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地勢は行かなきゃわかんない

1.ねんがんのぐんまのしろをせめてきたぞ!

 平日の休みが取れた。道がすいている平日ならば車移動のチャンス! とばかりに北関東は群馬のとある御城を攻めてきた。

 とあるミーハーな事情ソシャゲの影響により城攻めをするようになった昨今。室町時代末期の後北条氏という豪族に連なる御城ばかりを狙って攻めてきた。今話題の大河ドラマで登場する北条さん達が前北条氏。そのだいぶ後に登場するのが後北条氏。同氏族の本拠地は神奈川の小田原。しかしその足跡は北の群馬県までにおよぶ。関東南端から北端まで版図だったのかよスゲエ! と小学生のように喜んだが、どうも違う様子。さらっと調べた限りでは、かの上杉謙信公の進撃を何度も受けていたという。その主戦場が北関東だったようで。

 これは群馬に行ってつぶさに見て回るほかねぇ! と思い立って数年。ようやく足を延ばすことができた。

2.こじんまりしていた城跡公園

城内の一角。ここから平野部を見渡せるらしい

 というわけで群馬県は平井城に行ってきたのだ。城の敷地内は多くが農地化しており、城を入ってすぐに畜産農家の厩舎があった。いい香りがする。

城郭の痕跡は本丸の土塁と

刈り込まれた土塁。かわいいね。

そばの川に面した堀。

堀と橋(復元)がある。右手が本丸、左手は川。

注意深く探せばもう少し何か見つかったかもしれないが、案内図でわかった構築物はこれくらい。あとは

勇壮無比の御城賛歌

御城を讃える歌が掲示されている。全3曲。

3.素人の城攻め雑感

 お城を訪れてまず思ったことは、これは何のための城だろうということだった。街道から奥まったところに位置している。

上州の街道|一般社団法人群馬県測量設計業協会 (gunsokkyo.or.jp)

 中山道、下仁田街道、十国街道といったメインの街道筋から少し離れた山の中だ。街道交通路を監視する目的の城ではなさそう。逆に、城から街道へアクセスするのにやや時間がかかる。他所から攻めてきた軍隊を迎撃するための城というよりは、城自体が攻めにくい位置にある印象を受けた。
 wikiによると、南から攻め寄せた後北条氏により破壊されたため廃城となったということだが、個人的には再建しても使いづらい位置だったからではないだろうかと思う。

4.城攻めは続く

 面白かったです。まる。みたいなあっさりとした感想になってしまうが、今回の旅は非常に有意義だった。ここを訪れる前は、街道を抑える重要な拠点だったが後に街道の位置が変わってしまったために不要となり廃城に至った城だと勝手に思い込んでいた。だが現地の山や川を見るにどうもそうではなさそうだという思いを強くした。
 それと直接の関係はないけど、十数年前に2年ほど仕事で通った群馬にあまりいい思い出がなかったのだが、今回の旅でそれがすこし払い落とせたと思う。次は噂に聞く太田市の金山城に行ってみたい。

串のさつま揚げ。焼きまんじゅうも買ったよ。美味しかった。


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