日曜日の駄弁1週目
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日曜日の駄弁1週目

ロココ

はしがき

一週間を振り返って、適当な話題についてテキトーなことを書こうと思います。

ラジオとかって、あんまり聞かないんだけど、オープニングトークとかいってフリートークするみたいな文化って、あったりしません? そういう感じのことを、文章でもやってみたいなって思いました。

日記というわけでもないけど、毎日、メモアプリに日付を入れて、その日その日に思い浮かぶこととか、読書ノートとか、それこそ日記的なメモとか、いろいろ書いてあるんです。

そのノートをこの一週間分振り返って、そこから今週こんなことあったなーとか、こんなメモ書いてるなーとか、こんな本読んだなーとか、そういうことを、フリートーク的に書けたらいいなと思ってます。

たにまち月いち古書即売会

先週末はたにまち月いち古書即売会でした。

日曜はその最終日で、片付けのために現場に行ってました。

木曜に設営したあと、その日曜まで、一度も現場に行ってなかったんです。そうすると、日曜の朝の段階で、棚はかなりガサガサでした。

古本屋ってなんか、「がさがさ」って言うんですよね。本が減っていて、棚に隙間がいっぱいできていたりする状態のことですけど。新刊書店さんでもガサガサとか言うのかな? 新刊書店でガサガサになることってそんなにないと思うから、あんまり言わないかな?

そもそも普通の本屋のことを「新刊書店」って言うのは古本屋だけだとか言われたことあるんだけど、そうなのかな? みんなわざわざ「新刊」書店とか、言わないのかな。

それはさておき、それで三日間の売上の数字を見ると、初日にすごく売れていて、二日目、三日目はそれに比較すると……、という感じだったんです。その数字を見て、反省しました。

「金曜のおしまいか、土曜の朝一かに、ちゃんと補充しておかないといけない!」と思いました。

いまさら? って感じですけど。何年やってるねん、っていう。

来月は、ちゃんとしたいと思います。

たにまち月いち古書即売会、来てみてね。大阪古書会館というところでやってます。

ビュトール、西脇順三郎、モダニズム

その谷町月一で、僕はビュトールの『絵画のなかの言葉』って本を買いました。矢野書房さんが売ってました。アマゾンの最安値の半分くらいの値段でした。

ネットでそこそこの値段がついている本でも、古本即売会の現場ではわりと安く買えることが多いと思います。

谷町月一の初日の朝一に並んでいるお客さんとかは、そういうことをよく分かっていて、我先にと買われているんじゃないかなぁと推察しているんですが、どうなんでしょうか。

でも、初日の朝一に行かなくても、並んでいる本はたいてい安いと思うので、みなさんゆっくり行ってゆっくり買ってください。

ちなみに『絵画のなかの言葉』を買ったのは三日目の日曜日でした。残ってました。いまどきビュトールを読もうっていう人は多くないんでしょうね。

最近、西脇順三郎を読んで、モダニズムということを考えてます。

モダニズムってつまり、二十世紀初頭の文学や芸術の潮流のことで、西脇順三郎くらいその解説役に適切な人はいないんじゃないかって、読んでいて思います。

まあ、他にいくらでもいると思いますけどね。言い過ぎました。

ただ、僕の好みに合うみたいで。西脇順三郎が。

西脇順三郎って詩人なんですけど、詩論なんかもよく書いた人で、岩波文庫に入っている『西脇順三郎詩集』でも、詩とともに詩論も入ってたと思う。昔そういうのを読んで、ぼんやり「西脇順三郎好きだなぁ」と感じてました。

最近、全集の端本を拾ったので、評論を読みまくってました。

「拾った」って言っても、べつに道ばたに落ちていたのを拾ったっていうんじゃないですよ?

市場で、がさっと買ったたくさんの本の中に、西脇順三郎全集の端本がちらほら入っていたという話です。

評論をじっくり読んで、昔ぼんやり「好きだなぁ」と思っていたのは、間違いではなかったことが分かりました。

西脇順三郎のどういうところが好きなのか、はっきり分かりました。

文学的なロマネスクなものに対するセンスが自分とめちゃ似てるんでした。

ビュトールから西脇順三郎の話に飛んだのは、絵画の話で最近読んだエッセイを思い出したからです。西脇順三郎がピカソについて書いたエッセイを読んだんでした。

それを読んで、ピカソを見るっていうのは、これ以上ないくらいのモダニズム的体験に違いないと思って、二十世紀美術についてももうちょっと考えておきたいなぁと思っていたりしていたんでした。

ヴァレリーの『ドガ ダンス デッサン』も最近岩波文庫で出ていて買っているし、カンディンスキーの『点と線から面へ』と、クレーの『造形思考』もいま手元にあるんですよね。

絵画について考えたり書いたりしたい。

今週の一節

最後に今週の一節。

「文学者というのは石を投げちゃいけない。」

『文芸展望』という雑誌(1973年10月号)で、加藤周一と柴田翔が対談をしていて、二人の話はもうひとつ噛み合ってないんだけど、うえの柴田翔の発言については、加藤周一も「みんなと一しょに石を投げないといことが大事」と、同じことを言ってました。
僕もそう思います。

ところで、柴田翔をWikipediaで見てみてはじめて知ったんですけど、ジャニーズの嵐の櫻井翔君の「翔」という名前は、お母さんが柴田翔が好きだからつけたんだって。

櫻井君もお母さんと同じくらい文学が好きだったらいいなと思うんだけど、どうなのかなー?

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ロココ
ロココ = 四角い箱が右から左に高速で移動している様子。