中村正直〈記安井仲平托著書事〉02

02-01

原文02-01:仲平名衡,安井氏,號息軒。住江戸,以經邃行脩,久擅名干世。其學以實事求是爲主,以虛心察善爲務,絕無黨同伐異之見。

訓読02-01:仲平、名は衡、安井氏、息軒と號す。
 江戸に住みて、經邃行修を以て、久しく名を世に擅(ほしいまま)にす。其の學は實事求是を以て主と爲し、虛心善を察するを以て務(つと)めと爲し、絕(たえ)て同に黨し異を伐つの見無し。

意訳02-01:息軒(仲平)は〔、字(あざな)は仲平〕、名は衡、姓は安井氏、息軒と号しています。
 江戸に住んでおり、経学方面の学識の深さと徳行の高さ(經邃行修)で、長年その名を広く世に知られています。その学問は〔朱子学ではなく〕考証学(實事求是)を中心とし、〔さりながら学派的立場に囚われることはなく〕虛心に最善の解釈を選ぶようにつとめ、身贔屓をしたり、学派を異にするというだけで反対するような〔狭量な〕見解は全くありません。

02-02

原文02-02:余甚慕之,雖嚢爲同僚,晨夕共事,而未嘗不以先生長者視之也。

訓読02-02:余甚だ之を慕ひ、嚢は同僚爲(た)りて、晨夕事を共にすと雖も,而も未だ嘗て先生長者を以て之を視ずんばあらざるなり。

意訳02-02:私は非常に彼のことを尊敬していて、〔確かに私は彼と同じ昌平坂学問所の儒官であり、〕俸給の上では同僚で、朝から晩まで仕事を共にしているのですが、いつも彼のことを先生や年長者として見ています。

02-03

原文02-03:其友鹽谷毅侯文章冠關左,爲仲平叙其書,仲平之人與學,可概見也。

訓読02-03:其の友鹽谷毅侯は文章關左に冠たり。仲平の爲に其の書を叙す。仲平の人と學と、概見すべきなり。

意訳02-03:彼の友人の鹽谷宕陰(毅侯)は、文章において東方〔の我が日本国〕に冠たるものがあります。〔その宕陰が〕息軒(仲平)のためにその著書の序文を書いたのです。息軒(仲平)の人となりと学識とが、おおよそ見てとれるでしょう。

02-04

原文02-04:鳴呼,仲平年已七十矣。尚能從事編纂。螢窓雪案,未嘗暫廢。知己難遇,賞音甚寡。而欲傳其著書於海外。其志亦可悲矣爾。

訓読02-04:鳴呼(ああ)、仲平年已に七十たり。尚ほ能く編纂に從事す。螢窓雪案,未だ嘗て暫(しばら)くも廢せず。
 知己遇ひ難く、賞音甚だ寡なし。而して其の著書を海外に傳へんと欲す。其の志も亦た悲しむべきのみ。

意訳02-04:ああ、息軒(仲平)はすでに70歳です。まだ漢籍の校勘・編集に従事できるのです。寝る間も惜しんで研究をすすめ(螢窓雪案)、一瞬たりともやめようとしません。

 〔ですが、彼ほどの学者ともなれば、日本国内で〕真の理解者(知己)とめぐり合うことは難しく、その著書の真価を正当に評価できる者(賞音)はいたって少ないのです。それで〔理解し評価できる学識の持ち主を求めて、〕その著書を海外に伝えようとしているのです。その気持ちたるや、なんと悲しむべきことではありませんか。

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