行き詰まった私と、ナリユキと。

【長い長い前置き】
いよいよ梅雨を迎え、にわかに空が重たくなってきた六月尽。私は休日だというのに珍しく身なりを整えて電車に乗った。向かった先は早稲田駅。これまでの、そしておそらくはこの先の人生においても、まったく縁のない場所だ。

日頃から特別親しくしているような人もいないため、休日はもっぱら家事か一人遊びに費やす私が、珍しく顔に大袈裟な化粧を施した上で土地勘のない場所へと繰り出したのには理由があった。

このところ、私はインスピレーションの弱まりを感じていた。たといアマチュアであろうと、短詩に関わる人間からすれば死活問題に等しいこの状態を打破すべく、私はある選択をとった。

こういう時こそ観劇だ。

誰に問われているわけでもないとはいえ先に述べておくが、私はほとんど舞台作品を観ることがない。これまでに観てきた作品も、ざっと数えて10作品にも満たないという有様だ。ここ10年間の自分の記憶の内容が正しければ、以前は当時の知人が出演する舞台を、付き合い程度ながら観に行くことはあった。2.5次元系の舞台もごくごく一部の作品のみだが数回観た経験がある。

しかし、正直なところハマりきれなかった。私は元来人間への興味関心が薄いので、観劇への動機に繋がりやすい「特定の俳優に対する強い関心」というものをどうしても維持することが出来なかったのだ。

しかしながら私の心の中にも「この人の芝居を、是非ともまた拝見したいものだ」と感じる、とある俳優がいた。

それが今回『ナリユキ』という企画を観に行くことになったきっかけだった。自分には絶対に存在しないと思い込んでいた動機の種が、よもやこうも唐突に見つかり、しかも易々と身の内から芽吹いてくるとは意外だった。この件に関しては詳述するとただただ気持ちの悪い文章になってしまうため割愛する。

ところで、私は即興芝居というものに対し、これまでネガティヴな印象を抱いていた。この2年以内に観たある舞台作品が、シチュエーションに従いつつも俳優のアドリブで進行していくという形式のものだったのだが、それが終始大いにぐだついていたのだ。このような言葉は文字にもしたくもないのだが、心の底から「チケット代返せよ」と叫びたくなってしまうような出来だったせいで、私は即興芝居そのものへの見方も歪んでしまっていた。その作品もいわゆるシリーズファン向けという趣が強かったので、『ナリユキ』に関してもチケットを購入するにあたり、少しだけ考えた。

もっとも、『ナリユキ』に関しては俳優陣の演技力を疑ったわけではない。いかに実力のある俳優だけで固めた舞台とて、『前提』知識のない自分には楽しめないのではないかという不安が頭を過ったのだ。今回『ナリユキ14』の2日目に足を運んでいた方々からすると信じられないことかもしれないが、私はコラボ作品『Family』をまったく観たことがないのだ。

それでも私は最終的に好奇心に身を委ねることに決めた。たといアウェイな世界であっても、四の五の言わずに飛び込めるということだけが、私が持つ唯一の長所だ。自分が自分を信じないでどうする。

そうして結局2ステージとも観に行くことを軽率に決めてしまった。チケット代(前売)が3,500円と舞台にしては手頃だったことも大きかったと思う。

結果としてかなりの刺激を得ることが出来たので大いに満足している。

以下、感想をしたためていくが、今回ご覧になっていない方々にはまったく内容が伝わらないと思われる。また、私の記憶力の乏しさゆえに、事実と異なる内容が見つかるかもしれない。その場合は即座に訂正するため、ご容赦願いたい。

設定候補とキーワード、採用された小道具については、体力のなさゆえ今回は省略させていただいた。気になった方は、観客の方々のX上での感想ポストをご覧になるとご満足いただけるかと思う。

【ナリユキとは】
簡単に説明すると、俳優のみならず多方面で活躍なさっている神木優氏による特別企画だ。神木氏が「ファン感謝祭的な企画」と表現するように、男女混合、年代も様々な俳優陣が一堂に会し、即興芝居を行うというもので、観客はもちろんのこと、演者すら当日何が起こるかわからない。大きな特徴は観客参加型というところだろう。『ナリユキ』では神木氏を含む8名の俳優陣がA~Dの4組もペアに分かれ、それぞれ与えられた設定に従って芝居を行うのだが、この組み合わせは当日観客が引いたくじによって決定される。

当然、設定も、その他小道具から俳優の立ち位置、俳優に1つずつ与えられる、必ず口にしなければいけないキーワードまで、すべて観客の意思によって決められる。事前に確認した宣伝用画像にもそのように記載されていたことはしっかり頭に入れていたつもりだったが、実際に観てみればなるほど確かに一言一句偽りはなかった。

小道具と立ち位置、キーワードの設定に関しては希望者がその場で挙手してから決定していたので、ずるい人間ならばここで微動だにしなければ一切関与せずに済むと思うかもしれない。が、設定を決定する時だけはその場の全員で多数決を採る。つまり、会場に足を踏み入れたが最後、観客は誰一人『ナリユキ』から逃れることは出来ないのだ。そう、俳優陣と同じように。

【13時の回 感想】
Aチーム:前田・福井ペア
設定:墓地

神のいたずらかトップバッターは『Family』名物兄弟ペアに。スーツ姿の前田氏が刑事、チンピラ風の装いの福井氏が殺人の罪を犯した男という設定で進む。2人は墓参りに来ているのだが、その墓は福井氏が殺してしまった(ということになっている)船戸なる男の墓だという。ハードボイルド調を維持しながらも丁寧に笑いの伏線を張ろうとする前田氏の慎重な姿勢に対し、ド頭からテンション高めにキャラクターに染まりきってしまった福井氏は当初足並みが揃わず、設定のすり合わせにややもたつく場面もあったが、最終的に歌の力ですべてをかき消す。というか船戸(劇中登場人物のため敬称略)、完全に犬死じゃん。

Bチーム:神木・モリペア
設定:占いの館

占いの館に勤務する(?)女占い師をモリ氏が、その息子(?)で特攻服姿の自称47歳の男を神木氏が演じた。2人の演技の自然さに見入ってしまい、あまり気に留めなかったが、思い返すと設定が一番生々しかったと思う。私は占いマニアなので界隈の話は時折耳にまたは目にもするのだが、高額セミナーだの講座だのはマジであることなので注意されたし。わざとらしく伏線を張ることなく、さらりとどんでん返しを決めたのは実にお見事。一切示し合わせていないのだから両名の場を読む力は凄まじいのだなと感嘆した。13時の回では最も完成度の高い即興芝居だったと思う。

Cチーム:山元・増田ペア
設定:メイド喫茶

メイド喫茶のオーナーを山元氏が、面接にやって来た男(?)を増田氏が演じた。メイド喫茶という設定ながら何故かセーラー服を身にまとって現れた山元氏へさほど違和感を覚えなかったのは、トナカイに扮した増田氏があまりにも堂々と登場したからだろう。小道具を効果的に使用しながらコント仕立てにしていくと思いきや、尺の長さもあって最終的に投げっぱなし気味になってしまったのは個人的にもったいなかったと感じた。

Dチーム:𠮷川・水野ペア
設定:交番

交番勤務の女性と落とし物の相談に来た若いママさんの出会いから始まった……と思わされたのも束の間、実は「密かに交番勤務の警察官に重めの恋心を抱く一般女性」と「亡くした娘を忘れられず哺乳瓶まで持ち歩いてしまう母」というシリアスな要素を含んだ設定が練り上がっていく過程にドキドキさせられた。キーワードはお互い台詞に盛り込めなかったものの、小道具の使い方は秀逸。𠮷川氏のリードによって芝居の推進力が上げられていたように感じた。水野氏がふとした瞬間に見せる毒が魅力的だった。



【17時の回 感想】
Aチーム:前田・水野ペア
設定:住宅展示場(屋内)

水野氏が住宅展示場の見学に来た女性を、前田氏が住宅展示場の従業員(?)を演じる。「誰も見学に来ないのでマラソンに行こうと思っていた」というトンチキな理由によりランナーそのものの姿で現れる前田氏、明らかに設定が強気になっている。とはいえ基本設定にはしっかり従おうとする真面目な前田氏に対し、あくまでメタネタでゴリ推す、いやゴリ押す水野氏。結局水野氏の勢いに負ける形でエンド。可愛らしい姿で油断させつつ遠慮のなさをあえてキツめにぶつけてくる水野氏の毒が、13時の回よりも強めに作用していたと思う。

Bチーム:𠮷川・モリペア
設定:面接会場

『Family』の面接官らしいこと以外は何もかもが不明の美女『トラコ』をモリ氏が、面接にやって来た女性『ツダ ウメコ』を𠮷川氏が演じる。モリ氏のカタコトの口調と可愛らしいお声の相乗効果により、危うく脳を焼かれそうになる。ぶっ飛んだ進行と見せかけて、随所で𠮷川氏の身体能力が遺憾なく発揮されており、最終的に誰よりも強い『Family』愛をも見せつけられた。𠮷川氏のボケは一見めちゃくちゃなようでかなり高度だと感じた。というのも、13時の回から引き続き、𠮷川氏はペアのリードをやんわりととりつつ、芝居全体の世界観をまとめていくのが巧みだったからだ。そこで力負けすることなく全力でぶつかれている上に、世界観をさらに盛り立てていたモリ氏の胆力もまた素晴らしい。17時の回では一番完成度が高かったと思う。

Cチーム:山元・福井ペア
設定:海辺

塩を作るために海にやって来た塩屋の親子のやり取りという設定。福井氏のコミカルに寄せまくったキャラクターを暴走させることなく自然にいなす山元氏の力量に舌を巻いた。トンチキ設定が泡のごとく生まれては弾け、その音で独特のグルーヴが作られていく芝居には目が離せなかった。振り返ってみれば、2人が海で駄弁り、走り回る以外には特に何も起こってはいないのだが、妙にクセになる後味になったのは両名の底力ゆえだろう。俳優というのは体が資本なのだなあ。

Dチーム:神木・増田ペア
設定:女子更衣室

厠を通じて突如現代にタイムスリップしてきた犬山城主を神木氏が、時代劇のプロデューサーを増田氏が演じる。ド頭から神木氏がごく自然にカタカナ語を使っていたので「これは時代劇の撮影という設定なのか」とぼんやり眺めていたが、実は「ガチでタイムスリップしてきた殿様を使って時代劇を撮る」という設定だったと気づいてやや戸惑った。神木氏が落ち着いた演技を見せる一方、増田氏は走り気味だったので緊張されていたのだろうと思う。ショー風味で始まったと思ったら人情ドラマ風に落ち着いてしまった感があるので、コメディ要素強めで進んでいたらどう着地したのか気になった。

【その他感想】
・小道具に関しては、あからさまに版権モノだとわかるもの(世界観の構築に支障をきたすおそれがあるとみなした)以外の、俳優の手に負えない形状でない、舞台映えすると思われるサイズのものを複数用意した。結果として版権モノも含んでしまったのだが、アタッシュケースはともかくぬいぐるみはやはり扱いづらかったに違いないと反省した。

・突然メイド喫茶という業態についての説明を求められた際の応答がよくなかったと自分でも思う。言葉選びがひどく、大変申し訳ありませんでした。

・早々に出番を終えて客席に混じった前田氏が発する、やたら落ち着きのある爽やかなお声でのツッコミが面白かった。オーディオコメンタリーで覇権が取れると思う。

・13時の回終了後、立ち寄った駅前の飲食店にアタッシュケースを忘れて取りに戻った。17時の回終了後、昂ったままの状態を何とかしようとカラオケに行ったら会場で配布されたものを丸ごと忘れてきた(幸い処分される直前に回収の目途が立った)。ちょっと興奮したくらいで正気を失わないよう、もっと体力をつけようと思う。

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