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汝、醸造せよ #AKBDC #Barmxic

 超 微 生 物 群 相 繁 茂 !
(ゾンビ・ショウ・スティル・ゴー・オン!)

 総合商業施設グリーンカーブは青、黒、白のまだら模様に包まれ、数日前の繁盛ぶりの影形も残ってはいなかった。洋服店、100均ショップ、カフェ、家具屋、電気屋、そしてゲームセンターまでもが、こんもりとしたコケのようなカビ山に包まれている。マネキンや家具、筐体が毛玉のごとく膨れ上がり、その見た目はぬいぐるみめいてかわいらしい。

 だが猫吸いのまねごとで顔をうずめ、深呼吸などしてみたまえ!貴方の肺はたちどころにカビに多い尽くされ、菌ゾンビ化するであろう!
 カビたモノを体内に入れることは非常に危険だ!諸君におかれましてはくれぐれも食べ物、化粧品等の鮮度には気をつけていただきたい!

 しかし、この都市を襲うカビ禍は避けうるものではない。全ては『腸内フローラの姫(ケオス・アジテーター)』のすさまじき吐瀉物から生まれた超微生物群相発生(ゾンビショウビギン)による侵食なのだから。

 照明の落ちた暗い廊下を菌ゾンビ達が邪悪な盆踊りのように練り歩く。その姿はカビに覆われたゲーム筐体から漏れ出る極彩色に彩られ、よりグロテスクに照り映えていた。

 その列の正面に影!
 曲がり角から勢いよく飛び出し、立ちはだかる者あり!

「極度生育阻害物質(シールド・オブ・パティナ)!」

 青カビの塊を厚手コートのようにひるがえし、フェルト全頭マスクのような青カビコロニーで頭部を覆う男が一人!叫び声と共に右足を蹴り上げれば、蹴撃軌跡を追って青緑の有機物盾が出現!その盾に向かって男は強烈な背面体当たりを見舞った!

「群生(バッシュ)!」

 有機物盾が高速飛翔!ゾンビ郡に被弾し、腐敗した肉体を四散させる!

「溶解性生産物質(カーマイン・スパイネ)」

 長身青カビロングコートの影から静かに歩みだす影あり!フラクタル亀甲縛りめいた赤色繊維に全身を締め上げる女性が1人!血脈めいたフルフェイスヘルムの赤が自ら発光したかと思うと、次の瞬間には廊下の床、壁、天井に同様の紋様が走り、そして消えた!

「連鎖反応(カテーナ)!」

 奔り過ぎていく幻影血管網!接触していた歩行腐肉達は一斉に爆発四散した。

 剣呑な二人の男女、オマタとツムザキから遅れること数歩。マシュマロマンめいた大男と少年が続く。ジョウヅユとニワ。この二人もまた、ゾンビショウの中で生きることができる特殊な存在である。

 ニワは、あどけなさが残る瞳を巡らせてショッピングモールを見渡した。

 地獄である。かつて人だったものが死してなお歩き、生者を求めてさまよう光景が彼の目を背けさせた。

 移した視線の先はゲームセンター。色とりどりの筐体が並び、UFOキャッチャーやパンチングマシーン、モニター映像とリアルカード排出を併用するゲーム等が並ぶ。そして最後のその筐体、モニターの前にちょこんと座る人影に、ニワは目をとめた。

 菌ゾンビである。随分と小柄だ。艷やかだったろう黒髪は固くよじれ、ひらひらと愛らしかったろう白いワンピースは原色マダラの菌汚染だらけだった。それはむき出しの両腕、両足も例外ではない。腐敗していないだけの死体だった。

 死体である、はずだった。

 ニワの目には、菌まみれの幼女がモニタをなでているように見えた。菌にまみれたモニタでは、いまだに可愛らしい少女たちが踊り続けている。幼女のガサガサの手が、その動きを追っているように見えたのだ。

 カツ、と靴音。ニワの視線を遮るようにオマタとツムザキが立ちはだかり、各々の菌を増殖させた。

「待って。そのこ、様子が…!」
「知るか!」

 ツムザキは腕を振り上げ、攻撃動作に入る。しかしニワが一歩早い!剣道の踏み込みのごとく床を踏みしめると、少女がびくりと身を震わせた。

 細菌叢(キングス・フィールド)。その領域により、赤カビが活性を失ったのだ。タイトな戦闘服のごとき赤カビコロニーが細い体から剥がれ落ちた。

 ツムザキはその美しい顔を怒りに歪めてニワに詰め寄るが、ジョウヅユがこれを押し留めた。

「落ち着きなさい。確かにゾンビにしては妙だ」

 構わずに喚き散らし、ニワに組み付こうとする少女だったが

「この子、まさか自我が残ってるのか?」

 オマタの呟きに手を止めた。

 オマタはいまやゾンビ幼女のすぐ隣に立っている。菌外套は解いていないが、手は一切上げていない。そして幼女はそんな彼に気づく素振りもなく、一心不乱に画面をなで、筐体のボタンをゆっくりと叩いていた。

「ありえない。脳細胞の隅々まで菌糸が根を張るんだ。たまたまそう動いているだけ」

 すげなく否定するツムザキだが、オマタは冷静にモニタを外套で覆った。その途端、幼女がぐずるようにそれをひっかきはじめたのだ。

 驚き、押し黙る3人。オマタはそっと外套を下ろし、首を傾げてみせる。幼女はすっと大人しくなり、再び筐体に向かった。

「これでもか?」

 ふん、と鼻を鳴らしてツムザキはそっぽを向くが、大男と少年は顔を見合わせた。

「治せるのかもしれない」

 ジョウヅユに先じて、ニワはよく通る声で宣言する。それは願いであり、また幼女に対する宣言だった。

「どうやって?ゾンビは病気じゃない。死んでるんだぞ」
「たとえば、みんながまとってる菌と、この子に巣食っている菌を入れ替えるとか」
「そんな器用なことが出来たらとっくにやってる」
「できるかもしれんぞ」

 薄い無精髭をさすりながらジョウヅユは幼女の後ろに立ち、その小さな体を診察するように見下ろした。

「日本酒製造に携わる杜氏という職業は、コウジカビのせいか手が赤子のように美しいという。菌が人体を良い方向に変える事例は、確かにあるのだ」
「それ毎日手を突っ込んでるからでしょ?脳まで侵されたコイツを元に戻すのとは次元が違う」

 あくまでツムザキは悲観的だった。一行に合流するまで死体の山を見続けたせいだろう。現実的で冷たい。それがツムザキだ。ニワの胸中で諦めに近い思いが沈んでいく。

 だがオマタが珍しく食い下がった。

「俺は、やりてぇ。できるだけやってみてぇ」
「私もだ。万物消化酵素(ハニー・ハンター)で菌汚染を直接叩くことができるかどうか。試してみたい」

 オマタは盾だ。だがその盾はもっぱら鈍器であり、彼の守護願望は常にくすぶり続けていることをもニワは感じ取っていた。
 それを知ってか知らずか、すかさずジョウヅユが同調する。博識なる偉丈夫は、新たな治験可能性に目を輝かせているようだった。

「その子、最後は爆発するさ。レンジでタマゴ温めたみたいに」

 数的不利に追い込まれたツムザキは、皮肉でもって応えるしかなかった。

 ■

「こんなもんでいいか」
「これは、コーンだな」
「お米も麦もなかったんだけど、これで平気かな」
「上出来だとも」

 ショッピングモール1階はスーパーマーケットの事務室。緩やかに暴れる幼女ゾンビを事務机にしばりつけ、4人はそれぞれ持ち寄った素材をその周囲に並べていた。

 砂糖数袋。果物。そして山のようなダンボール詰めスイートコーン。それら素材を前に、博識なるジョウヅユは手をかざした。

「コーン・ドーを知っているかな?」
「知るかよ」
「ガーナ共和国のとある民族が食す玉蜀黍粉のパンだ。水を加え、数日間自然発酵させることでそのタネができる。手始めにこれでもって彼女の体を酵母発酵漬けにする」

 作戦は単純であった。ジョウヅユの万物消化酵素(ハニー・ハンター)によって植物を発酵させ、その作用によって幼女の体内からカビ菌を一掃する。コウジカビ等の発酵物は有害な菌へのカウンター足り得るのだ。

 だがその繁殖は精密に制御されなければならない。青カビの生育阻害、赤カビの不純菌殺滅が高度に並列処理する必要がある。
 それを制御するのは、ニワの細菌叢(キングス・フィールド)を置いて他にない。

 オマタが仰臥する幼女の足側に立ち、天を仰いだ。

「極度生育阻害物質、培養陣形(シールド・オブ・パティナ・シージ)」

 幼女に触れるか触れないかのところに緑色の障壁が築き上がる。これ以降、空中浮遊雑菌は彼女に触れ得ぬ!

 続けてジョウヅユが温和な顔をマシュマロめいた仮面で覆い、右手をかざす。その手にニワとツムザキの手が重なった。

「万物消化酵素(ハニー・ハンター)」
「溶解性生産物質(カーマイン・スパイネ)」
「細菌叢(キングス・フィールド)」
「「「複合発酵(アルカディア)!」」」

 重ねた手が向く先は、いくつもの寸胴鍋にぶちこまれた砂糖、果物、コーンの複合物!はちみつのごとき甘い香りとともに、鍋から溢れかけていたコーン達がずぶずぶと沈んでいく!発酵により繊維が分解し、容積が減っているのだ!

 通常であれば数日から数ヶ月。長くて数年かかる発酵のサイクル。それを強引に短縮することこそ菌の騎士たちの真骨頂である。

 徐々に生のコーンが分解し、コーン・ドーと化していく。手の空いたオマタがこの鍋を傾け、幼女の体にまんべんなく注ぎはじめた。

 ■

 彼女は薄ぼんやりとした意識で周囲を見ていた。見ている、という自覚意識も持てないほど薄らいだ自我で。

 男が3人と女が1人。その顔立ちも年齢もわからない。だが彼女を取り囲む4人の目の色に、かすかな恐怖を感じた。

 目を見開き、らんらんと輝くその瞳。流れる汗の筋。形相。その気迫。

 怖い。いや。見たくない。どこかにいなくなって。いくらそう願っても、4人は視界から消えることはない。それは拷問のような責め苦だった。父と母とはぐれてしまった孤独よりもなお、身に迫る危機だった。

 少女のかすかに残った心が、その恐怖に背を向けて逃げ出そうとしたその時、一人の男の顔が奇妙な弛緩を見せた。

 それまでの、恐ろしい顔ではない。しかし安らかでもない。その感情の表出をどう理解すればいいか、彼女はわからなかった。

 連想ゲームのように記憶が弾け、少年の顔が移ろっていく。雑多なカビ菌に冒された脳がアンデスの原始コーン酒、チチャによって清められ、少女のニューロンパルスが火花を散らした。

 ■

『Hey、きみ。このカードもう持っているのかな?』
『いぇ……』
『そうか、なら交換してみない?もし余ったカードがあれば……』
 記憶の中の少女は首を振る。
『そ、そうか。すまなかったね。お詫びにこのカードをあげるよ』
 重ねて首を振る。傍らの母が言葉を継いだ。
『ふふっ、怖くて受け取れないみたいですね』
『はは、そうですか。失礼しました』

 ■

 そうか。あの時、一瞬言葉を交わした青年の表情。それと目の前の少年の表情が彼女の中で結びついた。

 悲しみ。そして寂しさ。
 同時に青年が少女に話しかけてきた時の表情が甦る。らんらんと輝く瞳。かすかに汗ばんだ額。その表情から浮かぶ、ひたむきなまでの真摯さ。それが熱意というものなのだと、彼女は知った。熱意という言葉はまだ知らない。それでも、その感情の概念を理解したのだった。

 (もう一度、あのおじさんに会いたい)

 少女は単純にそう思った。彼はあの時、なぜ、あれほどまでの熱意をもってゲームセンターにいたのだろう?
 純粋な疑問が記憶の中の青年を呼び起こし、さらにその青年の瞳の奥をのぞかせた。

 写っていたのは、少女自身。

 ゲーム筐体から降りたばかりの少女の顔は紅潮していた。それは戦いの興奮、その余韻。全力で遊戯、いや闘技に挑んだあとの残響。

 (もしかしてあのおじさんは、わたしと同じだったのかも)

 想念が生まれる。連想が思考を生み出す。思考が欲求を回し、欲求が血流を早める!血流は、免疫機能を賦活させた!

 ■

 はじけ飛ぶ菌糸!吹き消えるコロニー!幼き少女を蝕んでいた菌圏は酒と酵母により清められ、もとのあどけない姿へと戻っていた!

「成功だ!!」
「シャッハー!!」

 雄叫びを上げてハイタッチするオマタとジョウヅユ。だがツムザキの冷静さが光った!

「いや!」
「まだだ!」

 消滅に抗うように、一塊のカビ塊が少女の口中に飛び込まんとす!パティナの包囲下で、しかし宙を漂い期をうかがっていた菌郡だ!ばかな!単細胞生物以下のはずが、以外に戦術的だ!

 4人は瞬時に騎士の顔を取り戻し、己の菌を駆り立てた!

「「「「溶解性(カーマ(細菌(キングス(極度生育阻(シールド・オ(万物消化(ハニー・ハン))))」」」」

 だが4人よりも少女はなお早かった!
 仰臥したまま左手を打ち払うように薙ぎ、続けざまに右手を垂直に跳ね上げた!それは古代ローマの剣闘士が、敵をスクトゥムで張り倒し、止めのグラディウスで首を切り裂く動きに似ていた。あるいはアイドルのダンスパフォーマンスに似ていたのかも知れぬ。いずれにせよ、少女はもはや菌ゾンビではなかった。最後の菌は払われた。

 彼女は、人に還元されたのだった。

 ■

 日が暮れる頃、総合商業施設グリーンカーブの大看板は美しく緑色に照り映えていた。カビは削げ落ち、どこかにいってしまった。

 駐車場には人々が肩を寄せ合い、100均ショップから失敬してきた鍋で即席の芋煮を作っている。疲労と困惑の表情の群集は、しかしどこか安らいだ雰囲気を醸し出していた。

 女の子がカップに芋煮をよそって駆けていく。行く手にはそれを迎える男女の姿があった。

「まさかゾンビ化を治癒できるとはね」
「いろいろ条件はあるんだろう。確実とは言えんが、大きな収穫だ」
「ひょっとしてあのゲームがキーとか」
「それこそまさか、さ」

 それを隣接ビル屋上から眺め下ろす4騎士。少女の目覚めを待ち、しかし言葉をかわさぬうちに出てきたのだ。

 ニワは少女と両親の再会を遠目に見守る。傍らでツムザキが鼻をすすった。

「行こう」
「もういいのかい?」
「えー俺達も芋煮会参加しようぜー」

 おどけてニワの肩に手を回し、オマタが笑う。すぐにその笑いは硬直した。ニワの目に薄っすらと涙が光っていたからだ。

「救えなかった人達もいる」

 腐敗進行が遅かった人々は、チチャとコーン・ドーの清めで復活できた。しかしそうでない人々を、騎士たちはさんざん砕いて進んできたのだ。

「こんなこと、急いで止めないと」

 今日という日を誇りこそしても、喜びはしない。ニワの静かな決意と、腸内フローラの姫(ケオス・アジテーター)を目指す足取りとが、3人の身を引き締めた。

 沈み行く夕日を背に、4人は歩き出す。核攻撃まで、あとどれほどか。

 ■

 少女は4つのカップを載せたお盆を持ってあたりを見回していた。しばらく誰かを探し続けていたが、日没とともに父母の元へ戻っていった。

 今宵、彼女らは暖かい寝床で眠ることはできないだろう。かつての暮らしに戻れるのはいつの日かわからない。すぐそこに横たわる、暗澹たる未来。

だが少女は胸を張って願い、両親に請うた。

 またゲームしに来ようね、と。
 その時はあのおじさんと、4人の見知らぬ誰かといっしょに。

【Happy Birthday 2 U】

インスパイア元


拙作


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