安井息軒〈文会社約〉03

(03)

原文-03:一、會之地、旋相爲主。直者有事、請次直者爲之。事平、仍承其後。
 至花林月照、固韵人所激賞。吾曹雖不屑屑乎此、然境與事會、意更超絕。且供設旣輕、東西何妨。自非俗流嗔闐之地、時一游之、亦藝林韵事也。
 然此宜臨時別義、不容豫定。

訓読-03:一、會の地は、旋(めぐ)りて相ひ主を爲す。直(あ)たる者事有れば、次に直たる者に之を爲すを請ふ。事平らげば、仍ほ其の後を承く。
 花林月照に至りては、固より韵(おもむ)き人の激賞する所なり。吾曹此(ここ)に屑屑せずと雖も、然れども境と事と會すれば、意更に超絕たらん。且つ供設旣に輕ければ、東西何をか妨げん。自ずから俗流嗔闐の地より、時に一たび之に游ぶも、亦た藝林の韵事に非ざらんや。
 然らば此れ宜しく時に臨みて義を別にして、豫定を容れざるべし。

意訳-03:一、本会(會)の会場(地)は、輪番でお互いに幹事役(主)をする。順番に当たっている者に用事があれば、次に当たる者に幹事役をしてくれるよう頼む。用事が片付けば、その〔代わってくれた人の〕すぐ後〔の幹事役〕を引き受ける。

 〔会場の選定だが、初唐の詩人である張若虚が〈春江花月夜〉で「月 花林を照らす、皆な霰(あられ)に似たり」(月照花林皆似霰)と詠んだように、〕満月が花の咲き乱れた木々を照らし出す情景(花林月照)に至っては、もとよりその趣き深さ(韵)は人々の激賞するところである。吾輩はそういうことにこだわりはしないけれども、しかし〔作品を鑑賞して〕心のなかに描き出されたイメージ(境)と事物(事)〔が実際に織りなす眼前の情景と〕が合致すれば、趣向(意)はさらに超絶的なものとなろう。かつ〔気心の知れた者が集まって互いに持ち寄った詩文を品評するだけだから、酒食や給仕に贅を尽くす必要はなく、〕会場設備(供設)〔の負担〕は軽いので、どこで開催するにせよ何の支障もないだろう。おのずと俗物(俗流)にあふれた場所から、一時的にこうした〔「月照花林」の様な美しい〕場所で遊ぶのも、文学仲間(藝林)同士ならではの趣き深さ(韵事)ではないだろうか。

 そうであれば、このこと〔、すなわち会場について〕はその時々に応じて〔春には桜、夏には蛍、秋には紅葉、冬には雪というように〕趣旨(義)を別にするようにして、〔開催地は常にここというように〕予定を決めてしまうべきではない。

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