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アッシュレインエアー株式会社

 ヘッドマウントディスプレイの本厚木市街は快晴の下で陽光を照り返している。しかし実際に目にするその町は灰の雲の中に消えていた。

『ARA003へ。通信状態悪化により着陸前確認を前倒しする』

 ノイズの混じった管制がメットの中に響いた。

『行動予定範囲への架空線敷設届け出無し。現在、視界は2km程度』
「了解。航空ガイド起動済み。着陸は有視界とダブルチェックする」
『確認した。今回の業務はタスキの3、4、6番だ。内容を確認後、直ちに焼却すること』
「3、4、6。焼却。了解」
『それと盗賊に注意すること』
「はーいママ」
『失言1回につき1失点だぞ』
「了解」

 コントロールバーを捻って上昇するとグライダーの布地が音を立て、前方のマンション天辺へ近づいていく。
 高層の壁面やベランダにうっすらと灰が積もった姿はまさに廃墟だが、屋上に障害物は見えなかった。

「目標確認。着地点クリア。予定通りヘリポートに着陸する」

 コントロールバーのつまみで布地をしぼるとフレームから鈍い陽光が差した。細っていく翼をビル風がふわりと押し上げてヘリポート上に至る。微かに生臭い風へ向けて足を突き出すと、つま先が灰の積もった屋上を捉えた。

「着陸」

 粉塵を巻き上げながら走り込み、停止する。コントロールバーを左右に引き離すとグライダーはバッタの足のようにハーネスへ折り畳まれる。音もなく磁気が全身を走り、飛行中に降り積もった灰が辺りに飛び散った。

「着陸成功。損害無し」

 管制に代わってノイズが返事をした。灰がだいぶ濃いらしい。
 ここまで運んできてくれた風がヘリポートに積もった灰を引き連れ、山の方へ飛んでいく。
 一緒になって視線を上げていくと、灰に埋もれた丹沢山系。その背後から柱のように立ち上る噴煙がこちらへ圧し掛かってくるようだった。

「天気は上々」

 視線を逸らし、ハーネス下の黒帯を引っ張り出す。
 小さなポケットが10個並ぶそのタスキは灰と泥に汚れていた。

(続く)

サポートなど頂いた日には画面の前で五体投地いたします。