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理性的ではない世界にて

本能、という言葉がありますが、普段生きていてこの「本能」を使うことはどれほどあるでしょうか。

私はこれまで、「深夜誰もいないところで野犬に襲われそうになった」とか「深夜誰もいないところで外国人ドライバーと殴り合いになった」など、一瞬本能的になったことが少しあります。

その時は、本当に次の一手がどうなるかわからないから「とりあえず何も考えていない」状況になるのが多い気がします。

本能というとよくわからないイメージがありますが、一種に「セーフティーネットが見えなくなった世界」のことだと考えます。今の世の中は、まるでテーマパークのように、かくあるべきという文言で言い表せますが、とくに途上国や治安がヤバいところなどは、こういうかくあるべきという文言はありません。なので、次何が起こるのか?というのは、あまり理解できないレベルで展開することになります。

地震が起きたらどうするかは大体わかるでしょう。というのは、あくまでもその揺れが震度5強くらいまでのことです。それ以上の揺れだと、次に家が壊れるかもしれない、自分のいる建物が壊れるかもしれない、など不確定要素が多くなります。それは予測上の範囲内でです。

それが処理出来ていて、次に家の階段がこわれてもあそこから出ればいいとかわかっていればいいですが、それすらも安全ではない時、本能的になりがちです。

とはいえ、この本能的になることは悪いことではありません。ある意味で生きているとも感じます。その状態にあればあるほど、それ以外のいろんな悩みがどうでもよくなるのです。

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