Overland Mermaid
深い青い暗い世界。
そこが私の居場所だった。
誰にも邪魔されない。
私だけの世界。
広いこの場所には
陸と水が半分づつ。
私1人には勿体無いくらい。
生まれてからずっと1人だった。
どこへ行くにも独りだった。
でも本当は
私はずっと見られていた。
"ヒト"と呼ばれるもの達に。
”今日から君は自由だ。”
ある日
私は突然1人じゃなくなった。
目の前にはたくさんの"ヒト"が居た。
私を見て指をさした。
私を見て目を丸くした。
私を見て笑顔になった。
”君は"ヒト"を喜ばせる事が出来る。
さぁ、全力で喜ばせてあげなさい。”
正解が分からない私は
必死で"ヒト"を喜ばせた。
向こう側に手を振ると
"ヒト"は喜んで手を振った。
スイスイと泳いでみせると
"ヒト"は目を見開いて喜んだ。
歌をうたってみせると
"ヒト"はたくさん手を叩いてくれた。
少しずつ正解が見えてきて
私はまるで機械のように過ごし始めた。
しかし
いつからか"ヒト"は喜ばなくなった。
手を振っても
誰も返さなくなった。
どんなに泳いでみせたって
誰も追わなくなった。
いくら歌ってみせても
誰も耳を貸さなくなった。
そして
誰も私を見なくなった。
”なぜ"ヒト"を喜ばせない。”
私は出来ること全力でしてきたつもりだった。
でも私にはどうする事もできなかった。
少しずつ私の世界は狭まって
ついに1番小さい世界に入れられた。
ほとんど誰も訪れない
この小さな世界で私は泣いた。
『ねぇ、なんで泣いてるの。』
不意に声が聞こえて
顔を上げると
1人の"ヒト"が立っていた。
「なん…で…」
『泣かないで。せっかくの君の魅力が台無しだよ。』
「私に…魅力なんて…無いの…」
そう。
私には魅力なんてない。
だから私はここに居る。
"ヒト"を喜ばせられないから。
『君は本当に素敵だよ。
じゃなきゃ僕はここに居ないから。』
「だって…だって…」
『ねぇ、僕に君の歌声を聞かせてくれないかな?』
それからの私はあなたのために歌った。
辛かったこと、苦しかったこと
全てをかき消すように歌った。
いつまでも君はそばにいて
時折手を叩きながら、
頭でリズムを取りながら聞いていた。
来る日も来る日も
あなたは会いに来てくれた。
他の"ヒト"は相変わらず誰も見向きはしないけど。
少しずつあなたを見るのが楽しみになって
あなたのために沢山歌も練習した。
それでもあなたは
いつも笑顔で私を見てくれていた。
『ねぇ、君は不自由だね。』
ある日君は突然言った。
「私が不自由?」
そんなはずがない。
だってあの"ヒト"は
私は自由だと言ったんだから。
『ずっと思ってたんだ。初めてここに来た日から。』
『君は"ヒト"を喜ばせることに必死になり過ぎだよ。』
「私に出来るのはそれだけだから。」
『君のしたいことをすればいいんだよ。』
私のしたいこと。
"ヒト"を喜ばせることが
私のしたいこと。
いや、違う。
私が本当にしたいこと。
「あなたに…一緒にいてほしい…」
不意に口から零れた言葉。
目を見開いて驚いてるあなた。
私変な事言っちゃったかな?
『びっくりしちゃったな。』
「変な事言ってごめんなさい。」
『僕でよかったら。
ずっと来るから。ずっと…』
幸せな時間の終わりは
いつも呆気なくて
あなたとの思い出は
泡のように割れていく
"今日で君は本当の自由だ。"
そういって私は
ついにこの小さな世界からも
出されてしまった。
初めて見る水平線。
夕日と呼ばれる
電飾よりも綺麗なもの。
どれも新鮮だったけど
たった1つがどうしても足りない。
あなたのために練習した歌も
あなたと話したたくさんのことも
この広い"ウミ"では寂しく反響して
あの不自由と呼ばれた世界が恋しくなった。
「もう一度…あなたに会いたいな…」
そう言ったって
波音が攫ってあなたには届かないから。
あえて小さい声で呟いた。
たくさん時間が過ぎて
"ウミ"ではたくさんお友達ができた。
今までとは全く違う生活を送りながら
私はあなたを想い続けてる。
わがままを一つだけ言えるなら。
不自由だって構わないから。
もう一度あなたに会わせて欲しい
そう何度も神様にお願いした。
今日も
私は歌っている。
すこしでもあなたへ届けばいいと。
そして私は驚愕した。
砂浜に1人の"ヒト"が立っていたから。
きっと"ヒト"違いに違いない。
そんな奇跡が起こるはずがない。
もしもそれが奇跡なら
神様がほんとに居るのなら
私の願いが叶ったなら
逸る気持ちが私を突き動かした。
海面から顔を出し
あなたに向かって歌ってみた。
あなたと初めて会った時
私があなたへ向けて歌ったあの曲を。
するとあなたは
驚いた表情でこちらを見ていた。
やっぱり。
「どうして…どうしてここにいるの!」
『聞こえた気がしたんだ。
君が歌っているのが、ここから!』
「嘘よ。だって。届くはずないんだから。」
『僕にもわからない。でも君にもう一度会えた。』
今すぐあなたに駆け寄りたかった。
だけど私には"アシ"がないから。
あなたの側に寄ることも出来ないから。
「あなたに会えて本当に嬉しい。
だけど…私はここから出られないから。
これで本当にお別れかな。」
少しずつ滲んでいく視界が
あなたが近寄ってくる姿を
ぎりぎり捉えた。
「やめて、それ以上来ないで!」
体がどれだけ沈んでも
あなたはドンドン近寄ってくる。
「だめ!それ以上来たら溺れちゃうわ!」
『みくびらないでくれよ。
これでも泳ぎには自信があるんだから。』
「でも…ねぇなんで…なんで!」
『僕はずっと
…ずっと君に会いたかった!
あの場所で初めて君を見てから
君の歌を聴いてから
君とたくさん話をしてから
僕は君に惚れてたんだ。』
「でも私は"ヒト"じゃないから…」
『関係ないよ。僕は君が好きなんだ。』
「私もあなたの事が好きだった…んだと思う。
私には好きがどんなものか分からないけど
あなたと会えることが本当に嬉しかった。
ずっとあなたの側に居たいって思ってた。」
ねぇ、神様。
私覚悟が出来てるわ。
もう歌えなくなってもいい。
それよりも大切なものが出来たの。
お願い神様。
私に"アシ"をください。
「ねぇ、もしも私がどんな姿になっても好きでいてくれる?」
『もちろん。』
「なら1度陸に戻りましょう?」
私は君の手を取って
砂浜と海のギリギリまでを泳いでいく。
『これ以上は君は来れないかな。』
「ねぇ、最後のわがままだけ聞いてくれない?」
『最後って。わがままを聞くのは初めてな気がするけど。』
「いいから。」
『わかった。』
「5秒間だけ目を瞑って欲しい。」
『こう?』
あなたはなんの躊躇いもなく目を瞑る。
「ちょっと!まだ待って!」
『瞑ってって言うから。』
「いや、その、心の準備が…」
『ん?』
「もう!その…それじゃあ瞑って?」
『はい。』
今度はゆっくり閉じられた瞳。
完全に閉じたのを確認して
私はあなたに口付けした。
『え…』
咄嗟に目を開けそうになる
あなたの視界を手で遮って
「まだ…!だか…」
覆っていた手をどけてあげると
あなたは目を丸くした。
『その…足が…!』
「 」
『そっか。』
「 」
今度は私の手を取って
あなたに先導されて砂浜に立つ。
『さぁ、行こうか。』
こくんと頷いて
あなたの少し後ろを手をつなぎながら歩いていく。
たとえそこに言葉はなくとも
あなたと一緒に居られるなら。
あなたが私を好きでいてくれるなら。
「 」
『好きだよ。』
砂浜に出来た4つの足跡。
これから2人で
どんな道も
歩いていけるから。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?