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4月28日 The Ethics of Social Responsibility 社会的責任と倫理

おはようございます。今朝も #ドラッカー #365の金言  からスタートしましょう。
本日 #4月28日
テーマは、 #The_Ethics_of_Social_Responsibility (社会的責任の倫理)
#社会的責任と倫理

それでは、本日の金言です。

#企業倫理とはカズイストリー (決疑論)である。


 企業倫理とは何か。西洋哲学の歴史家ならばカズイストリー(決疑論)*だと答える。カズイストリーは、支配者たる者は、個人として求められる倫理と国家に対する責任とのバランスをはからなければならないとする。つまり、普通の人に適用されるルールは、社会的な責任をもつ者には適用されないということである。彼らにとって、倫理とは、個としての良心と、地位による責務との孝量によって定まるべきものである。すなわち、支配者は支配される者の利益を優先すべきであるがゆえに、一般の倫理を免除されるとする。
 かくして独占禁止法違反も、カズイストリーからは殉教とまではいかなくとも美談と変わりうる。
 1950年代末に起こった重電談合事件では、GEの幹部数人が発電用機器の受注について、ウェスチングハウスおよびアリス・チャーマーとの間で談合を行なったとして懲役刑を受けた。しかしこのカルテルは、3社のうち最も弱体だったアリス・チャーマーを守るためのものだった。事実、カルテルが解散させられるや、同社はタービン事業からの撤退と1000人を越える従業員のレイオフを余儀なくされたのだった。

『すでに起こった未来』139~145ページ

*訳注 倫理と義務の選択において義務を上位におく理論

ACTION POINT
#これまで行なったカズイストリー的な決定を2つあげてください
#振り返って 、#どうすべきだったと考えますか。

本日のテキストは、『すでに起こった未来』Ⅳ部 社会的機関としての企業 7章 企業倫理とは何か>決疑論ー社会的責任の倫理 139~145ページ より。

企業倫理とは何?

企業倫理(きぎょうりんり、: business ethics)とは、企業行動とそれを実現する企業内における人間の行動に関して、意思決定の根幹となるもので、自然人の倫理にあたるものである。
企業の行動は投資家、消費者などのステークホルダーに大きな影響を与え、あるいは社会や環境に深刻な被害を与えるものであり、企業の行動は常に高い倫理性をもって行われなければならない。 現実の企業においてはいかに掲げる種々の事柄と強く結び付くことによって、経営者をはじめとした企業体の行動に関係する一人一人の人間が、個々の現場において倫理的に正しい判断を行うことによって企業の倫理は守られている。京セラ創業者である稲盛和夫による「京セラフィロソフィー」を含む一連の経営哲学は、経営理念の重要性を説くものとして、国内外から著名な概念として知られる。

wiki

決疑論とは?

〘名〙 宗教または道徳規範を個々の具体的な行為良心の問題に適用する法。一般には、道徳法則を外的なものとみなし、権威論理に基づいて、個々の場合を判断する法。

コトバンクより

Wikiでは、こう記されている。

一般的な宗教ないし道徳上の規範を特殊・個別の事例に適用するに際し、類推によって一定の結論を得るための実践的な判定法である。

wikiより

カズイスチカ casuistry とは?

決疑倫理神学用語道徳的問題を個々の具体的状況 casusにおいて道徳的規範に照して解決する方法。初代教会以来イエスの教えがそのように用いられてきたが,カトリック教会告解秘跡が重んじられだしてから発展。蓋然説,厳密蓋然説,折衷的蓋然説などが対立。蓋然説は道徳の低下を招くとしてパスカル批判を受けたが,のち修正されてローマ教会主流をなしている。

コトバンク

企業倫理(きぎょうりんり、: business ethics)とは、企業行動とそれを実現する企業内における人間の行動に関して、意思決定の根幹となるもので、自然人の倫理にあたるもの。

ちなみに、「倫理」とは、

道徳(どうとく、: moral、モラル) - 社会慣習として成立している行為規範。人としての正しい行動

wiki

コトバンクでは、

人倫の道。社会生活で人の守るべき道理。人が行動する際、規範となるもの。人として守り行うべき道。善悪・正邪の判断において普遍的な規準となるもの。道徳モラル。「倫理にもとる行為」「倫理観」「政治倫理」

コトバンク


決疑論とは、個人が従うべき社会的な道徳規範があり、行なった行動が、その道徳規範に照らして評価し、解決する方法なんだろうと思います。それは企業にも応用できる、ということなんだろうと。

例えば、ゴミを外に撒き散らす。ゴミを片付けること、まちの清潔さを保つべき、という社会的通念がありますから、ゴミを撒き散らす行為は悪ですよ、と評価される、ということなんでしょう。

これを企業倫理に応用するならば、工場から排出される排出ガス、排水に対して、無処理で垂れ流すことは、ゴミを外に撒き散らす行為と同じだから、道徳規範に反しており、悪である。従って、環境保全の法律や政令に従って適切な排出処理を行わなければ営業許可がなされない、という理屈なのかな?

今回の事例で紹介されている談合の事例。GEら重電企業3社が談合(カルテル)したのは、最弱のA社が失注によってA社従業員のレイオフがなされ、それが地域社会に大きなマイナスの影響を与えてしまうので、それを避けるためだったという。

だが、談合はリストラを防ぎ、地域雇用安定を実現するものだから罰するべきではない、とする理は是とされるべきなのだろうか?

 事実、決疑論によって分析するならば、今日、企業倫理を主張している者にとっては許されざる企業の犯罪的な行為も、聖者の行為に変えてしまうことができる。(中略)
 もし、企業倫理が決疑論であるならば長続きはしない。しかし、抹殺される前の段階において、それは、企業のエグゼクティブを抑制し、企業に対して厳しい倫理的な制限を課すための手段としてではなく、他の人間から見れば倫理に反する行為でさえ、正当化してしまうためのエグゼクティブの手段として利用されるようになるに違いない。

同書、143ページ、147ページ


企業倫理とはカズイストリー(決疑論)である。(What is business ethics? “It’s casuistry.”)

と言いつつ、

(企業倫理が決疑論ならば、)他の人間から見れば倫理に反する行為でさえ、正当化してしまうためのエグゼクティブの手段として利用されるようになるに違いない。 

とはおかしな話と思いますが、続きがあります。

組織社会とは、個人としては重要でもない無名の多くの人々が目立ち、社会のリーダーとして重要な役割を果たし得る社会である。従って、分別の倫理と自己啓発が強調される社会である。
 そして、経営管理者や専門家に対して、人々が尊敬しないような行動を避けさせ、朝、鏡の中に見たいと思う人物像にふさわしい行動をとることを求める社会である。

同書、147ページ

つまりは、こう考えたらいいと思います。

 企業倫理は決疑論。企業活動においても、個人が倫理に従って生活するのと同様、企業も特殊・個別の事例に際し、一般的な宗教ないし道徳上の規範=倫理によって活動をおこなうべき。

 他の人間から見れば倫理に反する行為でさえ、正当化してしまうためのエグゼクティブの手段として倫理は利用されるべきではない。
 経営管理者や専門家に対して、人々が尊敬しないような行動を避けさせ、朝、鏡の中に見たいと思う人物像にふさわしい行動をとることを社会は求めている。
 

なんだ、当たり前のこと、と考えたらいいんですね。
2001年に発覚した巨額経理不正事件「エンロン事件」などにおいて、企業統治(コーポレートガバナンス)という観点で、企業倫理が問われました。この時は、不正は良くない、不正をただそう、ということで決着したような、そんな覚えがあります。

 ところで、2009年以降、米国では、この企業倫理を左派政治団体がハックし、大企業やシリコンバレー企業と取引し、己の政治的心情を拡散しているそうです。人種差別、性差別=悪、とした企業倫理を「WOKEISM」として、ハッキングした活動です。


アメリカは構造的に人種差別的な国であり、個人のアイデンティティは、その人の人種、ジェンダー、性的指向によって定義されるという考え方。それがウォーク主義である。ウォーク主義はもはや反体制ではない。ウォーク主義こそが体制なのだ。

https://twitter.com/tarafuku10/status/1511120036030779392

急進的な学者たちを責めるがいい。大学の学務管理者を責めるがいい。ウォークな大学院生を責めるがいい。だが、ウォーク主義を主流に押し上げたのは彼らではない。思いがけないところがその不名誉を引き受けた。大企業である。

https://twitter.com/tarafuku10/status/1511120040552275972

そう、アメリカの資本主義の旗手であるこの国の大企業が、商取引の大動脈にこのウィルスを注入したのである。始まりは2008年だった。金融制度全体をあやうく崩壊させるところだった住宅ローン危機の後だ。

https://twitter.com/tarafuku10/status/1511120044121542665

バンカーたちは調子のいいときには多額の給料をもらっているが、うまくいかなくなれば税金で救済される。アメリカ人が資本主義に懐疑的になるのも無理はなかった。そして、それにはもっともな理由があった。それはクローニー(仲間内)資本主義にすぎなかったのだ。

https://twitter.com/tarafuku10/status/1511120047401578500

昔ながらの左派はいつもの方法で金融機関に罰を与えたかった。金融機関からカネを取り上げ、貧しい人々に再配分するのだ。だが、新しいウォーク左派はひと工夫を加えた。彼らはこう言った。ほんとうの問題は単なる貧困や経済的不正義ではない。300年に及ぶ白人の家父長制なのだと。

https://twitter.com/tarafuku10/status/1511120530400808961

皮肉なことに、批判的人種理論として知られるこの新しい考え方は、ウォール街にとってガタ落ちした評判を取り戻すための命綱となった。悪漢から正義の味方に一瞬で変身できる。目が覚めましたと認めるだけでいいのだ。

https://twitter.com/tarafuku10/status/1511120534523764737

地球温暖化の問題を解決したい? おまかせください。トランスジェンダー運動を支援してほしい? お安い御用。構造的レイシズム? お目が高いですね。ただし、構造的財務リスクに触れることだけはお控えください。

https://twitter.com/tarafuku10/status/1511120538072145924

彼らはアリバイ作りのために喜んでマイノリティを取締役会に加えた。彼らは黒い正方形を会社の公式インスタグラムに喜んで投稿した (注: ブラック・ライヴズ・マターへの支援を表明するため多くの企業が黒い正方形をインスタグラムに投稿した)。

https://twitter.com/tarafuku10/status/1511120541423448067

気取ったスキー・リゾート地にプライベート・ジェットで飛んだあと、喜んで気候変動について説教した。見返りがないわけはなかった。”正しい” ことさえ言っていれば、どれだけ金を稼ごうが放っておいてくれるようになったのだ。

https://twitter.com/tarafuku10/status/1511120545160511494

そして、帽子からウサギを取り出すように、あっというまにウォーク産業が生まれた。
すべてはスムーズに進んだ。2016年の大統領選挙までは。勝つはずではなかった男がその選挙を制した。そして、このとき、非難の集中砲火を受けたのはウォール街ではなくシリコン・ヴァレーだった。

https://twitter.com/tarafuku10/status/1511121071600242688

だが、彼らにはウォール街というお手本があった。そして、そのお手本を完璧になぞった。新しい悪漢(巨大IT企業)も銀行のように正義の味方に変身できる。次の選挙が“正しい方向”、つまり新しい左派が望む結果になるように協力すればいいだけだ。それと引き換えに、巨大IT企業は独占的権力を維持できる。

https://twitter.com/tarafuku10/status/1511121075219972106

これが、巨大IT企業による現代の検閲の誕生に関する語られざる物語である。新たに支配力を強めた左派は、 憲法下では正面からできないことを裏口から行うという汚れ仕事を私企業にやらせることができるようになった。その汚れ仕事とは、ずばり、保護されるべき政治的言論の検閲である。

https://twitter.com/tarafuku10/status/1511121078776733698

その後に訪れたのは新型コロナのパンデミックとジョージ・フロイドの死だ。ウォーク産業はウォーク・コングロマリットとなった。いまや、このゲームをプレイしているのはウォール街やシリコン・ヴァレーだけではない。私たちの知るアメリカ実業界のほとんどすべてがこのゲームに参加している。

https://twitter.com/tarafuku10/status/1511121083054886918

コカ・コーラは「より白人でなくなる方法」という講習を社員に受けさせ、清涼飲料メーカーというよりもまるで特別政治活動委員会(スーパーPAC)であるかのように投票法に関する声明を発表した。同社の飲料が、特に黒人コミュニティにおいて、肥満のまん延の主要な原因の1つであることは気にも留めない。

https://twitter.com/tarafuku10/status/1511121086624288769

ナイキはアメリカにおける「構造的レイシズム」を非難し、ブラック・ライヴズ・マターに多額の資金を寄付した。その一方で、アジアにおける奴隷労働で作った200ドルもするスニーカーを、教科書を買う余裕すらない都市部の黒人の子供たちに売りつけている。

https://twitter.com/tarafuku10/status/1511121682378936326

これが21世紀の手品のトリックだ。こちら側では美徳の名のもとに人々を惑わし、あちら側ではひどいこと (そして金になること) をする。あちら側とはたとえば中国だ。

https://twitter.com/tarafuku10/status/1511121686158053385

ディズニー、ナイキ、アップル、ブラックロック、NBAなどの企業や組織は、残忍な政権を何かにつけて支持しながら、アメリカ国内ではことあるごとに「社会的な不正義」を非難する。

https://twitter.com/tarafuku10/status/1511121690155180032

大企業は勝つ。ウォークな活動家は勝つ。中国共産党は勝つ。そして、アメリカ人は敗れる。
なぜ敗れるのか? 企業がスピーチ・コードを押し付け、私たちの行動や思考を縛るとき、私たちは最も基本的な自由、すなわち言論の自由を失うからだ。

https://twitter.com/tarafuku10/status/1511121693716140037

思ったことを口にするか、口にする食料を手に入れるか、私たちはどちらか1つを選ばされる。
では、どうやって彼らを止めるのか? あなたはすでに大きな一歩を踏み出している。手品の仕掛けを理解できたのだ。

https://twitter.com/tarafuku10/status/1511121697402986496

したがって、ウォーク企業が美徳について自分語りを始めたら、笑い飛ばして別の会社の製品を使えばよい。そして、神に与えられた憲法上の権利のために立ち上がるのだ。彼らがその権利を取り上げようとすればどうすればいいのか。法に訴えるのだ。

https://twitter.com/tarafuku10/status/1511121700888494086

『ウォーク産業: アメリカ実業界の社会正義詐欺の裏側 (Woke Inc.: Inside Corporate America’s Social Justice Scam)』の著者、ヴィヴェク・ラマスワミーでした。(了)
英文スクリプト: ↓
https://www.prageru.com/video/when-big-business-went-woke

https://twitter.com/tarafuku10/status/1511122196982382596

 企業倫理=社会正義を題目に挙げて、人権圧力団体に献金すれば、大企業、シリコンバレー企業たちが金儲けしても非難しない、という取り決めで、一般人の表現の自由など個人の自由を奪っていってもOkにする、という、この新しい「企業倫理」「個人の基本的人権の抑圧」という社会的な問題が生じています。

 我が国でも、左翼団体が国連の女性団体?を使って、日経新聞に対して、広告監査に介入させろ、みたいなマッチポンプ的なビジネススキームで脅し始めている現象が明らかになりつつある。

 ロシアや中国など全体主義的な流れは、かつての天皇制、独裁主義が親和性やノスタルジーを感じるからか、わが国の行政だけでなく、企業においても今もそれがよかった、と専制的なマネジメント組織を是認するいう経営者や管理者が少なくない。

 だが、ドラッカーのマネジメント哲学を学べば、彼が全体主義、専制主義から個人の自由を守ることを主張していたこと、成果を上げる責任あるマネジメントこそ全体主義に代わるものであり、唯一の防衛策である、という主張を無視することはできません。

 個人を組織に合わせさせる、のではなく、「個人の強みを組織に取り込み、社会的利益に」が彼のマネジメントの原則なのです。

 1933年、ナチスはドラッカーが教壇に立つフランクフルト大学で、全教員を集めて緊急教員会議を招集。このような脅し文句で締め括った。

「おれの言うことを聞くか、収容所へ送られるか、どちらかだ!」

『知の巨人ドラッカー自伝』、文庫版78ページ

 ここ数年、強制的にも強いられるワクチン接種、マスク着用。経済活動の自粛。教育活動の自粛。。。さらに、ウクライナ戦争。「ロシアが次に狙っているのは北海道」「北海道の全権はロシアにある」との報道。

https://www.zakzak.co.jp/article/20220419-QZFUBTFQQJNRTGHSDMLPNFF2NA/

 いまだに、力で攻める次元に留まっている諸外国に対して、わが国は「愛にできることはまだあるよ」と愛で包み込む、なんて言えば、「お花畑」と言われるに違いない。

 しかし、英米はじめ多くの友邦国を仲間にして「集団的自衛権」を築けば、他国の侵略の意図を挫くことができるだろう。損得勘定ばかりの国際関係だが、戦後日本は、賄賂的取引を最小限にして、「おもてなし」「愛」「誠実」倫理的に振る舞うことによって五輪やW杯誘致を成功させてきた。集団的自衛権を築くにも「愛」で成し遂げられたら、と信じたい。

かつて中原に、墨子という人が居た。

 墨子は、「非攻」という教えを採用していました。防衛のための戦争は否定しないのですが、土木、冶金などの工学技術と優れた人間観察という二面より守城のための技術を磨き、他国に侵攻された城の防衛に自ら参加して成果を挙げたそうです。

 現在、私は仙台市に住んでいますが、10年ごとに、震度6強の巨大地震に襲われるわけですが、仙台市のほとんどのエリアでは、地震災害への備えがなされているため、電気・ガス・水道・通信のインフラの回復力は他の都市とは比べものにならないほど強固でレジリエンスなものに思います。

 国による国防に加えて、国民自身もこれまでの防災対策に加えて、市民でできる国防を学習し、実践することで、国防能力を高めることもできるでしょう。

ずいぶん、話がずれちゃった?笑 今日を変えていこう。愛を込めて。

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