安井息軒〈文会社約〉01

(01)

原文-01:難得者友、易失者時。人情所歎,自古而然。然當其相得之時、慮不及此、往往視爲常事。
 而又或爲官途所局、爲事故所碍、每不得盡其忠與歟。一旦有故、煙飛雲散。所與居者、率武人俗吏、否則農夫漁叟。語焉而不能通其意,歌焉而不能和其聲。年華旣落、感慨交集。
 平生交游、邈若參商。當是之時、囘思夫視以爲常事者、始喩其爲難得之時也。方旦悵悵焉、慼慼焉、齎恨以入地,亦已晩矣。


訓読-01:得難き者は友、失ひ易き者は時。人情の歎(なげ)く所、古より然り。然れども其の相ひ得るの時に當たりては、慮此に及ばず、往往にして常の事と視爲(みな)す。
 而も又た或ひは官途の局(ま)げる所と爲り、事故の碍(さまた)ぐる所と爲り、每(つね)に其の忠を盡(つく)すを得ざらんか。一旦故(こと)有らば、煙飛雲散す。與(とも)に居る所の者は、率(おおむ)ね武人・俗吏、否則(しからず)んば農夫・漁叟なり。語るも其の意を通ず能はず、歌ふも其の聲を和す能はず。年華旣に落ち、感慨交(こもご)も集す。
 平生の交游は、邈(とお)きこと參・商の若(ごと)し。是の時に當たりて、思を囘(めぐ)らして夫の以て常事と爲す者を視るや、始めて其の得難きの時なるを喩(さと)るなり。方(まさ)に旦に悵悵焉、慼慼焉とし、齎恨以て地に入るも、亦た已に晩(おそ)し。

意訳-01:得がたいものは〔志を同じくする〕仲間(友)、失いやすいものは〔自分のしたいことをする〕時間(時)。ヒトが心から嘆くことは、昔からそうである。しかしながら、それら〔仲間と時間〕を両方とも手にしている時に当たると、ヒトの考えはここ〔、つまり自分が今まさに仲間(友)と時間(時)の両方を同時に手にしているという、人生においても稀有な時期を過ごしているのだということ〕に及ばず、往往にしてこれを“普通”(常)のことと見なしてしまう。

 そうして、宮仕え(官途)によって〔その志を〕曲げられ、事故によって妨げられ〔て時間を奪われ〕、その〔志の実現に向けて〕誠意(忠)を尽くすことが常にできない。ひとたび何か事故(故)が起これば、〔親友(友)と時間(時)の両方が同時にあるという幸運な状況は、〕煙や霧が風や日光によって散ったり消えたりするように、跡形もなく消えて無くなってしまう(煙飛雲散)。〔ふと気がつけば、〕一緒にいる者といえば、たいてい〔詩文に対して素養も関心もない〕武人や俗吏、さもなくば農夫や漁師(漁叟)である。〔彼らとは、詩文について〕話しても意思を疎通できないし、〔詩歌を〕歌ってもその歌声を調和させられない。〔そうこうしている内に、〕年月(年華)は過ぎ去り、〔「俗世に於いて出世はできたけれど、没後も歌い継がれるような詩文はついぞ作れず仕舞いだった。一度きりの人生、これで良かったのだろうか」といった悲喜こもごもの〕感慨が胸に迫る。

 〔我々の〕日頃の交遊は〔永遠のものではなく、やがてそれぞれが要職につくなどして忙しくなれば、まさに曹植が〈與吴季重書〉で「面すれば逸景の速有り,別れては參・商の闊有り」と詠んだ、決して同時に夜空に昇ることのない〕冬の星座であるオリオン座の三つ星(參)と夏の星座である蠍座のアンタレス(商)のように疎遠になってしまう。その時になって、〔過去に〕思いを巡らせて、あの“普通”(常)のこととしていた状況〔、すなわち同好の親友(友)に囲まれ、時間にも余裕がある現況〕を振り返って、初めてそれが得がたい時であったと悟る。〔気づいた後で、「どうして自分は、あの時間を無駄にしてしまったのか」と〕朝から一日中その心を痛め、恨み嘆き(悵悵)、不安や心配で心を痛め(慼慼)、恨みを抱いたまま(齎恨)墓に入ることになっても、もう遅い。

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