ジャック
それは突然訪れた。
一人だけ異なった制服に身を包む彼に目を奪われる。
事は数分前。
このバスに乗り込む少し前の事…
「辞めてください…!」
"いいじゃんかよォ。学校より楽しいことしようぜェ!"
「離して!いや!」
"アァん?逆らってんじゃねぇよ!"
最悪の朝を迎えてしまった。
寝坊して遅刻確定のバスを待っている間、如何にもチャラそうな人に声を掛けられた私は、手を振り解こうと抵抗していた。
しかし所詮私は女。
苛立ち、語気を強めた男に為す術など存在していなかった。
『離してあげてよ、その手。』
抵抗も諦めかけたその時、誰かが割って入るように男の腕を掴んでいた。
"誰だよてめぇ?"
『刑事の息子。大事にしたくないでしょ?』
一歩も怯まずに答える姿。
それはとても凛々しく、先程までの私をちっぽけに感じさせた。
"っち、こんなクソアマ最初っから興味ねぇよ!!"
吐き捨てる様にしてら逃げていく後ろ姿に、お腹を抑えながら笑う彼。
凛々しい姿とは打って変わって、あどけない少年がそこには居た。
「すみません…ありがとうございます。」
『いえいえ、全然気にしないで!
あんなハッタリでビビるくらいなら最初っからナンパなんてしなきゃいいのにな!』
思い出したのか再びケラケラと笑い始める彼。
「ハッタリ…?」
『刑事の息子なんて嘘嘘!
あー、面白かった!』
悪びれる様子もなく丁度到着したバスに乗り込むと、私が座る対角線上で壁に凭れ掛かって本を読み始めた…
ふと彼を目で追ってしまう。
柔らかく揺れる前髪、薄めの唇、
クリっとした…目。
突然彼と目が合って体温が3度位上がった気がする。
優しく笑う彼に
私の心は奪われた…
稀代の名刑事の様なクサい台詞は必要ない。
只々私の心が揺れ動いたのは、バスのせいでは無いことだけが確かだった。
-次は~~。御降りの際は…-
車内アナウンスが流れ、校舎前のバス停に停る。
『あれ、君もここ?』
「私が聞いたい。貴方もここなの?」
バス停から校門までの数分間。
自然と彼の隣を歩く。
"齋藤。お前が遅刻なんて珍しいじゃないか。"
校門で立っていた生徒指導の先生に話しかけられた。
正直寝坊して遅刻なんて今までの生活じゃありえなかったのに。
「すみ…」
『あー、先生?俺のせいなんですよー。』
謝りをいれようとした刹那、私は発言を奪われた。
そして彼はまた優しい嘘をついた。
『転校してきて初日なんすけど迷っちゃって。
彼女が助けてくれなきゃ辿り着かなかったなぁ。なんて。』
"んぁ、そうか。齋藤ありがとな。"
「え、いや。私は…」
肩をとんとんと叩かれ、彼を見つめる。
ニコッと笑った顔から優しさが溢れていた。
『2回貸しだな。』
「どうやって返そう。」
『デートでもしてもらおっと。』
「は、意味わかんない。」
『何?緊張するから?あはは。』
「男の子と二人、なんて…無いもん。」
『じゃ、尚更決定!日曜なぁ。』
私は初めての時間を奪われた。
でも、
奪われてばかりでも。
何故だか心は満足感でいっぱいになっていた。
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