安井息軒〈文会社約〉00b・本文

(76頁)

難得者友,易失者時,人情所歎,自古而然,然當其相得之時,慮不及此,往往視爲常事〔,〕而又或爲官途所局【1】,爲事故所碍,每不得盡其忠【2】與歟【3】,煙飛雲散【4】,所與居者,一旦有故,率武人俗吏,否則農夫漁叟【5】,語焉而不能通其意,歌焉而不能和其聲,年華【6】旣落,感慨交集【7】,平生交游,邈若【8】參商【9】,當是之時,囘思夫視以爲常事者,始喩【10】其爲難得之時也,方旦【11】悵悵【12】焉,慼慼【13】焉,齎【14】恨【15】以入地【16】,亦已晩矣,///然則我數人者之聚首【17】於此都【18】,不宜不早爲之計也,況今天假我以歳月【19】,優我以閒散【20】【21】,所在雖異,其業則同,則亦吾曹【22】千載【23】之一時矣,諺曰,臨戰作翦【24】【25】,誚【26】其不及時也,請月一爲會,會必以文,已從曾子【27】輔仁【28】之義,庶【29】乎得免離群【30】多過之歎,與文人詞客撫今慨昔【31】之感也,夫會宜有約,請試言其略。
 

注釈:
1.    局:“曲がる・縮まる”の意味
2.    忠:誠心誠意、誠実。「忠」はもともと“誠実”ぐらいの意味で、本来は(春秋戦国時代)君主から臣下に対する徳目だった。後に臣下より君主に対する一方向性の徳目(忠誠)へと変わった。
3.    與歟:疑問の終助詞「か」。
4.    煙飛雲散:煙や霧が、風や日の光にあって散ったり消えたりするように、物事が、あとかたもなく消えてなくなること
5.    叟:「翁」。
6.    年華:年月、歳月
7.    交集:悲喜こもごも。(異なった感情や物事が)こもごも至る,同時に現れる。万感胸に迫る。
8.    邈若:まるで~のように遠い。陳子昂〈祭韋府君文〉「昔君夢奠之時,値余寘在叢棘。獄戸咫尺,邈若山河」。
9.    參商:別れ別れになった者同士が、なかなか再会できない比喩。
◯曹植〈與吴季重書〉「面有逸景之速,別有參商之闊」(会っているときには時が経つのがとても速く感じられるのに、別れてしまうと夏の星座であるオリオン座の三つ星と、冬の星座であるさそり座のアンタレスほどの隔たりを感じる) ※オリオン座とさそり座は、同時に空に現れない。
10.   喩:「諭」(さとす)と同じ。ここでは「悟(さと)る」の意味。
11.   旦:夜明け。
12.   悵悵:心を痛め、恨み嘆く様子。
13.   慼慼:不安や心配などで心を痛める様子。 憂える様子。
14.   齎:底本誤りて「齋」字に作る。今改。
15.   齎恨:恨みを抱くこと。
◯《後漢書・馮衍傳》「由是為諸王所聘請」句下、章懷太子注「衍年老被病,恐一旦無祿,命先犬馬,懷抱不報,齎恨入冥」。
16.   入地:埋葬されること。死ぬこと。
17.   聚首:一堂に会する。集まる。
18.   此都:江戸を指す。
19.   假我以歳月:私の寿命に数年を加えれば、私がもう少し長生きできれば。
◯《史記・孔子世家》孔子晚而喜《易》,序《彖》,系《象》,《說卦》・《文言》。讀《易》,韋編三絶。曰,「假我数年,若是,我于《易》則彬彬矣」。
20.   閒散: 閑散。①ひっそりと静まりかえっていること。②仕事がなくて暇なこと。
21.   優我以閒散:優待として休暇を与えること。余暇があること。
22.   吾曹:吾輩。我々。
23.   千載:千年。千載一遇。
24.   翦:矢。
25.   臨戰作翦:「戦を見て矢を矧ぐ」。事態が起こってから、慌てて対処に取り掛かること。当然予想される事態に対して、事前の準備を怠ること。「盗人を見て縄をなう」と同じ。
26.   誚:しかる、せめる,そしる。
27.   曾子:孔子の弟子。《孝経》の作者。
28.   曾子輔仁之義:曾子が説いた「輔仁」の意味。
◯《論語・顔淵》曾子曰、「君子以文會友、以友輔仁」。(曾子曰く、「君子は文を以て友と會し、友を以て仁を輔(たす)く)」と。)
29.   庶:近い。
◯《論語・顔回》子曰、「回也其庶乎」(回や、其れ庶(ちか)からんか)。
30.   離群:群から離れること。仲間はずれになること。
31.  撫今慨昔:目の前の情景から昔日の事を思い出し、懐かしむこと。
◯白玉蟾《悲秋辞》「感今慨昔令人愁,乃知宋玉非悲秋」。 

(77頁)

一、會之地,旋相爲主,直【1】者有事,請次直者爲之,事平,仍承其後,至花林月【2】【3】,固韵【4】人所激賞,吾曹【5】雖不屑屑【6】乎此,然境【7】與事會,意更超絕,且供設【7】旣輕,東西何妨【8】,自非俗流嗔【9】闐【10】之地,時一游之,亦藝林【11】韵【12】事也,然此宜臨時别義,不容【13】豫定。///

一、會之人,交無新故,唯其雅,去者不追,來者不拒,一任自然,然太寡則閴【14】。太衆則喧,宜以六七名至十名爲限,但緇徒【15】女流【16】,斷在所却,惡其非類也。///

一、會之題,主人必命二頁以上,以備後會【17】結撰【18】,文心【19】之宣也,命題起筆,本屬繆舉【20】,然吾曹淺學,不得不姑借【21】之以肆業【22】,若題果不入心,或則有緊急文字,不妨題外爲之,以通其窮,庶機不失文章本旨也。///

一,會之文,分而評之,各一篇,人若少文多,從宜分之。主人掌其政,旣歸之後,盡心討論,不腹非而口善之,果係合作【23】,亦粗加評點,以獎賞之,夫旣有賞,宜立罰以濟之,若有文不成者,酒客禁其飲,戸【24】小者浮白【25】七舉【26】,可以飲,可以無飲者,專任批評之責。///

一,會之饗,肴限二味,主人適有所獲,或菜菓【27】助歡【28】,不妨限外設之,飯取果腹【29】,酒期於暢情【30】,客不必辭,主人不必勸,已從易簡【31】,語【32】曰,花觀未開,酒賞微醺【33】【34】,凡事須留餘地,以求其好,況此狂藥【35】,無量必亂【36】,不必藉口【37】於尼父【38】以期沾【39】首也。///

一、會之事,群居言義【40】,固其所也,然張而不弛【41】,聖者【42】不能,況於吾曹【43】乎,書畫至矣,
 

注釈:
1.    直:あたる。「宿直」「当直」の「直」。
2.    照:底本は「沼」字に誤る。今改。
◯張若虚〈春江花月夜〉「月照花林」。
3.    花林月照:美しい夜景を指す。
◯張若虚〈春江花月夜〉月照花林皆似霰(月 花林を照らす、皆な霰(あられ)に似たり)
4.    韵:おもむき(趣き)
5.    吾曹:吾輩、我々。
6.    屑屑:こせこせする様子、小事にこだわる様子。
7.    境:心境、心象風景、世界観。 盛唐の文人官僚であった王昌齢が《詩格》で提唱した文学理念で、創作時に“対象の深奥をとらえるために、心のなかに設けられた場”の意味。対象そのものではない。
8.    供設:設置すること。
◯董仲舒 《春秋繁露・天地之行》「供設飲食,候視疾,所以致養也」。
9.    東西何妨:未詳。“どこであれ支障はない”という意味か。
10.   嗔:いかる。怒り恨むこと。
◯洪亮吉《水調歌頭》倘荷化工允,寧俱俗流嗔。
11.   闐:満ちる、あふれる。按ずるに「嗔」「闐」は通用す。
◯《説文・口部》「嗔,盛氣也。《詩》曰「振旅嗔嗔」」。今《詩・小雅・采芑》作「闐闐」。
◯《説文・門部》「闐,盛氣貌」。
12.   藝林:芸術家の仲間、文学者の社会。芸苑。 芸事をする人々の仲間。
13.   容:ゆるす。
14.   閴:しずか。ひっそりとしている様子。
15.   緇徒:僧侶。「緇」は黒衣。
16.   女流:女性作家。
17.   後會:後日、再会すること。
18.   結撰:文章に表わすこと。集中すること。
19.   文心:詩文を創作しようという心、創作意欲。
◯《文心雕龍》「夫「文心」者,言為文之用心也。昔涓子《琴心》,王孫《巧心》,心哉美矣,故用之焉。古來文章,以雕縟成體,豈取騶奭之群言雕龍也」(「文心」とは、精神(心)を文学の創作活動に向けるという意味である。昔、涓子はその著書に《琴心》と名づけ、王孫子はその著書に《巧心》と名づけた。「心」とは、なんと美しい言葉であろうか。いま文学を論じた本書に、この「心」という字を用いたのは、このためである。)
※あるいは、本文の「文心」は書名《文心雕龍》を意味し、「《文心雕龍》は以下のように宣言している」云々の意味かもしれない。待考。
20.   繆舉:誤った学問を雑駁に並べ立てること。「繆學雜舉」の略。
◯《荀子・儒效》「略法先王而足亂世術,繆學雜舉,不知法後王而一制度,不知隆禮義而殺詩書繆學雜舉,不知法後王而一制度,不知隆禮義而殺詩書」(略ぼ先王に法りて而も世術を亂すに足り、繆學雜舉し、後王に法りて制度を一にするを知らず、禮義を隆(とうと)びて詩書を殺ぐことを知らず、(略)、是れ俗儒なる者なり)
21.   姑借:借りる。
22.   肆業:修行する。在学する。
23.   果係合作:文義未詳。“提出された詩文が複数人による合作の場合”の意味か。
24.   戸:酒量。
25.   浮白:罰酒。
◯劉向《説苑・善説》「魏文侯與大夫飲酒,使公乘不仁為觴政,曰「飲不釂者,浮以大白」。文侯飲而不盡釂,公乘不仁舉白浮君」(魏の文侯が大夫らと一緒に酒を飲んでいて、公乘不仁という臣下に場を仕切らせ、「一息に盃を空にできなかった者は、罰(浮)として大白(ペナルティ用の大杯)」と言わせた。(〔日本の宴席では酒を注がれた者だけが杯を空けるが、中国の宴席では献杯した者とされた者が同時に杯を空ける。〕文侯も乾杯して飲んだが、一息に杯を空けることができなかった。すると、公乘不仁はルールに従い、君主である文侯にペナルティを宣告して「大白」を手渡した。)
26.   浮白七舉:罰として酒を七杯飲むこと。
27.   菜菓:野菜と果物
28.   助歡:“場を盛り上げるための足し”。
◯《春秋左氏伝・莊公十八年》「王饗醴,命之宥」。杜預注「既行享禮而設醴酒、又加之以幣帛、以助歡也。賓、助也。」
29.   果腹:満腹すること。
30.   暢情:情を尽くすこと。
31.   易簡:手軽なこと。
32.   語:ここでは、恐らく洪応明《菜根譚》を指す。
33.   微醺:ほろよい。
34.   花觀未開,酒賞微醺:“花は半開き、酒はほろ酔いが一番よい”の意味。何事もピークよりも、ピークに達するちょっと手前の時が一番楽しい。
◯洪應明《菜根譚・後集・122段》花看半開、酒飲微醉。此中大佳趣。若至爛漫骸醄、便成悪境矣。履盈滿者、宜思之。
35.   狂藥:酒。
36.   無量必亂:“もし酒量に制限がなければ、必ず酔っ払って見苦しいことになる”の意味。
◯《論語・郷黨》唯酒無量、不及亂。(唯だ酒のみは量無し、亂るるに及ばず)。
37.   藉口:その事にかこつけること。それを口実とすること。
38.   尼父:孔子に対する尊称。孔子の名前が「仲尼」であることから。孔子は酒をよく飲んだが、どんなに飲んでも決して乱れる(=酔っ払って羽目を外したり、酔いつぶれたりする)ことはなかったという。
◯《論語・郷黨》唯酒無量、不及亂。(酒量は決まっていないが、酔っ払うまではいくことはない)
◯《論語・子罕》不為酒困,何有於我哉。(酒で酔っ払うことはない)
39.   沾首:酒を飲むこと。「沾」は「うるおす」
40.   群居言義:大勢が集まって人道(義)について語る。 
◯《論語・衛霊公》子曰、「群居終日、言不及義、好行小慧、難矣哉」(子曰く、「群居して終日、言 義に及ばず。好んで小慧を行う。難いかな。)
41.   張而不弛:“ずっと気を張って、片時も緩めない”の意味。
◯《禮記・雑記下》子貢觀於蜡。孔子曰「賜也樂乎」。對曰「一國之人皆若狂,賜未知其樂也」。子曰「百日之蜡,一日之澤,非爾所知也。張而不弛,文武弗能也。弛而不張,文武弗為也。一張一弛,文武之道也。」
42.   聖者:聖人・聖王。ここでは周王朝の文王・武王を指す。
43.   吾曹:我ら、吾輩 

(p.78)

 
琴碁高矣【1】,或笛【2】,或笙【3】,或吟【4】,或嘯【5】,或僊僊【6】而舞,或鳥鳥【7】而歌,或議論風生【8】,或善謔【9】泉湧【10】,亦各從其好也,獨不許論當世文人短長,恐其啓阿黨【11】之端也。///

一、會之日,月以望【12】爲期,有疾病事故,不得赴會者,必先期報之,否則如文不成之罰【13】者,果急劇【14】不得報,許五日內送文贖罪,出五日仍罰【15】之,病者不在此限。///

飴【16】一也,堯以養老,〔蹠〕【17】以黏健【18】,顧用之者如何耳,此擧固善,若乃【19】實與名稱,始終其美,亦在諸君善用之矣,敢告【20】。///(了)
 

注釈
1.    書畫至矣,琴碁高矣:“琴・囲碁・書道・絵画の四芸が至高である”の意味。「琴棋書画」ともいい、中国では、知識人(士大夫・文人)たる者は、琴・囲碁・書道・絵画を嗜むべきとされた。
2.    笛:雅楽で用いられる横笛。
3.    笙:雅楽で用いられる管楽器。七本の長さの異なる管からなる。
4.    吟:詩歌や俳句を吟詠すること。
5.    嘯:詩歌などを低い声で吟詠すること。
6.    僊僊:軽やかに舞う様子
7.    烏烏:歌うこと。
◯《漢書・公孫劉田王楊蔡陳鄭傳》「家本秦也,能為秦聲。婦,趙女也,雅善鼓瑟。奴婢歌者數人,酒後耳熱,仰天拊缶而呼烏烏。」
8.    議論風生:盛んに語り論ずること。
◯朱國楨《湧潼小品・劉羅陶仙遊》「貴鄉羅近溪健甚,前來就余潭。昨又來,皆竟日,議論風生,勝昔時。」
9.    善虐:ジョーク。《詩經・衛風・淇奧》「善戲謔兮、不為虐兮」。
10.   泉湧:泉の様に次々と湧いてくる様
11.   阿黨:権力者に阿(おもね)る追従者。
12.   望:旧暦でいう毎月15日。満月の頃。
13.   罰:底本は異体字「罸」に作る。上文は「罰」に作る。今改。
14.   急劇:変化や行動などが非常に急で、激しいこと。
15.   罰:底本は異体字「罸」に作る。上文は「罰」に作る。今改。
16.   飴:飴玉。
17.   蹠:底本は、印刷不鮮明により、一字空白。今、《淮南子・説林訓》などを参照に、「蹠」字を補う。「蹠」は伝説の大泥棒「盗蹠」を指す。
18.   黏健:飴で鍵の型を取ること。盗人の技術。
◯《淮南子・説林訓》柳下惠見飴曰、「可以養老」。盜蹠見飴曰、「可以黏牡」。見物同,而用之異。
◯張岱〈快園道古〉故飴一也,。伯夷見之謂「可以養老」。盜蹠見之謂「可以沃戶樞」。二三子聽餘言而能善用之,則黃葉止啼,未必非小兒之良藥矣。
19.   若乃:文脈としては「乃ち~の若(ごと)きは」と訓読するのが妥当だが、その場合、「乃若」の語順となる。あるいは誤植か。今改めず。
◯ 《孟子・告子上》孟子曰「乃若其情則可以爲善矣,乃所謂善也。若夫爲不善,非才之罪也。」
20.敢告:結語。上奏文の形式で、末尾を「敢告之」で締める。

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