうがなぜ奪三振が多いのかの考察 (2021年追記版)

2019年の暮れに書いてほったらかしにしてた記事を公開します。だらだら長いですが興味ある方は読んでいただけると嬉しいです。

これを書いてる時には2020年に大谷投手が投手復帰して負傷してしまったことは知らない状態で書いています。今回の負傷の件は一ファンとして心を痛めております。記事の内容が少し大谷投手にネガティブな部分がありますがご容赦ください。

大谷翔平投手のストレートはなぜ空振りが取れない?

大谷翔平投手のストレートは160キロ超える速さなのに当てられるって言われていて原因は回転数が良くないからだというのが通説になっていますよね。他にはシュート回転しているからっていうのもあります。果たしてそれは本当なのか調べてみます。

検証1:大谷投手と他のMLB日本人投手を比べてみた

まずは大谷投手とMLBで活躍する他の日本人投手の空振り率、平均球速、回転数を比べてみます。大谷投手は2018年、他の投手は2019年のデータです。

大谷     球速 155.6km  回転数    2164    空振り率 21.1%        
ダルビッシュ 球速 151.4km  回転数    2529    空振り率 29%     
田中     球速 147.3km  回転数    2143    空振り率 17.3%  
前田     球速 148.2km  回転数    2287    空振り率 21.1%        
菊池     球速 148.9km  回転数    2096    空振り率  16%           
平野     球速 146.6km  回転数    2199    空振り率 20.7

確かに大谷投手の回転数は余り高くなく、大谷投手より球速は遅いが回転数の高いダルビッシュ投手の空振り率が最も高くなっています。そして大谷投手とダルビッシュ投手より球速が遅いが回転数はダルビッシュ投手より低く大谷投手より高い前田投手の空振り率は大谷投手と同じです。やはり回転数が影響しているのか?

検証2:MLB163人の投手と比べてみた

それを確かめるために2019年メジャーでプレーした投手163人(右投げ121人と左投げ42人)の空振り率、球速、回転数の相関を調べてみることにしました。投手は2019年に1500球以上投げた投手にプラスして主なクローザーとリリーバーから選びました。

こんな感じで空振り率、球速、回転数をエクセルで集計:

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相関係数の結果がこちら:

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空振り率と回転数の相関は0.37とちょっと微妙な結果でした。球速は0.45と回転数よりも強い相関が出ました。回転数と球速にはあまり相関ないようです。

化け物発見

そしてデータをもう少し個別に検証してみるとコール (球速156.3 回転数2530 空振り率37.6%) やバーランダー (球速152.2 回転数2577 空振り率31.1%) などの球速も回転数も超優秀で空振り率が高いのが納得の選手の中に一人化け物が混ざっていました。ブルワーズのクローザーのジョッシュ・ヘイダー投手です。ヘイダーの球速は153.7キロで回転数は2123と共に大谷投手よりも劣っていますが空振り率は40.9%と大谷投手はおろかコールとバーランダーも上回っています。

ご存知の通りヘイダー投手は左サイドスローのランディー・ジョンソン投手の系譜に連なる選手で全投球の80%以上がストレートで勝負する投手です。メジャーの猛者たちが分っていても打てないストレートを投げるヘイダー投手の回転数はさぞや凄いのだろうと思っていたところ何と平均以下でありました。ではヘイダー投手は実際の球はたいしたことないがあの変則フォームのお陰で三振の山を築いているのでしょうか。もう少し調べてみることにしました。

回転効率とは何ぞや

調べていたところBaseball SavantのLeaderboardsにActive Spinなるものを見つけました。そして以下がその説明。

Active Spinとはボールの変化に寄与するもので、逆にフットボールの回転のような変化に寄与しないものはInactive Spinとする。

要は回転にはボールの変化に寄与するものとしないものがあり、寄与する回転だけの割合を示したものがActive Spinってこと。

これは一般的にはSpin Efficiencyと言われているそう。日本語だと回転効率。ボールの変化量・方向に寄与するのはバックスピン、トップスピン、サイドスピン。寄与しないのは一般にジャイロスピンとして知られるボールの回転軸が進行方向を向いている回転。ふむふむ。

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ド素人の解釈なので間違っているかもしれませんがActive Spinとはボールを真上から見た時の回転軸で進行方向に対して完全に水平だと100%で進行方向に対して真っ直ぐ向いていると0%(ジャイロスピン)となり、その割合が角度を表していると私は理解しています。

ジャイロ成分という言い方がありますが、その場合ジャイロ成分が強いとはActive Spin率が低い、逆にジャイロ成分が弱いとはActive Spin率が高いってこと。

これでボールの回転にはActive SpinとInactive Spinの2つがあり、ボールの変化に関係するのはActive Spinだと理解できました。

検証3:大谷投手とヘイダー投手のActive Spinはいかに?

では大谷投手とヘイダー投手のActive Spin率はどうなっているかというと

大谷投手            81.9%
ヘイダー投手         96.7

かなりの差がありました。これをそれぞれの回転数に当てはめて計算すると大谷投手は2164x81.9=1772、ヘイダー投手は2123x96.7=2053になります。ヘイダー投手は回転数はMLB平均以下ですがActive Spin率は第7位と優秀でActive Spin量(回転数x回転効率)では大谷投手を上回っています。

大谷投手のActive Spin有効回転数1772は前田健太投手と全く同じ(回転数2287xActive Spin率77.5%=1772)で、しかも空振り率も同じく21.1%でした。単なる偶然にしても奇妙な一致です。

ちなみに2019年4シームのActive Spin率第一位はバーランダー投手の98.5%でした。サイヤング賞受賞のバーランダーがトップとは俄然Active Spin回転効率の信憑性が増してきました。

全ての真っ直ぐはシュートしている?

大谷投手とヘイダー投手の詳細の前にそもそも4シームとはどのような球筋なのか調べてみます。

Baseball Savantにはボールが実際にどれくらい動いているかのデータも表示されているのでそれを参考にしました。

結論から言うと日本ではストレートもしくは真っ直ぐと言われるフォーシームですが99%以上の投手のフォーシームはシュートしてるそう。これはリリースの際の腕、手首、指の位置が傾いているのでボールの回転軸が傾くから。まれにボールの回転軸を地面と水平(180°)で投げる投手もいますが、ほとんどの投手は傾いています。

下の表はバーランダー投手の球種別のボールの変化量データです。2019年のバーランダー投手の4シームは10.7インチ縦に動き10.1インチ横に動いています。10インチ25cmってかなりシュートしていますよね。表は拡大すると見やすくなります。

真っスラまたはカット系の速球という表現を聞いたことがあると思いますが、それはシュートの変化量が少ないことを指します。ダルビッシュ投手のストレートはカット系と言われています。

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そして下の図の赤の点がバーランダー投手の4シームの動きをキャッチャー側から示した図。バーランダー投手は右投げなのでボールが横に10インチほどの位置にあることからシュートしていることが分ります。縦は約11インチほど下に位置しています。これは重力の影響です。どれくらい縦と横に動くかはActive Spinの量と球速、回転軸などが影響すると考えられます。

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ここではほぼ全ての4シームは真っ直ぐの軌道ではなくシュートしていることを理解できました。

縦の変化-伸びのある球とは?

よく伸びのあるストレートという形容がされますが全ての速球は重力の影響を受けるので実際には浮き上がることはないです。ですので伸びのある球とは落下の幅が少ない球ということですね。よくある野球の記事では無回転、空気抵抗なしの条件で重力通りに球が落下した地点を原点として、それよりどれくらい動いたかの数字を使うことが多いようです。その場合は球がホップすることになります。この記事でもそれに倣って書き進めます。

よりホップする球を投げるには1.回転数が高く 2.回転軸は水平に近く3.回転効率が高いほうが有利になるはず。最も空振りが取れるのがこのタイプと言われています。

基本的に所謂オーバースローの投手の方が回転軸は水平に近くなるのでホップ成分は多くなるのではと考えられます。

検証4:チャート分析

大谷投手とヘイダー投手に加えてバーランダー、コール、チャップマンの計5人の投手のフォーシームの動きをチャートにしました。大谷投手は2018年、それ以外の投手は2019年のデータを使っています。単位はcmで各バブルの大きさはアクティブスピン量(回転数x回転効率)に比例しています。

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大谷投手の縦の変化量は他の4人に比べて少ないですね。横の変化量はチャップマンに次いで2番目に少ないです。そしてバブルの大きさから大谷投手のアクティブスピンの量が他の投手に比べて少ないのもお分かりになると思います。

このチャートから大谷投手の4シームはホップ成分が強くなく横への動きも少ない比較的素直な球筋だと言えます。

ボールの変化が分かったところで今度は空振り率(Whiff%)を検証してみます。

検証 5:空振り率に最も影響するのは何?

前述した投手のリストに球速、回転数、Active Spin率、有効回転数、空振り率、縦変化量、横変化量、総変化量(縦+横変化量)、縦リリースポイント、横リリースポイント、回転軸、傾斜角の項目でエクセルを使い集計してみました。球速、回転数、Active Spin率、空振り率はBaseball Savantから、リリースポイント、回転軸、変化量はBrooks Baseballからのデータです。

横変化量は右投手だとマイナスの数値になるのでプラスの数値として集計。傾斜角は180度が垂直になり右投手は180度より大きくなるので180を引き、左投手は180度より小さくなるので180から引いた差を使いました。

リストはこんな感じ

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結果

相関係数がこちら

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空振り率と回転数との相関は検証2で見た通り0.37とそれ程高くありません。それに対し有効回転数とは0.50となかなか高く、その次に球速が0.45と高い相関を示しています。

横リリースポイントと回転軸が強い相関があるのはオーバースロー⇒スリークォーター⇒サイドスローの順で腕が下がるに連れてボールの回転軸も下がることを意味しています。そして傾斜角が大きくなるに連れて横変化量が大きくなります。ただし横変化量には有効回転数も大きく影響します。

縦の変化量と一番強い相関があるのは有効回転数です。また傾斜角と縦リリースポイントとも相関があることから高いリリースポイントで傾斜角の少ない真上から投げ下ろすオーバースローで尚且つ高い有効回転数の4シームを投げる投手の球がホップ成分が強くなるのではと考えられます。

大谷投手とヘイダー投手の比較のまとめ

サンプル数が限られたとても初歩的な調査ですが、4シームの空振り率に最も強い相関が見られたのはActive Spin有効回転数でした。それに対しInactive Spinが含まれた回転数にそれ程強い相関は見られませんでした。そして球速にもある程度強い相関が見られます。

先に見たように球速と回転数を比較した場合大谷投手がヘイダー投手を共に上回っていますがヘイダー投手の方が高い回転効率のため有効回転数では勝っています。ヘイダー投手の高い空振り率はどうやらこの高い有効回転数に鍵があるようです。

ただしヘイダー投手の空振り率40%というのは化け物以外の何物でもなく有効回転数だけで説明するのは無理があります。その謎を解き明かそうとした記事がこちらで、ヘイダー投手の武器は低いリリースポイントから投げられているにもかかわらずオーバースローに近い回転軸の球のためにホップ成分が高いことだと考察しています。

同じ左サイドスローのクリス・セール投手と比較するとリリースポイントの高さはヘイダーが161cmでセールが166cmとヘイダーの方が低いにもかかわらずボールの回転軸はヘイダーが146.43度でセールの126.45度より垂直方向(180度)に寄っています。通常サイドスローになり腕が下がるほど回転軸が下がりボールは横方向への変化が大きくなる傾向にあり、実際セール投手の球は横に38cm縦に31cm動いています。しかしヘイダー投手の球は横に24cm縦に43cmと縦方向により動いています。この縦方向の変化量はブレイク・スネル投手の48cmほどではないですが近い数値になっています。このことからこの記事ではヘイダー投手はクリス・セール投手の投げ方でブレイク・スネル投手の球を投げると評しています。

この写真からセール投手の手首は傾いていますがヘイダー投手の手首は立っているのが分かり、それが回転軸に影響しているのかもしれません。

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また映像を見るとかなり大きく一塁側に踏み込んで投げるクロスファイアーなので左バッターだとボールが背中の後ろから来るように見え、右バッターだと遠いところからボールが食い込んでくるように見えるのも打ちづらい要因かもしれません。

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ヘイダー投手の趣味

まったくの余談ですがヘイダー投手の趣味は弓を使った狩猟(ボウハンティング)だそうで趣味が高じてStricken Outdoorsという鹿の角と弓矢をデザインにしたアパレルブランドまで立ち上げています。ハンティングしているとマウンドにいるよりもアドレナリンが上がるそう。

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MLB Networkという人気野球番組ではペドロ・マルティネスがヘイダー投手のロングヘアーが手元を隠しているのでバッターが打ちにくいと冗談か本気か分からない分析をしています。


まとめ

一般に投手の速球の評価を球速と回転数ですることが多いですが通常の回転数にはボールの変化に寄与しないInactive Spinが含まれており、回転効率が重要かもしれないという記事でした。

ただし回転効率、もしくはActive Spin量が高いから必ずしも良いというわけではないようです。例えばダルビッシュ投手の空振り率は29%と高いですが回転効率71.9% Active Spin有効回転数1818と余り高くありません。しかしダルビッシュ投手はあえてジャイロ成分を増やしてカット系ストレート・真っスラを投げている可能性も十分あります。それ以外に空振り率にはコマンド力、他の球種との組み合わせ、フォーム、投球術などが影響すると考えられます。

今回の記事は野球ド素人の私なりの解釈であることをご了承ください。回転効率に関して詳しいことを知りたい方は専門的な記事がたくさんありますので是非探してみてください。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

2021年 追記

2018年10月にトミージョン手術を受けた大谷選手は2020年に復帰登板を果たしましたが右屈曲回内筋群損傷で再度投手としては休養をしいられました。2020年オフシーズンにはドライブラインでトレーニングを行い肘にストレスに掛からない投球フォームと4シームの球質向上に取り組んでいたそうです。そしてご覧になられた方も多いと思いますが4月4日のホワイトソックス戦に先発して4.2回を7奪三振自責点1で投げ終えました。今回の投球で特筆したいのは回転数が2018年平均の2164から約300上がり2449になったことです。これってかなり凄いことで物凄い努力をしたことが想像されます。

肝心の回転効率は80%となっています。2018年が81.9%だったので若干落ちています。それを反映して変化量は縦・横ともに平均以下になっています。

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ただし一球ごとの縦変化量を見てみると2018年にはあまりなかった44-47cmぐらいの球がかなり多くあります。しかし30cm台の球もかなりありバラつきがあるために平均値が低くなっているようです。ただし指にしっかりかかれば以前よりもホップ成分の強い球が投げることが出来るようになっていることは確認出来ました。

とは言え現在メジャー最強投手のひとりであるゲリット・コール投手の4シームは縦に50cm横に30cm程動くので(シュートしながら吹き上がるのでシュートライズ系の4シームと言われます)、それと比較すると大谷選手の4シームは回転数はかなり改善しましたが変化量はまだまだ不足しているようです。

しかし短期間で回転数をしっかり上げてきた大谷選手のことなので今後はバラつきを抑え、またリリース時の腕や手首の位置を変えることで回転効率を上げてくるのではと期待しています。





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