氷河が溶けたら、凍りついていた世界大戦の遺物を発見。

ArtDailyは2021年05月09日に、北イタリアのアルプス山脈で氷河の融解と縮小が進むにつれ、長い間凍結していた第一次世界大戦の遺物が氷の中から現れてきたと報告した。

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その中には、カップ、缶、手紙、武器、そして骨髄が吸い取られた骨などが含まれている。
それらは、北イタリアのスイスに近い海抜1万フィート以上に達するスコルッゾ山(Monte Scoruzzo, Italia)の極寒の山頂から遠くない洞窟の兵舎で発見された。

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この兵舎に駐隊してたオーストリア・ハンガリー帝国の兵士たちは、後に「白兵戦」と呼ばれるイタリア軍との戦いに参加していた。
ドイツとフランスの血なまぐさい塹壕戦で有名な西部戦線から離れたアルプスの地で、兵士たちは厳しい寒さの中、不安定な高さに登り、岩や雪に要塞を築いていた。

https://time-az.com/main/detail/74363

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スコルッゾ山の兵士たちに試練を与えた天候は、結果的に彼らの兵舎を守り、1918年の終戦時に兵士たちが持ち場を放棄した後、入り口を凍らせて閉じた。この構造物は何十年もの間、基本的に侵入することができなかったが、2017年に十分な量の氷と雪が解け、研究者が侵入できるようになった。

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現在、このバラックは発掘され、残された品々が明らかになり、100年以上前にこの狭い空間で生活していた人々の姿を垣間見ることができるようになった。

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ステルビオ国立公園内にあるこのバラック(The barracks, in Stelvio National Park)は、「タイムマシンのようなもの」だと、同公園の遺産プロジェクトをコーディネートしている歴史家で、イタリアのベルガモ大学の教授でもあるステファノ・モロシーニ(Stefano Morosini, a historian who coordinates heritage projects for the park and is a professor at the University of Bergamo in Italy)は言う。

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「私たちは、歴史的な面だけでなく、科学的な面でも興味を持っています。」
「汚染はどうだったのか?」
「兵舎内の疫学的状況はどうだったのか?」
「兵士たちはどのように眠り、どのように苦しんだのか。」
「何を食べていたのか?」

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モロシーニ教授によると、これらの遺物の多くは、来年ボルミオ(Bormio)の町にオープンする予定の博物館で展示される予定だという。また、近くの町テム(Temù)にはすでに白兵戦をテーマにした博物館があり、そこのスタッフが兵舎で発見された遺物の修復作業を行っているという。

公園の科学コーディネーターであるルカ・ペドロッティ(Luca Pedrotti, a scientific coordinator at the park)は、この遺物には歴史だけでなく環境科学の教訓もあると語っている。100年以上前、北イタリアでは極寒の気候が兵士の命を奪ったが、現在では温暖な気候が別の意味での脅威となっている。

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子供の頃、この公園に住んでいたペドロッティは、何十年もかけて氷河が後退していく様子を見てきたという。
植物相の変化を見て、寒さを好む動物が山頂に向かって移動し、縮小し続ける生息可能地域にしがみついているのを観察したという。

「公園を勉強の場にして、気候変動に対する意識を高めていくことが大切だと思う。」という。

白兵戦で、亡くなった兵士のほとんどは、戦闘ではなく、環境に殺されたと考えられている。人里離れた前哨基地は食料や物資の確保が難しく、風にさらされた山頂では雪崩が起こりやすかった。

新聞記者のE・アレクサンダー・パウエル(E. Alexander Powell, a newspaper correspondent)は、1918年に出版された本「Italy at War」の中で、「ここでは、男たちは昼間はもじゃもじゃの毛皮にくるまり、顔には刺すような風から身を守るために油を塗り、夜は雪の中に掘った穴の中で過ごす」と書いている。

[太陽が照りつけるメソポタミア(sun-scorched plains of Mesopotamia)の平原でも、凍てつくマズリアの湿原(Mazurian marshes)でも、血にまみれたフランドルの泥の中(blood-soaked mud of Flanders)でも、どの戦線でも、戦う人間はこの世界の屋根の上でこれほど過酷な生活を送っている。」

現在、イタリアの科学者や研究者たちは、凍てつく戦線で戦った兵士たちの日常生活を復元する作業を行っている。

骨髄や果物の皮を食べるほどの飢えとの戦いや、布や毛皮を重ねて寒さをしのいでいたことが明らかになっている。また、彼らは愛する人たちに手紙を書き、絶景や過酷な状況を伝えている。

「銃は殺すための手段ですから、銃にはあまり興味がありません。」とモロシーニは言う。「私たちが興味を持っているのは、兵士たちの極限的な環境条件、極限的な生活条件を示す遺物なのです。」と話している。

このバラックでは遺体は発見されなかったが、近くには白兵戦で戦った人々の凍死体が現れている。
しかし、研究者たちは少なくとも1つの生命の痕跡を発見したと、公園のディレクターであるアレッサンドロ・ナルド(Alessandro Nardo, the director of the park)は述べている。

「2018年末、ステルヴィオ国立公園(Stelvio National Park)の管理のために初めてここに来たとき、私の好奇心を惹きつけたもののひとつが、机の上に置かれた小さな鉢に緑色のワイルドゼラニウムが植えられていたことでした。

「同僚にそれは何かと尋ねたところ、スコルッゾのバラックのマットレスで見つけた種から発芽したものだと言っていました。」

兵隊の行進で、アルプス越えで有名なのが、象を使ったアルプス越えであるが、まだアルプスでは、象の骨は発掘されていない。

© 2021 The New York Times Company

100年前のアルプス越えは、月旅行より大変だった。

そこをグーテンベルグの世界初の辞書「カトリコン」の字母を持ってイタリアに逃げた弟子がいたと言われている。

スコルッゾ山(Monte Scoruzzo, Italia)の緯度、経度。
46°31'18.2"N 10°26'33.0"E
または、
46.521725, 10.442506

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