安井息軒〈星占說〉00

(29頁裏)

星占【①】說
天保癸卯【②】,二月甲戌朔,越七日庚辰,初昏【③】,長嘯【④】而仰,

注釈:
①星占:天文にもとづく占い。
②天保癸卯:天保14年(1843)。
③初昏:黄昏。
④長嘯:声を長くひいて、詩歌を吟ずること。

(30頁表)

見孽氣【①】於西南,狀如一匹【②】練【③】,色潔如雪,竊謂上冬【④】過暖愆陽【⑤】冐蹷【⑥】,既而爲春寒【⑦】所壓,鬱不得昇,求路而出,其勢盛,如呼吸之見氣於凝寒之時,遂鍾【⑧】爲此象耳,法【⑨】當地震若雷【⑩】鳴而散,越三日壬午,地震,雷亦發聲者再,而氣猶不散,浮言【⑪】如蚊,越九日庚寅,適晴,仰觀半時,始得詳其状矣,首越畢【⑫】二度,終於參【⑬】左右足間,後數日、其色漸淡,其幅漸狹,光芒【⑭】過參之左足,察其行,速於日三度許(ばかり),古人謂之長星【⑮】,蓋彗星一體也,據占,彗除舊布新之象,其兆爲亂,然海内熙煕【⑯】,兆民【⑰】方仰惟新【⑱】之化,尚何叛亂之足慮哉,然則天變果不足

注釈:
①孽氣:邪気。康自強《王船山氣化生命論》(2020,348頁)船山認為這種受到「成心」擾亂的生命之氣,終將劣化為「厲氣」或「孽氣」,汚染充塞兩間的太和之氣。
②一匹:一疋。布の数量詞。1匹は絹布2反、1反は着物一着分の反物で、幅36~38cm×長さ12m強。
③練:練絹。灰汁で煮て柔らかくして光沢を出した絹。
④上冬:初冬。陰暦10月の別称。
⑤愆陽:陽气が盛んになりすぎること。冬季に過度な暑さや旱魃が起こるといった異常気象。《春秋左氏傳・昭公四年傳》「冬無愆陽,夏無伏陰,春無淒風,秋無苦雨」。白居易〈祝皋亭神文〉「去秋愆陽,今夏少雨」。
⑥冐蹷:未詳。「冐」は「冒」の正字体,おかす・けがす・おおう。「蹷」はたおれる・つまづく・(勢いよく)たつ。
 ★《呂氏春秋・重己》室大則多隂,臺高則多陽,多隂則蹷(高誘注:蹷,逆寒疾也。),多陽則痿(高誘注:痿躄,不能行也。),此隂陽不適之患也。
⑦春寒:立春からあとのぶり返した寒さ。
⑧鍾:あつまる
⑨法:自然法則。
⑩若雷:八雷神( 大雷・火雷・黒雷・析雷・若雷・土雷・鳴雷・伏雷)の一柱。恐らく春雷なので、「若雷」としたのだろう。
⑪浮言:根も葉もない噂。流言飛語。
⑫畢:畢星。二十八宿の一つ、牡羊座牡牛座に相当する。
⑬參:參星。二十八宿の一つ、オリオン座に相当する。
⑭芒:底本は異体字「𦬆」字に作る。今改。
⑮長星:《史記・孝景本紀》三年正月乙巳,赦天下。長星出西方。
⑯熙煕:喜んで楽しむさま。
⑰兆民:たくさんの人民。万民
⑱惟新:「維新」と同じ。全てが一新されること。

(30頁裏)

懼耶,昔者孔子之修春秋【①】也,天災必謹書之,地眚【②】必謹書之,雖常度如日食,亦必謹書之,而雊雉【③】桑穀【④】之祥,商書【⑤】既詳述之,蓋聖人施敎【★】於視聽之所及,其獨知無徴者,置焉而不論,况天之高遠,雖聖人蓋亦有不得而知者,故敬之如君,畏之如師,以寓至敎【★】於不知不言之中,下至戰國【⑥】,猶有以天不降災異【⑦】,恐其棄己者,其慮遠矣哉,至漢儒,誤會洪範【⑧】,始以災祥取必於天【⑨】,某爲某應〔,〕某爲某孽,毫分縷析【⑩】,如援律斷罪【⑪】,甚焉至宰相【⑫】有以天變自敎【⑬】者,蓋論天之義密,而敬天之意荒,其失在人天無別【⑭】矣,西洋則以天爲一大機

注釈:
①春秋:《春秋》。孔子が編纂したとされる儒教経典「五経」の一つ。
②眚:災い、過ち、眼疾の意味。底本は異体字「𤯝」に作る。今改。
③雊雉:雉(キジ)が宗廟の鼎の持ち手にとまって鳴くという凶兆。
 ★《尚書・高宗肜日》高宗肜日,越有雊雉。祖己曰:「惟先格王,正厥事」。乃訓于王。
 ★孔安國《傳》耳不聡之異。
 ★孔頴達《疏》雉乃野鳥,不應入室。今乃入宗廟之內,升鼎耳而鳴。孔以雉鳴在鼎耳。故以爲「耳不聡之異」也。(略)《漢書・五行志》「劉歆以爲鼎三足,三公象也。而以耳行,野鳥居鼎耳。是小人將居公位,敗宗廟之祀也。」後因以「雉雊」為爲變異之兆。
④桑穀: 王宮(朝)に桑と楮(穀:コウゾ、カジノキ)が生えるという凶兆。
 ★《尚書・ 咸有一德》伊陟相大戊,亳有祥桑谷共生于朝。伊陟贊于巫咸,作《咸乂》四篇。
 ★孔頴達《疏》桑穀二木,共生於朝。朝非生木之處,是爲不善之徵。
⑤商書:《尚書》の殷朝に関する諸編の総称。ここでは〈高宗肜日〉と〈咸有一德〉(正しくは逸書である《咸乂》の序文)
★敎:「教」の正字体。
★敎:「教」の正字体。
⑥戰國:中国史における戰國時代(前475-前221年)。所謂る百家争鳴の時代である。
⑦天不降災異:「天は災異を下さない」。荀子の天人分離説か。
⑧洪範:《尚書・洪範》。五行相剋説や五行相生説が説かれている。
⑨始以災祥取必於天:天譴説や災異説の発生をいう。
 ※災異説は、天地自然が「気」を介してヒトの行為(政治)と感応することで天災や異常現象が引き起こされると考え、基本的に機械論的自然観にもとづく。つまり為政者の内面がどうあれ、道徳性がどうあれ、行為(政策)自体が適正であれば、災異は予防できる。天譴説は、目的論的自然観にもとづき、天災や異常現象は為政者への譴責と解釈する。つまり為政者の道徳性が重要であり、為政者が身を修めなければ更なる厄災が生じる。
⑩毫分縷析:詳細で精密な分析。
 ★《元史・卷205・姦臣傳・桑哥傳》時桑哥以理算為事,毫分縷析,入倉庫者,無不破產,及當更代,人皆棄家而避之。
⑪援律斷罪:天譴説、災異説、時令説など、漢代には天文現象や災害や諸々の異常事態の発生機構を目的論的自然観によって理解し、政治に反映させることで事態の沈静化を図るという思想が有力だった。陰陽刑徳説
⑫宰相:災異説を振りかざした宰相といえば、王莽であろうか。董仲舒は博士官にとどまっている。
⑬敎:「教」の正字体。
⑭人天無別:「天人之分」が無い、つまり「天人合一」の立場をとっている。「天人合一」とは、天地自然(天)とヒト(人)は同じ「気」で構成されているため、互いに感応し合っているという世界観。

(31頁表)

關【①】,月及五星皆地球【②】,與是地【③】運轉於大虚中,而日則中處不動,月之於我【④】,猶我之於月,故我之日食,則月之月食,月之日食,則我之月食,雖異如彗孛【⑤】,其出皆有常度【⑥】,不足以爲變,天之與人,邈焉【⑦】不相接,其説忽聞可驚,徐而察之,蓋亦有不盡誣【⑧】者焉,然二極【⑨】之爲軸,孰使氣運動不止,而二極之外,恒星之上,又有何物以包之,其不可得而知者,彼【⑩】亦竟不能得而知焉,則亦何貴於夫知【⑪】哉,且夫天之與地,雖邈焉【⑫】不相接,而元氣【⑬】則充塞乎其間矣,是氣也,動而爲風,蒸而爲雲,

注釈:
①一大機關:大きな機械。ここでは、西洋が機械論的自然観を唱えると述べ、東洋の目的論的自然観(天人合一・天人相関・天譴説・災異思想)と対比している。
②地球:「土でできた球体」の意味。いわゆる地球(the earth)ではない。中国古代の天文学では、月・五惑星を「気」の集合体、つまり一種のエネルギー体として捉えていた。息軒は、そうではなくて、地球と同じ実体を伴う物体だと説明している。
③地:「地球」の意味。
④我:地球側。以下では、日蝕・月蝕時の太陽・月・地球の配置について説明している。例えば、地球で月蝕(月が地球の影に入る)が観測されている時は、月ー地球ー太陽の配置になっているため、月面からは日蝕(太陽が地球で覆われる)が観測される。地球で日蝕(太陽が月で覆われる)が観測されている時は、地球ー月ー太陽の配置になっているため、月面からは月蝕というか地球蝕(地球が月の影に入る)が観測される。
⑤彗孛:彗星。
⑥常度:周期性。一定の度合で恒常的に発生すること。
⑦邈焉:遥かに遠い様子。
⑧誣:事実でないことを偽って言うこと。欺くこと。
⑨二極:天の北極と南極。
⑩彼:西洋人
⑪夫知:東洋の聖人の知。
⑫邈焉:遥かに遠い様子。
⑬元氣:中国哲学の宇宙論において、万物を構成する原初の物質で、エネルギーをまとった素粒子の様なイメージを持つ。生命万物の生成消滅は、この「元気」の離合集散によって説明される。用例としては、《鶡冠子》が初出(《鶡冠子》の成書年代は漢代以降)。

(31頁裏)

和而爲雨露,逆而爲氛祲【①】,寒溫燥濕,皆其所爲,而其原則出於天矣,人之生於是氣也,猶魚之居於水中。動靜云爲【②】,不能不與之相觸,觸而順,則祥氣應,觸而逆,則孽氣應,氣應則天亦應也,故群呼於海,波浪大湧,檑鼓【③】於山,雲雨立(たちどころに)至,吉凶之應,亦猶是耳,聖人知其然也,特歷象【④】天之可知而有益於人者,敬授民時,而其不可知者不復強求其理,畏而敬之,以爲修身之資(たすけ),雖烈風迅雷,不敢以惰容【⑤】接之,況於彗孛【⑥】非常之變乎,故桑穀【⑦】妖也,懼以修德【⑧】,殷道復興【⑨】,麟鳳祥【⑩】也,誇以黷武【⑪】,漢社【⑫】殆屋【⑬】,是故暴【⑭】君無祥、而仁主無妖,然

注釈:
①氛祲:霧。または妖気。
 ★王僧達《七夕月下》運山斂氛祲,廣庭揚月波。
 ★《晉書・卷49・阮籍傳》氛祲既澄,明自朗,臣亦何可爝火不息。
②云爲:言行
③檑鼓:太鼓を叩く。
④歷象:「暦象」。天文現象を観察して暦を作成すること。古代中国において為政者の最も重要な任務は暦(Calendar)の作成であり、それは同時に農作業の年間予定表(Schedule)でもあった。
 ★《尚書・堯典》乃命羲・和,欽若昊天、暦象日月星辰、敬授人時。
⑤惰容:怠けてだらしない姿。ほっとして気をゆるめる様子。
⑥彗孛:彗星
⑦桑穀:王宮(朝)に桑と 楮(穀:コウゾ、カジノキ)が生えるという凶兆。
 ★《尚書・ 咸有一德》「伊陟相大戊,亳有祥桑谷共生于朝。伊陟贊于巫咸,作《咸乂》四篇」。孔頴達《疏》「桑穀二木,共生於朝。朝非生木之處,是爲不善之徵」。
⑧桑穀妖也,懼以修德:殷王朝の故事。殷王太戊が即位した時、桑と楮(穀:コウゾ、カジノキ)が宮殿(朝)内に生え、一夜にして大木となるという怪奇現象が起こった。殷王太戊は恐れおののき、宰相伊陟(殷朝建国の功臣である伊尹の息子)に相談したところ、”徳を修めればよい(=祭祀を執り行う必要はない)”と言われ、その通り身を慎んだところ、二本の木はたちまち枯れてしまった。その後、殷朝の勢力は再び盛んとなり、諸国が帰順し、太戊は中宗と称えられた。
 ★《史記・殷本紀》帝雍己崩,弟太戊立,是為帝太戊。帝太戊立伊陟為相。亳有祥桑谷共生於朝,一暮大拱。帝太戊懼,問伊陟。伊陟曰:「臣聞妖不勝德,帝之政其有闕與。帝其修德。」太戊從之,而祥桑枯死而去。(略)殷復興,諸侯歸之,故稱中宗。
⑨殷道復興:殷道は、殷朝の礼制。
 ★《史記・殷本紀》帝武丁祭成湯,明日,有飛雉登鼎耳而呴,武丁。祖己曰、「王勿憂,先修政事」。(略)武丁修政行德,天下咸驩,殷道復興
 ★崔鴻 《十六国春秋・巻98・北燕・錄1》太平十七年春二月,北部人趙壽女既嫁,化為男子,娶妻而無子。跋問群臣曰、「此何祥也」。尚書左丞傅權對曰、「西漢之末,雌雞化為雄,陰變為陽,君替臣,僭之象。卒有婦人專寵,王莽簒立。況今女化為男,臣將為君之徵也」。跋曰、「將何以禳之」。權曰、「桑榖生朝,太戊修徳而殷道以興。熒惑守心,宋景責躬而延齡二紀。惟修身崇善,可以轉禍為福耳」。
⑩麟鳳祥:鳳凰が庭木に止まり、麒麟が庭を歩く。引いて、天下泰平の象徴する。(当初、「麟鳳〔呈〕祥」と「呈」字を補ったが、「桑穀妖也」と対句表現になることを鑑み、底本通りとする。)
 ★《韓詩外伝・巻5》關雎之道也,萬物之所繫,群生之所懸命也,河洛出圖書,麟鳳翔乎郊,不由關雎之道,則關雎之事將奚由至矣哉。
⑪黷武:武力を乱用して自ら「徳」を汚すこと。
 ★《後漢書・虞傅蓋臧列傳》勳曰、「臣聞『先王燿德不觀兵』。今寇在遠而設近陳,不足昭果毅,秪黷武耳」。
⑫漢社:漢朝の社稷、引いては漢朝の命脈。
⑬屋:動詞「終わる」に訓む。
 ★沈德符《萬暦野獲編》李鋼用之于靖康而宋社屋。
⑭暴:底本は異体字に作る。今改。

(32頁表)

則彗之出於今日,其亦天之所以眷【①】昭代【②】也夫,

注釈:
①眷:かえりみる、めぐみ、なさけ、みうち(身内)
②昭代:政治が清廉な時代。多くは、「当代」「本朝」を指す。
 ★崔涂〈問卜〉不擬逢昭代,悠悠過此生。

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