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Vinicius JR 進化

ヴィニシウスが一人気を吐き続けている。マドリーが深刻な得点力不足に喘ぎ、6試合を終えて8得点の中そのうちの3ゴールを決定力不足と指摘されていたヴィニシウスが決めている。バジャドリード戦では途中出場ながらチームを救うゴールを決め、レバンテ戦でも先制点を決めて見せた。先日のシャフタール戦では途中出場後15秒で相手のボールを単独で奪いゴールを決めた。果敢に敵陣内でドリブルを仕掛けるヴィニシウスの姿には頼もしさを感じる。彼のトライが失敗に終わることもある。しかし、何のチャレンジもしようとしない不甲斐ない他の攻撃陣に比べればよっぽどマシなのだ。誰かが無理しないとチャンスは生まれない。敵陣にたどり着いたら横パスを繋げているだけではチャンスが生まれないことなど誰もがわかっていることだ。

到来

ヴィニシウスは18-19シーズンにフロレンティーノ・ペレス会長の若手推進プロジェクトの一環として、フラメンゴからマドリーへとやってきた。ロペテギの元、PSMなどにも出場し、持ち前のスピードやテクニックを披露した。レンタル移籍などもせずにマドリーのカスティージャに選手登録された。このシーズンのマドリーは前線でチームを引っ張り続け年間40ゴールを保証してくれていたクリスティアーノの退団やチームのマンネリ化などにより成績は振るわず、ロペテギはわずか14試合で解任された。その後にはソラーリが就任。極端ではあったがチームの世代交代を図り、若手を積極的に起用。その中で、ロペテギ時代にはカスティージャでの出場やトップチームでの少ない時間の出場しかなかったヴィニシウスの出場時間は増えた。アヤックスとのCLベスト16において負傷交代するまでソラーリに重用された。その間に残したインパクトは凄まじいものだった。シュートはお世辞にも上手いとは言えず、DFにブロックされたり枠にとんでもGKの正面に飛ぶことが非常に多かったもののとりわけ、ドリブルは傑出しておりマドリーの攻撃を引っ張った。自陣から敵陣まで運ぶこともでき、クラシコでブスケツを転ばし、ピケとネウソンセメドを手玉にとった彼のプレーが脳裏に思い起こされる人も多いのではないだろうか。

1vs1であれば確実に相手を抜き去り決定的なシーンを生み出す。少なくともあの地獄のようなシーズンの希望であったはずだ。アヤックス戦での怪我により長期の離脱を強いられ、ピッチに戻ったときは全てのコンペティションの優勝の可能性はなく、監督はジダンになっていた。来シーズンに向けてのプレシーズンというような形がリーガの終盤では取られており、再就任したジダンにアピールをする必要があった。しかし、怪我明けで新たな怪我をすることが怖かったのか、または怪我が完治していなかったのか怪我前に見せていた魅力的なパフォーマンスを見せることはできず彼のマドリーでの最初のシーズンが終わった。

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試練

19-20シーズンには同じくフロレンティーノの若手推進政策の一環として1歳下のロドリゴが入団。ヴィニシウスよりも器用で複数ポジションをこなすことができる選手だ。さらには今やメディアも触れたがらないほどの選手になってしまったが、そのシーズンの目玉補強であったエデンアザールの入団やジダンからの信頼の厚いバスケスなど、サイドプレーヤーには多くの競争相手がいた。このシーズンからヴィニシウスはカスティージャ登録ではなくトップチームに登録され25番を背負うこととなった。アザールの入団に伴い、ヴィニシウスは右サイドでのプレーも求められるようになるが、慣れないポジションで苦戦し、キレのあるドリブルを披露することもできず、シーズン序盤は苦しい時期が続いた。守備をサボるようになったことや、ドリブルのキレが落ちていることなどをメディアに指摘されるようにもなり、大きなプレッシャーがかかったことだろう。そんな彼の苦労が報われたのはオサスナ戦だった。クロースからのパスを受けたヴィニシウスは右足を一閃。相手に当たったボールはゴールへと吸い込まれていった。ゴールを決めた後にピッチに膝をつき涙を流したヴィニシウスの姿は彼の苦悩、19歳の彼にかかる様々なプレッシャーの大きさを感じさせるものだった。そんな感動的なシーンも束の間、そのオサスナ戦でヴィニシウスと途中交代したロドリゴはリーガでのデビュー戦で1得点した。ヴィニシウスも彼の初得点を大いに祝福していたが、さらなる競争を感じさせるものだった。

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ロドリゴがガラタサライ戦でハットトリックを達成するなど結果を残す一方、ヴィニシウスは停滞し、ベンチ外やベンチに入っても試合に出られない時期もあった。結局彼がコンスタントに出場を重ねるようになったのはシーズンの後半戦が始まってからだった。ジダンはシーズンを戦う上で運動量と守備力、攻守の切り替えの速さをチームに求めるようになった。この点において、ヴィニシウスのようなスプリント力のあるサイドプレーヤーは使いやすく、攻守に貢献してくれるため適任だ。アザールが長期離脱していたこともありヴィニシウスは左サイドで徐々に先発出場するようになる。そして、ホーム、ベルナベウでのクラシコにおいて貴重な先制点を決め、マドリーの勝利に大きく貢献した。新型コロナの影響もありイレギュラーなシーズンではあったものの、結果的にはシーズンで38試合に出場。出場時間は1200分ではあったが、マドリーのリーガ優勝に大きく貢献した。

コロナでの中断期間においてはヴィニシウスは肉体改造と栄養管理を徹底的に行なった。自宅にシェフとパーソナルトレーナーを招き、ワールドクラスの選手になるための努力を欠かさなかった。特にパーソナルトレーナーのThiago Loboはヴィニシウスをより強く速いプレーヤーにするのに大きく貢献した。Thiago Loboはブラジルで有名なフィットネスコーチで、ヴィニシウスはアヤックス戦での膝の負傷以降、コパアメリカまでに適切なコンディションに戻すため彼に指導を仰いでいた。結局コパアメリカには間に合わなかったものの、それ以降も19-20シーズンにマドリーのフィジコを担当するようになったデュポンのトレーニングの補填としてトレーニングを行い、ヴィニシウスは体脂肪を落としフィジカルのレベルをさらに上げることに成功したという。

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努力と結果

先ほど述べたように、ヴィニシウスはマドリーで成功するためにできることすべてをしている。マドリー が敗退したシティ戦では出場できなかったものの不貞腐れることもなく自分のやるべきことをわかっている。コントロールショットを決めたレバンテ戦ではマドリーでの日々を振り返りながらインタビューに答えている。

「それまでブラジルでしかプレーしたことがない中で、18歳でマドリーに来て全てが僕にとっては新しいことだったよ。いろいろなことを学んでマドリーを助けるためにできることを続けた。僕はもう昔とは違うプレーヤーだ。マドリーにいる人々は僕を助けてくれるから、僕もクラブを今もそしてこれからも助けたいと思ってるよ。カリムは僕のアイドルで、彼とプレーするのは光栄なことだよ。僕が成長するためにいろいろなアドバイスをしてくれる。(中略)ジダンと仕事をするのもとても光栄だよ。多くのことを話してくれるし、物事を明瞭にして全ての選手に出場機会を与えてくれる。チームのみんなが幸せなのは一番重要なことだよね!(中略)僕はクラブだけでなく家でも努力している。食事や睡眠、身体がチームを助けるためにベストの状態になるような休みの仕方などに気を配っている。全ての面において僕は成長し続ける。マドリー が負けている時、引き分けている時にチームを救えるような選手になりたいんだ。

ヴィニシウスのプレーからはマドリーで成功してやるという気持ちがひしひしと伝わってくる。冒頭の20-21シーズンに決めたゴールはシャフタール戦以外の二つはどれも試合を決定づけるものであり、シャフタール戦のゴールもマドリディスモを感じさせる素晴らしいゴールだった。マドリーのために白いユニフォームを汚しピッチ上を駆け回り、結果を残す。器用ではないかもしれないが、ヴィニシウスはこれからもマドリーを助けるため、夢であるマドリーでの三冠達成のためにひたすら努力し続けるだろう。

絶望の空気に包まれたマドリーを前回のクラシコの時のように救うことができるのだろうか。劇薬であるクラシコはもうすぐやってくる。

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