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エニアグラムの歴史から知ったこと

エニアグラムの歴史
エニアグラムとは何かをきちんと理解したのは、その歴史を知ったことからです。”エニアグラム”の言葉の意味は、エニアが9を指し、グラムが図・地図の意味だってどこかで読んだことがあったくらいでした。

Wikiによると、その語源はギリシャ語のἐννέα(エンネア・「9」という意味)とγράμμα(グラーマ・「書かれたもの」「描かれたもの」という意味)となっています。

子どもの頃からありとあらゆる幾何学模様に特別な関心を持っていた私は、このシンボルを意識したのも結構若い頃でした。良くわからないけど何だか気になるってやつです。でも未熟さゆえに手にできなかった、そういう代物だったのかも。

押し入れの隅っこにずっとおきっぱにしていたものをやっと取り出してきて、まとめてみようという気になった。。。noteはこういうのに最適な気がして。。。関心のある方と交流できると、それも嬉しいなと思っています。

エニアグラムの9つのポイントを持つシンボルは、世紀の変わり目に、アルメニアの神秘主義者であるG.I.グルジェフの教えによって近代西洋に初めて登場しました。グルジェフは、少なくとも2,000年以上前の精神的な伝統を持つ中東のミステリースクール”サルムーンブラザーフッド”に入門して、そこで学んだと言われています。

近年普及しているパーソナリティ・フィクセーション(人格の固着)のエニアグラムは、ほとんどがチリの精神科医・教師であるクラウディオ・ナランホ*が、南米のスピリチュアル・ティーチャーであるオスカー・イチャーゾから学んだものです。

*クラウジオ・ナランホ(チリの精神分析医)1931年~2019年。エニアグラムを人格構造として深めた。1960年代は、サイコセラピー、精神分析が大きな変化を遂げはじめた頃で、人間の成長に焦点を合わせて行った、象徴的な時代。特にカリフォルニアのバークレーには自己探求と自己実現の大きなムーブメントがあった。バークレーに独自のスクールを開いていたナランホはそこでエニアグラムを広めた。

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ナランホ(画像はネット検索で引っ張ってきましたが、良い感じの方ですね)はグループを形成し、ドン・リソ、ヘレン・パーマーなどエニアグラムをより深くして行くことに興味を持っていた人びとと研究を続けました。そのグループに中東、クエートから来た二人の人物、A.H.アルマースと私の先生の先生であるファイサル・マクァダムもいました。

アルマースとフェイザルの二人は、より深い理解をここに持ち込み、彼らの洞察をスピリチュアルな探求とつなげました。それは”聖なるイデアのエニアグラム”と呼ばれます。9つのポイントは私たちのより深いビーリングを理解することにつながっているのです。

エニアグラムの二つのカテゴリー
ナランホによると、エニアグラムの図がさまざまな次元における現実の客観的な地図を体現しているという考えは、先述した古代学派”サルムーン教団”からのものです。エニアグラムの地図を使えば、経験のあらゆる次元を詳細に理解することができると言います。

エニアグラムの2つのカテゴリーと言ったとき、それは内側の経験に関係していて、「固着と情熱のエニアグラム」のようなエゴの経験(基本的に精神的な無知を反映している)に関連するものと、もう一つの本質的な経験(精神的な悟りを反映している)に関連する「美徳と聖なるイデアのエニアグラム」があります。ここで大切なことは、それぞれのエニアグラムには内的なつながりがあるだけでなく、さまざまなエニアグラムの間には非常に具体的な関係があるという点です。

私は「固着のエニアグラム」や「自我のタイプ」を取り上げた本を複数読みました。基本的に心理学的なものとして紹介した本なので、それらはもちろん心理的な機能を特定したり、そこから理解するには役に立ちます。ただ、もう一方の「本質的な経験」に関心があるので、A.H.アルマースの著書は非常に面白かったです。

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アルマースは「エニアグラムのより高度な利用法についての私たちの見解は、イチャーゾとナランホの見解に沿ったものです。」と明記した上で、ナランホの以下の見解を紹介しています。

彼は、その著書『エナタイプの構造』(Naranjo, 1990)の中で、エニアグラムを、精神的な実現という大きなワークの一環として、自己観察と研究を行うための手段として紹介している。9つの自我タイプ(ナランホはこれを「エナタイプ」と呼んでいる)の性格的特徴が、人間の本質であるBeingとの接触を失ったことの表れであることを詳しく説明し、つまり、この知識の真の価値は、この接触を取り戻す手助けをすることであることを示している。例えば、各エナタイプの感情の根底にある「情熱」についてナランホは、「情熱は、実在に関する曖昧さという背景から生じており、自分が自分であるという感覚の喪失が、自我の9つの感情という分化した形で現れる存在への渇望を支えている」と述べている。 ーーA. H. Almaas, Facets of Unity, pg. 4, Daso Saito訳

ナランホの研究は、それぞれの性格タイプがBeingとの接触の喪失とどのように関係しているかを説明した初めての出版物だそうですが、英文の「Ennea-Type Structures」は1990年に第2版が出ているということは相当古い本ですよね? 

ヘレン・パーマーがタイプを直観のモードに結びつけた研究を、ドン・リソとラス・ハドソンがタイプの心理的構造を識別した研究を、それぞれ発展させているというところから、さて、日本の歴史に目を移すと、1989年に発足したエニアグラム学会というところがあって、今もワークショップが提供されているということは、いろんな局面で活用されているということでしょうが、最初に言ったように私の関心は本質に関することなので、その辺りはいったんスルーしますね。

そして、最初に書いた「エニアグラムをきちんと理解した」という点をここらでまとめようかと。

心理学で言うエニアグラムの人格構造は、本質とのつながりを失ったことによる自我の歪みであって、そこだけにとどまっていても精神の成長はない、というのが一つ目の理解。

それに対して、サルムーン教団からグルジェフに伝承された、客観性の視点を持つエニアグラムこそ真実であり、このシンボルを探究する正しい方向性であるというのが二つ目。

そして、次の機会に書くつもりだけれど、グルジェフの自己想起にはじまり、インクワイアリーという探求ツールをマスターしてきた私の精神性の旅は、間違いなく正しい道の途上にあると確信しているのです。

ついでにおまけとしてエニアグラムに対する批判の声もあるらしいので、そこを検証してみますね。

批判

アメリカ心理学会などの心理学団体の博士レベルのメンバー101人を対象としたデルファイ投票(英語版)では、エニアグラムは、メンバーの25%以上が不信感を持っていると評価した5つの心理学的治療法やテストの中に含まれていた。

へえ~、そうなんだ~って一節をWikiで見つけたのですが、私の見解では、心理学的治療法にしても、テストにしても、アタマの知性だけを使っているはずで、体験が伴っていないのであろうと推測します。

エニアグラムの理解には、自己探求のためのインクワイアリーセンタリング技法、瞑想などを使いながら、自分自身の体験につながっていく必要があるというのが私の経験から来る理解であり、提案です。

エナタイプとコンステレーションなど数種のワークショップを準備しているのも、同じ視点で自己探求する仲間に出会って行きたいからです。

良く書いたなあ。ちょっと休憩。


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