クリープハイプ


私は、五感の中では聴覚と触覚の感度が高いと思っている。

自然と、耳で聴いた時や触れた時の心地よさを大事にして生きてきた。

小さい頃から音楽を聴くのは好きで、特にヴォーカルの入っている曲では、なんとなくこの人の声好きだな、心地良いなと感じることがあり、高いとか低いとか特定の音域があるわけではないけれど、耳から脳に伝わって、脳が喜んでいる感覚があって繰り返し聴いていたものだ。

色々な時を経て社会人となった今も、音楽なしでは日常を考えられないくらい、音楽は隣にある。


2020年の冬のことだった。

ラジオだったかテレビだったか、「栞」が流れてきた。これまで、どこかで耳にしたことがあったけれど、その時なぜか気になって仕方なくなって、自分のアンテナが反応したというか、心の中に残り続けていた。夢中でアーティストを調べて、初めてクリープハイプをきちんと認識した。疾走感のある音楽に、尾崎さんの、勢いとともに優しく包んでくれるような声のトーンがどストライクだった。
そこから、クリープハイプの今までの曲を求めるように聴いて、沼にハマっていった。ちょうど「モノマネ」や「幽霊失格」がリリースされた後だった。MVでは、尾崎さんが歌う姿が、いつまでも見ていられるくらい優しく切なくて、とても好きだなと感じた。

そのうち、すぐに「キケンナアソビ」に辿り着いた。刹那的なメロディーがいいな、好みだなと刺さり、MVを観て衝撃。めちゃくちゃ、オトナ。
なんか、いけないものを観ているような気持ちになってしまった。
それと同時に、不倫はしたことがないけれど、報われない、どこにもいけない思いを過去の自分の中に見つけて、重なった。本気で相手にされることのない相手にハマってしまい、求めても求めても得られない苦しさから逃れられない時期もあった。そんなことを思い出し、自分の気持ちを言い当てられて、ぎゅっと胸を掴まれるような思いになるとともに、こんな詩的に、歌にしてくれることへの喜びを感じた。
自分の知らない世界を、チラリと覗かせてくれるとも感じていた。

くさくさした気持ちの時に、代わりに歌ってくれるように感じる曲も沢山ある。 
「週刊誌」、「身も蓋もない水槽」、「社会の窓」などなど...

ライブでは、今の全てをかけて、全てを出し切る、そんな尾崎さんがほんとうにかっこいいと、何度も何度も心の中で噛み締めるように思った。

もっと早く知りたかった、リアルタイムで、リリースされる曲を聴きたかったという思いはあったが、出会えたのがこのタイミングだったから、クリープハイプの曲に共鳴して、胸の中にしっかりとした重みで残って、好きになれたのだと思う。

自分が、これまで大人になる中でどちらかというと葛藤したり苦しんだり、孤独を感じることが多く、その蓄積と求める気持ちがあったからこそ、そこに寄り添ってくれるクリープハイプの音楽が好きになったのだ。

クリープハイプと同じ時代に生きて、まだまだこれから、新しい曲を受け取ることができるということは、幸せなことだ。


#だからそれはクリープハイプ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?