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9月17日 Managing Oneself: The Second Half セカンド・ライフ

おはようございます。こちらの続きです

#ドラッカー #365の金言  今日は #9月17日 #Managing_Oneself_The_Second_Half  #セカンド・ライフ

今日も「自らをマネジメントする」シリーズですね。

人生の後半戦をマネジメントする、というタイトルなんでしょうね。戦後まもなくの日本人の寿命は47歳だったそうです。信長が敦盛で「人生50年」と踊った時と、ほとんど変わってなかったわけですわ、当時は。

それが、あれよあれよという間にどんどん伸びて、今や「人生100年時代」と言われるほどに。

ところが、一方で、「企業の寿命は30年」とか「早期退職・希望退職45歳」みたいな話も出ているわけで、今こそ終身雇用だろ、と思うんですが、どうも流れはそうじゃないみたいで、先日もサントリーの新浪社長が45歳定年導入を、と述べたことで、

反発する人たちが不満をSNS上で噴出。「自分が先に辞めてから言え」などと炎上して、謝罪に追い込まれたとか。。。

みなさん感染症でストレスが高まってるからか、批判の声も激しいですね。

さて、1999年「明日を支配するもの」の中で、ドラッカーは「第二の人生どうするか」と記しています。

#第二の人生をどうするか 。#これを考えなければならない。

 歴史上初めて、人間の方が組織よりも長命になった。そこで全く新しい問題が生まれた。第二の人生をどうするかである。もはや30歳で就職した組織が60歳になっても存続しているとは言い切れない。その上、ほとんどの人間にとって、同じ種類の仕事を続けるには、40年、50年は長すぎる。飽きてくる。面白くなくなる。惰性になる。耐えられなくなる。周りの者も迷惑する。
45歳ともなれば、全盛期に達したことを知る。同じ種類のことを20年も続けていれば、仕事はお手の物である。学ぶべきことは残っていない。仕事に心躍ることはほとんどない。

これがきっかけで、新浪社長さんは、自分が62歳なんだけど、ペロって喋っちゃったのかな??

ところが、知識労働者は、何歳になっても終わることがない。文句は言っても、いつまでも働きたい。(中略)したがって、第二の人生を設計することが必要となる。

ドラッカーが教える第二の人生を始める3つの方法

1、文字通り第二の人生を始めること。単に組織を変える。全く別の職業に変わる。子供が大きくなったのを機に、ロースクールに入り、数年後、地元で法律事務所を開業するなど

2、パラレル・キャリア、もう1つの世界を持つこと。20年、25年と上手くいっている仕事を続けながら、あえて、別のパートタイムとなったり、コンサル的な契約社員となる。多くは非営利組織で週10時間ほど働く。

3、ソーシャル・アントレプレナー(社会起業家)になる。本業はあるものの、非営利の仕事、教会や地域のコミュニティを支える自治会活動、マンション管理会などに力を注ぐ。

ドラッカーはまた、「早めに、準備を」と記している。

労働寿命の伸張が明らかになった30年前、私を含め多くの人たちが、ますます多くの定年退職者が、非営利組織でボランティアとして働くようになると予測した。だが、そうはならなかった。40歳、あるいはそれ以前にボランティアの経験をしたことがない人が、60歳になってボランティアになることは難しかった。

これは、うちの父などまさにこの通りでして、仕事一筋で、やってきた高齢男性は、仕事からリタイアした後、所在なく、意欲なく、ぶらぶらして、朝昼晩のご飯を食べるだけ、本当に邪魔になる、みたいなことに自分自身も、家族も落ち込んでしまいました。

幸い、趣味のスポーツなり、同窓会の幹事や老人会の役員や神社役員などを引き受けて、日々地域のお手伝いに駆けずり回っているようで、生き生きと過ごせるようになり、ほっとしたところです。

自分も高齢男性にいずれはなるわけで、その時に、自らをマネジメントしなくちゃいけないんだろうなと感じました。ということで、今日もやっていきましょう。

ACTION POINT 

#仕事以外の目標をもってください#その目標を今日から追求してください

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