安井息軒《睡餘漫筆・西洋に地動の說あり》02

02

原文-02:假りに地の周圍を三萬里と立て、日の一晝夜に行く路程、千零九十八萬里は、其の行く事の疾きこと鐵砲玉に千倍すとも、恐らくは行き盡くすこと能はず。世豈に此くの如き速疾の物あらんや。
 此の里數は地動の說に據りて立たざれども、經一圍三の略算にて之を求むに、周圍千零九十八萬里は、徑百八十三萬里なり。日中處するに據れば、之を折半して、九十一萬五千里。地經一萬里を除きて、地面の日を距ること、九十萬零五千里。大抵違はざるべし、

意訳-02:仮に地球の周囲を3万里として、〔もし伝統的な天動説が正しく、太陽が地球の周囲を毎日一周公転していると考えるならば、〕太陽が一昼夜に運行する道のり(路程)である1098万里は〔あまりに長く〕、その進むスピードが鉄砲玉の千倍だとしても、恐らくは走破できない。この世にどうしてこのように異常に速い(速疾)物が存在するだろうか、いや、存在しない(反語)。

 この距離数は〔西洋の〕地動說に立脚したものではないけれども、直径1に対して円周3(經一圍三)〔、つまり円周率が約3である〕という概算(略算)で〔太陽までの距離を〕求めてみると、〔地球の公転軌道の〕周囲1098万里は、〔これを円周率3で割ると、〕直径366万里(183万里)である。太陽が〔地球の公転軌道の〕中心に位置することから、これを折半して、〔地球の公転軌道の半径は〕183万里(91万5000里)。〔ここから地球の周囲3万里を円周率3で割った〕地球の直径1万里を除くと、地表の太陽からの距離は、182万里(90万5000里)。だいたい間違っていないはずだ。

余論-02:天動説の矛盾と公転に関する諸々の距離
 息軒〈地動説〉の内容と重複しているが、挙げている距離の数値が大幅に異なる。

 息軒が〈地動説〉で挙げていた数値は、中国の伝統的尺度と見なして1里=0.4~0.5kmでメートル法に換算すれば、ほぼ現代天文学の学説と一致した。
 だが、本段の数値は中国の尺度と見なしても、日本の伝統的尺度(1里=4km)と見なしても、もちろんメートル法と見なしても(日本がメートル法を導入するのは明治24年(1891))、英米のマイル法と見なしても、全く合致しないし、そもそも本段で挙げる地球の円周3万里や公転軌道の円周1098万里が、何にもとづくかが分からない。

 さらに、公転軌道の円周距離1098万里として、これを円周率3で割って、公転軌道の直径を算出しているが、366万里となるべきところを、息軒は183里に誤っている。その後、これを2で割って半径を求めているが、183万里となるべきところを、91万5000里に誤っている。

 なお、本段と息軒〈地動説〉とミューヘッド《地理全志》が挙げる数値を比較すれば、下記の通り。

①地球の直径:現代 1万2742km=日本3185里、中国3万1855里
      :息軒 本段 約1万里
      :息軒〈地動説〉 約3万5000里
      :《地理全志》 赤道直径2万6400里、極直径2万6300里
②地表-太陽間:現代 1億4960万km=日本3740万里、中国3億4960万里
      :息軒 本段 90万5000里(息軒の計算ミス。本来は182万里)
      :息軒〈地動説〉 3億1700万里
③公転軌道の直径:現代 2億9921万km=日本7480万里、中国7億4803万里
      :息軒 本段 183万里(息軒の計算ミス。本来は366万里)
      :息軒 〈地動説〉6億3403万5000里
      :《地理全志》 6億3000余万里
④公転軌道の距離:現代 9億3948万8000km=日本約2億里、中国約20億里
      :息軒 本段 1098万里
      :息軒 約20億里余り(20万万里)
      :《地理全志》 21億6300万里
⑤大陽の体積:現代天文学 地球の約130万倍
      :息軒 138万4470倍
      :《地理全志》 138万4470倍

 鉄砲玉云々の説明は、仮に天動説が正しく、太陽が地球の周囲を日周していると仮定すると、太陽は地動説に於いて地球が1年かけて周回しているとされる距離をたった1日で走破せねばならず、無理があるというものである。

 モノの運動の見かけ上の動きは、観測者と対象の相対速度で決まる。だから、実は地球は完全に静止しており、全宇宙が地球を中心に日周運動しているのだと言い張ることも、一応は可能である。確か、一部のキリスト教原理主義者がそうした理屈で持って、キリスト教的天動説と現代天文学の観測結果をすり合わせていたように思う、知らんけど。
 ただその場合、地球から最も近い距離にあるアンドロメダ星雲でさえ、220万光年×2×3.14の距離を24時間で周回せねばならず、光速度不変性、つまり”物体の速度は光速度を越えられない”という特殊相対性理論の大原則と矛盾を来たす。それくらいなら、”地球が自転している”と考えたほうがシンプルで、無理もない。

 息軒が言わんとしているのは、そういうことである。


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