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な つ の お は な し


真上をとうに過ぎた太陽がジリジリと地表を照りつける。

年季のはいった扇風機が縁側でカラカラと音を立てて廻り、蚊取り線香のけむがそれに乗って流れてきた。

平屋の畳に寝転び、呼んでもない夏の到来を全身で感じてみる。すると、線香とは違う甘い香りがふわっと鼻腔を擽った。

「入ってくるなら玄関から来いよ。」

「こっちの方が慣れてるの。」

「そんな来られ方すると寒気感じるんだけど。」

「はぁ?そういう事か弱い女の子に言う?」

呆れた顔をしたアスカから目を逸らす様に寝返りを打つと、ゆっくりと近づいてくる気配を背中が感じとった。

「暑い。暑すぎる。」

態とらしく弱った声で甘えてくる方へと再び寝返りを打つと、ジンワリとも汗を浮かべないアスカがそこに居た。

「あーつーい。アイス買ってきて。」

「はぁ?嫌なんだけど。暑いし。」

「この飛鳥ちゃんの為に買ってきてあげよ〜って気は起こらないのか、この人でなし。」

「あーあー、わかったわかった。」

「お!さっすが〜」

してやったり。とニヤついたアスカにすぐさまカウンターを御見舞する。

「俺はその場で冷たくて美味しいアイスを頬張ってくるけど、アスカちゃんはお留守番してるからデロッデロに溶けたアイスをご馳走してあげまちゅね〜」

満面の笑みでたっぷりと皮肉を込めたストレートを思い切り浴びせ、俺は出かける支度をし始めた。

「ちょ、ちょっと。ほんとに置いてくの?」

「買ってきて。って言ったのアスカじゃん。」

「わかった。行くから!一緒に行く!」

急ぎ足でついてきたアスカを後ろに乗せた自転車は、夏風と潮風を切り裂きながら海岸線を一直線進んでいった。

「ねぇ、久しぶりにあそこに行こ?」

「ばぁちゃんとこ?」

「さっすがぁ。ほら、レッツゴー!」

言われるがままにペダルを漕ぎ、昔ながらの駄菓子屋、通称『ばぁちゃんとこ』へ10分も経たないうちに到着した。

「ばぁちゃん、久しぶり。」

「あんれまぁ、いつの間にそんなおっきくなったの。」

「へへ、まぁね。あ、アイス貰っていい?」

「懐かしいねぇ。○○君はソーダ味だったよね?」

「え、ばぁちゃん覚えてんの?」

「年寄りを舐めたらいかんよ〜。」

「じゃー、2本ちょーだい。」

「あれ、2本も?食べ盛りねぇ。」

自転車を店の前に置いたまま、俺とアスカは防波堤の上へと足を進めた。

「青い空、広い海、冷たいアイスキャンデー。最っ高だね。」

「ほんと、ずっとこのままで良いのに。」

「やだ。暑すぎるもん。」

「そういう事じゃねぇんだよなぁ。」

袋を剥いだアイスキャンデーを頬張ると、口いっぱいに爽やかな冷気が立ち込めた。まるで機関車のように冷気を口から吐いた俺を見て、アスカは無邪気すぎる顔で声を上げて笑った。

次第に陽が水平線へと消えていく。

並んで座った防波堤に真っ黒の影が伸びていく。

「そろそろ帰らなきゃ。」

零れ落ちる様にアスカが言った。

「そうだね。そろそろ帰ろっか。」

「うん…でも1人で帰ろうかな。お婆ちゃんが来ちゃう前に。」

「そっか。またね。」

ふわっと、夏風が吹いた。

振り向くと、もう君の姿はない。

溶けたアイスキャンデーの袋を片手に、

俺はゆっくりと自転車を押して帰路についた。

はちがつついたち。はれ。

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