中村正直〈記安井仲平托著書事〉01

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原文00:〈記安井仲平托著書事〉
訓読00:〈安井仲平著書を托する事を記す〉

意訳:〈安井息軒(仲平)に著書を托された事情について記す〉

01-01

原文01-01:余頃受英國留學都統之命。世人未甚知之也。而安井仲平獨先知之。一日來訪。余喜邀之。

訓読01-01:余頃(このころ)英國留學都統の命を受く。世人未だ甚だしくは之を知らざるなり。而るに安井仲平獨り先に之を知る。一日來り訪(おとな)ふ。余喜びて之を邀(むか)ふ。

意訳01-01:私は、そのころイギリス留学グループの引率者という幕命を受けていました。世間の人々はまだほとんどそのことを知りませんでした。しかし安井息軒(仲平)だけは、先にこのことを知っていました。ある日、〔息軒(仲平)が私の家を〕訪ねて来ました。私は喜んで迎え入れました。

01-02

原文01-02:仲平則曰:「聞子奉命赴英國。因欲托子以一事。肯聽從否」。余曰:「先生有命,苟力可能,豈敢違哉」。仲平笑出一部書。即《管子纂詁》。余所嘗觀者。

訓読01-02:仲平則ち曰く、「子命を奉じて英國に赴くと聞けり。因りて子に托すに一事を以てせんと欲す。肯(あへ)て聽從するや否や」と。余曰く、「先生の命と有らば、苟も力めて能ふべくんば、豈に敢(あへ)て違(たが)はんや」と。
 仲平笑ひて一部書を出だす。即ち《管子纂詁》なり。余の嘗て觀る所の者なり。

意訳01-02:息軒(仲平)が言いました、「君が幕命を帯びてイギリスへ赴くと聞いた。それで、君にある事を頼みたいのだが……。聞き入れてくれるだろうか」と。私は言いました、「先生のご命令とあらば、私にできることなら、何だっていたしますよ」(先生のご命令とあらば、それが努力して実行可能なことであれば、どうしてご命令に背くだろうか、いや決して背かない)と。

 息軒(仲平)は笑って一冊の書物を取り出しました。それは《管子纂詁》でした。私はかつて読んだことがある書物です。

01-03

原文01-03:於是,仲平手授是書曰:「子赴英國,必道由蘇松。蘇松者學士文人之淵藪也。請攜此書,贈之彼國人。或者余著書得傳于彼邦,亦仲平一幸也」。

訓読01-03:是に於ひて、仲平手づから是の書を授けて曰く、
「子英國に赴くに、必ず道に蘇松に由らん。蘇松は學士・文人の淵藪なり。請ふ此の書を携へ,之を彼の國の人に贈れ。或ひは余の著書彼の邦に傳ふるを得ば、亦た仲平の一幸なり」と。

意訳01-03:こういう次第で、 息軒(仲平)は私にこの書物を手渡して言いました。

「君がイギリスへ赴くにあたって、必ず道中で清国蘇松道(現在の上海市とその隣接区)を経由するはずだ。清国の蘇松道といえば、学者と文人が大勢集まっている場所だ。どうかこの本を持って行って、向こうの国の人に贈って欲しい。もし自分の著書が向こうの国に伝わったなら、息軒(仲平)にとってささやかな幸せというものだ」と。

01-04

原文01-04:余謹諾之。仲平則喜色揚揚溢於面矣。是日,對斟。兩人盡酒斗許。及夜而散。

訓読01-04:余謹んで之を諾す。仲平則ち喜色揚揚として面に溢(あふ)る。
 是の日,對斟す。兩人酒斗許(ばか)りを盡す。夜に及びて散ず。

意訳01-04:私は謹んで承諾いたしました。息軒(仲平)喜色満面でした。

 この日は、二人だけで飲みました。二人で1斗(10升)ほど空けました。夜になって、お開きにしました。

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